第一部 公現祭篇 その二十三
彼は、彫像を彫り終えた、と思い込んでいた。
しかし実際には、たえず同じところに鑿を打ちこんでいたにすぎない。
一心に、というより、むしろ途方にくれて。
フランツ・カフカ
23 休息
「マソラ様マソラ様!」
心地よい湯で俺が目を瞑りうっとりしていると、女湯から声が砲弾のように飛んでくる。
「マソラ様!いまならピチピチのスライム二つがもれなくついてお得なので、クリスティナだけそちらに行かせてくださぁーい!!」
「コマッチモがいるのでスライムはもういりませーん!」
アーキア超大陸中央、ロンシャーン大山脈北麓。
シータル大森林南端から三十キロほどさらに南の地点。
「マソラ!今から大切なことを言うわ!!私だけそっちへ行って、合体技「モリガン」よりもすごい秘技「エルフタオル」に変身してマソラの背中を流そうと思うの!!」
「普通のタオルを使ってファラデーに流してもらいまーす!」
一週間にわたって続いた火山の噴火はようやく収まり、さらに一か月が経った。
「マソラ様~!ボッチソフィーは寂しいで~す!」
「ソフィー以外に少なくともそっちには女子が四人いるはずでーす!ボッチなんて知ったこっちゃありませーん!」
噴火の影響か、ロンシャーン山脈の各地で新たに温泉が湧いた。
「あ、兄様!!ぜひ私の髪を洗ってください!!」
「面倒くさいので自分で洗ってくださーい!」
「ゆ、指!!マソラ様の指!!どうかじっくり見せてください!!くひひっ!」
「なんか怖いので自分の指を見て我慢してくださーい!」
というわけで、ゴタゴタが片付いた俺はみんなに湯治を勧めてみた。
けれどシータルの森のみんなは湯船に浸かるという習慣がなく、ことごとく辞退。火山の噴火を恐れないのにお湯に浸かるのが怖いってどういうこと?
まあ気にしても仕方がないので俺一人で行こうとしたら、コマッチモとファラデーが同行すると言ってきた。「最期までお供させてくださりませ!!」なんて、前と似たようなことを言うのがおかしいから、結局二人を連れていくことにする。
「ねえちょっと竜人族。マソラに髪を洗ってもらいたいなんて一体何を言ってるの?」
「そうだよ!!だいたいアニサマって何!?モチカはマソラ様の妹じゃないじゃん!」
「兄様と呼ぶことについてはナガツ殿から許可をいただいている!それに兄上というものは妹の髪を洗ってくれるものであろう!」
「そんな決まりなんてないわ。あるのはエルフの双子の場合、姉の髪の毛と体だけマソラは洗ってもいいという決まりだけよ」
「お姉ちゃん何言ってんの!?そんな決まりなんてない!エルフの双子の妹だけマソラ様は髪と全身をすみずみまで洗っていいんだよ!」
「そんな都合のいい掟などあるかっ!」
エルフの双子姉妹と竜人族が現在言い争い中。
ちなみにこの竜人族の娘さんは族長になる権利を弟に譲り、シギラリア要塞の俺のもとで働きますといきなり宣言。「冗談ですよね?」と竜人族の族長ヤオエに問い質したところ、「むしろお願いいたします」と返されて俺は呆気にとられる。火山の噴火の規模を制御したことで、何だか買いかぶられたらしい。竜人族こぞってヤツケラみたいに俺に付き従うから供回りとしてモチカ・シンラを傍に置いてほしいとのことだった。ついでに二人の間の子供ができたらどうたらこうたらと言ってきたけれど、面倒なのでそこは聞き流した。
「ふふん」
「なんだ、その勝ち誇ったような笑みは?どこをジロジロ見ているのだ?」
「なんでもないわ。やっと私より格下が現れたと思って安心なんてしていないから、全然気にしなくていいわ」
「か、格下だと!?まさか……くっ、違う!私はまだ成長期なのだ!これからどんどん大きくなる!」
「残念ね。大きくなるのは竜の鱗だけよ」
「そんなことはない!だいたいお前たちだってあの蛸人族と比べたら子どもではないか!」
「私もまだ成長期!お姉ちゃんと一緒にしないで!」
「ソフィーのあれはニセ乳よ。それとクリスティナ。双子の私も成長期よ」
「ニセ乳!?なんということだ……どうやってそこまで大きく見せるのだ?教えてくれソフィー殿!」
「なんのこと~?」
コマッチモとファラデーの二人だけを連れていく予定だったけど、執務室の会話を盗み聞きしていた病み上がりのはずのクリスティナとイザベルが「マソラ様が一緒ならどこでも行きます」「マソラとなら何度でもイクわ」と勝手に盛り上がる。
そこに現れたソフィーが話を聞き、「ユデダコになって一生の思い出にする~」と同行を求めてくる。じゃあどうやって移動するかと思案している時にモチカを思い出し、会って話をすると「兄様が髪を洗うのですね!」と同行が決定。
こうなったらせっかくだし少し話でもしてみようかと、風の大精霊フルングニルを体に宿している鉱人族のギュイエンヌにもう一度声をかけたら「くひひ、マソラ様の指、大好きです。指をじっくり見たいので一緒に行きます。くひひ」と指フェチ的な独特の承諾とともに同行が決定した。
「マソラ様~助けて~!みんながおっぱい触ってきま~す!」
「ソフィー!ソフィーには素晴らしいタコ足が四本もあるんだよー!それでみんなの腋やお腹をコチョコチョしてごらーん!」
「は~い」
「「「キャハハハハハハハハハハ!!ヤメテヤメテヤメテッ!キャハハハハ!!!!」」」
連れてきたのはイヤンビャア温泉。
シータル大森林に一番近い場所に湧いた温泉地。
この辺で暮らす山岳民の犬人族が、今回の俺たちの噴火解決の功績を讃えて「ナガツマソラ温泉」なんて名前を付けようとしたから、温泉名はあわててこっちでつけさせてもらった。おばあちゃんのとこの方言で「お加減が良い」という意味。実際に湯加減はちょうどいい。泉温35・5℃の露天風呂は人肌温度の間欠泉が、小さな噴水のように出続けている。
「はじめての温泉はどう?」
体を軽く洗い流して湯に入った俺は、隣にいるファラデーに尋ねる。もちろんこちらは男湯。コマッチモとファラデー以外に客はいない。わざわざ貸し切り状態になんてしなくてもいいのに、犬人族の大げさな厚意にちょっとだけ辟易する。
「プールとは異なり、実に心地が良うございます。何事も経験してみることですなぁ」
そのキングリッチーの傍には「いざという時の保険」として、やっぱりビート板が浮いている。
「文字通り、骨身に沁みるでしょ?」
「ええ。まさにその通りでございます。しかし、娘たちの喧しいこと。マソラ殿に付き従う者を代表してお詫びいたします」
「なんでファラデーが謝るのさ。それにね、これでいいんだよ。ここのところ戦いやら事件ばかりで緊張の連続だったから、こういう気晴らしは大事」
仄かに立ち昇る湯煙を見ながら、俺はファラデーにゆったりと答える。
「なるほど、そういうものでございますか」
そう答えたファラデーの表情を見ると、心なしかほころんでいるようだ。
「そう。そういうもの」
温泉は鉄を含み炭酸があるからほのかに甘い。そして人肌だから長湯には最適。
「そう言えばソフィー殿!気になっていたことがあったのだが今ここで質してもよいか!」
「な~に~?」
「兄様とその……チューをしたというのは本当なのか!!?」
「「はぁ?」」
「マソラ様と~?うん。チューしたよ~」
「「どこで?いつ?」」
「暗くて~熱い所で~抱きしめられて~泣いている時に~」
「「「!!!」」」
「「強がってんじゃねぇよバカ」って言われて~たっぷりチューしてくれたの~えへへ」
「「「………」」」
「くひひ。いつもとマソラ様の口調が違うってことは、その「たっぷりチュー」はきっとネットリトロリのガチンコベロチューキス。くひっ、くひひひひっ」
「「「………」」」
女湯で大乱闘スマッシュシスターズが勃発したらしいけれど、俺とファラデーとコマッチモは一切気にせず、露天風呂から一度出て、お互いの背中を洗いっこする。
「うっ、うっ、うっ……」
「ファラデーどったの?」
「マソラ殿に背中を流してもらえる日が来るなど思っても見なかったので、感激しております!」
「何を大げさな。それよりコマッチモほど柔らかく上手に洗ってあげられないけれど勘弁してね」
「滅相もない!この御恩、生涯忘れませぬ!」
「だから大げさだって。あれ、首の骨が少しずれてるね」
俺はファラデーの骨を洗うために手に巻き付けていた綿布を外す。コマッチモに湯をかけてもらい手の泡を流した後たちあがり、ファラデーの頭蓋骨を両手でつかむ。
「よし、ちょっと力を抜いて」
「え?あ、はい」
ゴギンッ。
「ぬおっ!?」
「アジャスト終了。どう?スッキリした?」
「おおっ……すごいです!積年の首のコリと痛みがウソみたいに退いていきます!」
「良かったね」
「マソラ殿。今度は私がマソラ殿のお背中をお流しします!」
「ありがとう。ねぇコマッチモ。擦るたびに泥みたいに溶けられたら洗いにくいから、鬼人族か何かに変身してくれない?」
体を丁寧に洗い終えた俺たちはもう一度湯船に浸かる。
気持ちいい。本当に、心までのびのびしてくる。
「そう言えば一つ気になっていたことがあったので、この場でお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「何?」
コマッチモをいじくってる俺の方へ、ファラデーが体を向ける。
「噴火に際して流れ出た溶岩の貯留地に選んだスノードロップのことでございます」
「スノードロップ?聖皇軍と魔王軍の長年にわたる戦場だった場所のことだね」
「ええ。諜報部の報告によりますと、数か月前にスノードロップにて正体不明の飛翔体が発生したとのことでした。なんでもその飛翔体が近くにいるだけで人、魔物を問わず死亡するという厄介なものです。マソラ殿はこの飛翔体についてご存じの様子でしたが、実際はどうなのでしょうか?」
「うん。知ってるよ」
「もしかしてその飛翔体というのはマソラ殿がご創造なされたのですか?」
「そう。ずいぶん前にコマッチモを参考にして作った魔獣の試作鬼だよ。即死魔法発動の代償を、法則性の欠如で補填したんだ」
俺はコマッチモを水面に離す。コマッチモは船のように水面をスイスイ滑っていく。
「法則性の欠如?それはどういうことでございますか?」
「コマッチモの即死魔法の弱点は、狙った相手に向けてそれを発動させたらコマッチモ自身も死んでしまうことなんだ。つまり即死魔法は自爆攻撃なんだよね。これはコマッチモの場合に限らず、たいていの即死魔法は発動者の命を代償とするものばかりなんだ。だから俺はさ、これをちょっといじってみたんだ」
言って俺は両手に湯を掬い、顔に掛ける。あったかいし、いい湯の香り。
「即死魔法を改造するなどと、摂理を構築する神の術域だと思うのですが……それをマソラ殿は既に……わわっ!」
くつろいだ空気が影をひそめてしまったファラデーに、俺は手で水鉄砲を食らわせる。だからこういう話はあまりしたくないんだよね。でも仕方ない。大切な仲間だから話しておこう。
「大げさだよ。摂理ではなく法理だからたいしたことはない。とにかくそれで改造した即死魔法を搭載したのがさっきの試作鬼。名前は姑獲鳥。効果対象、つまり即死魔法をかける相手をランダムにするかわりに即死魔法の発動者たる姑獲鳥は死なない。すなわち姑獲鳥は〝死〟という現象になる」
俺はコマッチモめがけて水鉄砲をうち始める。コマッチモはそれを器用にかわす。
「それはまた、すさまじいです。しかし、それですと運用面でいささか問題があるかと」
「そう。下手すれば俺たちだって死ぬ可能性がある。だからね、一か所にとどまるように地縛効果を付与したの。これなら、その場所に近づかなければ誰も死なないでしょ?」
コマッチモが戻ってくる。俺はそれを受け止める。
あっ、ちょっと。敏感で柔らかいところタッチするのナシ。水鉄砲の仕返しのつもり?くすぐったいからやめてコマッチモ。
「なるほど。そうであればウブメというチンダラガケのいるエリアが真空地帯となるだけで済みます」
「うん。でも残念だけど今回の噴火で、姑獲鳥を縛っていた土地そのものが溶岩に飲み込まれてしまったから姑獲鳥は消滅しちゃった。もし仮にロンシャーンが噴火しなかった場合、ロンシャーン山脈南のネンミョン・アセゾマン山路の軍事的価値は消えて、山脈を南から大勢で入ろうとする連中はいなくなっただろうね。そうすると例えば魔王軍は東のコメット・ワイナ山路から、聖皇軍は西のキリウニ・イリコキン山路から軍を入れるしかない。何かあった場合、これでお互い手は打ちやすくなる。裏を返せば互いに軍を動かしにくくなる。な~んてことが考えられたんだけれど、今はもうそんなことはどうでもいい話。火山噴火のせいで山路はことごとく消滅した。山に軍はもう入れられない。それはいいことだけれど、山で生きる人たちにとっては悲痛な話だね。これから彼らの生活基盤を整備しなくちゃ」
「マソラ殿の深謀遠慮と大慈大悲、誠に恐れ入ります。ところでそのウブメというチンダラガケを、マソラ殿はどのようにしてスノードロップに設置なさったのですか?」
「山を越えてセットした」
「なんと!竜人族でやっと越えられるあの大山脈をマソラ殿はいつ越えたのですか!?」
「ファラデーあのね、君は二つ勘違いをしている」
俺は今度、コマッチモを捏ねて、魚の形にする。離すとコマッチモは湯の中をコイのように泳ぎ始める。
「一つ、俺は山を越えていない。もう一つ、姑獲鳥に山を越えさせたけれど、姑獲鳥は山の表面を飛んでもいないし歩いてもいない。姑獲鳥には山の内部を移動させたのさ」
「山の内部!?そのようなことが可能なのでしょうか?もしやついに空間転移魔法をマソラ殿はご創造なさったのでありましょうか!?」
「まさか。それが出来たら素晴らしいけれど、あいにくとまだまだ。転移魔法なんて難しいものに頼らずに山の内部を移動する方法、それはつまり地下水脈だよ」
言って俺は噴きあがる間欠泉を見る。ファラデーも目を向ける。
「なるほど……その手がありましたか」
「そう。地図を見る限り、この世界の四分の一はロンシャーン大山脈帯から流れる水で潤されている。その大山脈の中には地下水脈が張り巡らされていて、いたるところから水は湧き出している」
噴きあがる間欠泉に乗ってコマッチモが二メートル近く飛び上がり、ボチャンと湯水に飛び込む。
「山の地下水脈に姑獲鳥を流し、あとは湧水地に浮上した段階で地縛し、発動したと?」
「正解。地下水脈には水だけじゃなくて魔力素も流れている。姑獲鳥は魔力素の淀みが濃い場所を選ぶように作ってある。たとえば絶えず人や魔物が戦い続け死に続ける場所とか」
「それでスノードロップが……そしてそこで無作為に死がまき散らされた。……人も魔物も怖くてたまらなかったでしょうな」
「ちなみに姑獲鳥の魔力源は俺ではなく、その地縛地点で沸き上がる魔力素。誰の命令も受け付けない代わりに、天変地異が起こるまでスノードロップでランダムに死を与え続ける半永久機関。そりゃあ誰だって怖かっただろうね。まあ繰り返すけど、スノードロップに近づかなければいいだけの話なんだけど」
コマッチモが俺の所に戻ってきて、饅頭みたいな元の形に戻る。
「ウブメはほかにも何体か放たれたのでございましょうか?」
「いや、姑獲鳥はこの一体限りしか作ってない。こんな死神がたくさんいたら怖くてやっていけないよ。でもそのかわり地下水脈の魔力素を使った輸送作戦ではいろいろな試作鬼を様々な場所に送っているんだ。あとはそこで何が起きるのか。起きてからのお楽しみだね」
「一見すると偶然にしか思えない事象すら戦略に組み込み、無理難題を解決してしまうその頭脳。やはりマソラ殿に勝る知恵者はおりますまい」
「どうかな。俺は、そんなに深く考えていないよ」
「いいえ。我々ミソビッチョが永い時を生き、いくら知恵を巡らせたところでマソラ殿の智謀には遠く及びません。加えてマソラ殿にはあらゆる謀を現実化できるほど強大なお力がございます。もはやこの世で誰一人、マソラ殿に並び立つ者はいないと確信しております」
「そうやってうぬぼれていると、レベル329の敵に410ミリバズーカ砲を食らわされるよ」
「なるほどそうでございました。ではまず、レベル329ごとき〝星屑〟をひねり潰す力を我々ミソビッチョが備えなければなりませぬな」
「そうだね。それなら俺も安心できそうだよ」
コマッチモをムニョムニョ引っ張って遊びながら長湯をしている俺。……ん?
なんだ?空に何かある。
よく見ると、一直線に魔力素が並んでる箇所がある。どこまで伸びてるんだ、あれ?
……。
……。
まさか魔法?……だとして、こんなことができそうな魔法使いなんているの?この世界に。
「マソラ殿?」
「ここのお湯は飲むと胃腸に効くらしいね。浸かる前に飲んだらすごくお腹が減ったよ」
「ではそろそろお食事になさいますか?」
「そうだね。悪いけれどコマッチモと二人、先に上がって準備してもらってもいいかな。俺はもう少しお湯に浸かってから出る」
「承知いたしました。昼食ですが、イヤンビャア温泉に来る前に発見したアレをご賞味なさるのですね?」
「うん。時氷石に閉じ込められているマンモスだから保存状態もいいし、みんなで食べるにはちょうどいいサイズだと思う」
「そうですね。ただ少々お時間をください。さすがにアレを我々二人で調理するのは……」
「みんな聞こえるー!?」
「マソラ様!クリスティナです!そっちに行くので今すぐチューしてください!」
「マソラ!今からそっちで体の前面を集中的に洗ってあげるわ!だからベロチューして!」
「マソラ様~!助けてくださ~い!!」
「兄様!とうとう髪を洗ってくださるのですね!?チューは、チューは我慢しますのでお願いします!!」
「クヒヒ!指!指触りたいです!クヒヒ!」
「ファラデーとコマッチモの料理を手伝う女子の願いだったら全部叶えちゃうのになー!」
「「「「「おっしゃああっ!!!」」」」」
すごい水しぶきの音とともに女子が大騒ぎをして脱衣所へと走っていく。ファラデーはあきれながらコマッチモとともに脱衣所へ向かう。
「さて……」
目を閉じる。直線状に並ぶ魔力素を追いかける。本当に魔法なのこれ?
……。
……。
何これ、マジですごい距離。
千キロ近く離れている場所からこっちを……観ているのか。こんな魔法、あるんだ。光属性?
……つながった。どんなバケモノだろ……って、そっか。
やっぱりこの人か。会った最初から思ってたけど、尋常じゃないよね、そりゃ。
「お久しぶりです。光の大魔法使いジブリール図書館長」
……。
「そんなに驚かれなくてもいいでしょう。人ができることならば、別の人にもできる。それだけのことです。とはいえあなたが定誼した魔法を手繰っているだけなので、俺から発動することはできそうにありません。こんな手間のかかる禁厭は俺の神経細胞の接続回路じゃ構築できません。畏れ入ります」
……。
「アルビジョワでどうやって生き延びたのか、ですか?生き延びてはいません。魔物に貪られて死にました。死んで、蘇っただけです。暗い闇の中から。……さあどうでしょうね。召喚された人間に〝何ができるか〟を知っているあなたの想像にお任せします」
……。
……。
「そうですか。あの二人がイラクビル王国に…………いいえ。興味はありません。なぜなら俺はもう死にましたから。妹と幼馴染が慕っているとかいうその男は、もうこの世界にいません。もしジブリール館長が今後、か弱い二人に会う機会があったとしても、俺の仔細は伏せておいてください。二人が首都バルハチを目指していようと、地獄の底を目指していようと、今の俺には関係ありません」
……。
「はい。あなたも例外ではありません。失礼ですが、アルビジョワ迷宮へ来たいなどという馬鹿げた考えはお捨てください。あなたほどの重鎮が国外脱出を図ることの政治的意味を冷静に考えて……神に仕えたい?俺は神ではありません。全知全能でもありません。俺はナガツマソラです。それ以上でもそれ以下でもない。……では好きなようにお呼びください。ただしあなたが国を捨ててこちらにつくという考えは看過できません。手土産とかいうオファニエル聖皇の首も要りません。あなたがこちらにつくことも、聖皇の暗殺にしても結局、平穏無事でいたい俺たちにとって単純に迷惑なのでお断りしているのです」
……。
「そうですね。防衛の必要上、定期的にアントピウス国内の情報を流していただければそれで十分です。商業都市フスのシルミオーネ商工会議所に仲間のキングリッチーが既に潜伏しています。コード名は「モウジャタワムレ」。彼と暗号通信魔法でやりとりをしてください。消失対価魔法で他の魔法が使えない?……だったらこんな御大層な覗き魔法など捨てて、元の大魔法使いに戻ればいいだけのことでしょう。それが少なくとも「俺にすべてを捧げたい」というあなたの言葉の代償です。できないのならそれまでです。後は俺の知ったことではありません。ではごきげんよう……え?些末なことですがこの近くの山間に金鉱らしきものが新たにできたようですって?その話、詳しく聞かせてもらいましょうか!」
最後に重要情報を聞き出した末、俺は瞼を開く。
これで財源が確保できて、この山で暮らす人たちの生活の基盤が作れるかもしれない。
湯から上がり、脱衣所へ向かう。と言っても俺の服なんてそもそもない。俺はいつも素っ裸。銀の蔓で服を偽装しているだけ。濡れた体の水を細胞がとりこみ、体表は瞬時に乾く。便利な体、ほんと。
「おっ。焼肉のいい匂~い」
キャンプファイアーのように盛大に焚かれた炎の中で、ジュウジュウと脂をこぼす串刺しのマンモス肉。そしてその周りでワイワイ騒いでいる仲間たちを見る。
「マソラ様!早くこちらへいらしてください!じゃないとお姉ちゃんが味見とかほざいて全部食べちゃいますよ!」
「くっひっひ。もうタン塩を十人前も味見してる」
「そりゃ大変だ。ソフィー、つまみ食い犯を取り押さえて!」
「は~い」
「ホゲッ!?」
「やるではないか蛸人族の娘!それは古より伝わる召喚者の技コブラツイスト!いくら風人族の王姫とはいえそんなものを食らえばひとたまりもあるまい!わっはっはっはっ!」
「ソフィー殿!イザベルが泡を吹いている!いくらなんでもやりすぎだ!」
香ばしい匂いと弾む声のする方へ、俺は笑顔で駆けていった。
lUNAE LUMEN
requiem




