第一部 公現祭篇 その十五
将来にむかって歩くことは、ぼくにはできません。
将来にむかってつまずくこと、これはできます。
いちばんうまくできるのは、倒れたままでいることです。
フランツ・カフカ
15 モリガン
アーキア大陸北北東オルファス王国内。王国の南辺境にあるペニエルの塔内部。
「ルリクリオネ!まだこんなにいるの!?かわいい顔しているくせに頭が割れて獲物を食べようとするとかありえないと思うの!」
「お姉ちゃん!こっちのイヌヤンマ超キモすぎるから代わりに相手して!顎が割れてその顎がぶん殴ってくる!うきゃっ!ヨダレついた!!」
「そっちのルリクリオネとイヌヤンマは任せた。俺はこっちのチョウチョウウオの相手をする」
「「了解!」」
ペニエルの塔の防衛システムは破壊したけれど、やっぱり塔の天辺には一筋縄ではたどり着けないらしい。伽藍洞の塔には外部から飛行系の魔物がひっきりなしに入ってくる。塔そのものが漂わせていた魔力素の流れは消えたけれど、未知の化学物質が塔から外に垂れ流れている。推測するに、それは集合フェロモン。出しているのはきっとここのボスだろうね。俺たちを塔頂上にたどり着かせないために魔物を集めてるんだと思う。
キュイイイイイイイイイインッ!!!!
「マソラ……何それ?」
「ん?八鉧をちょっとね」
ズブシャアッ!!! ギュウイイイイイイイイイイイイイ……
「腕の一部になるくらい使いこなしたいと思ってさ」
敵の数が多いので、左腕は「霰火」のために再び切断。ボッチ左腕になってヘビーマシンガンをぶっ放してもらっている。その一方で、せっかくだからこっちはこっちで実験してみる。筋力も早さもエルフ二人に劣る俺が、直接魔法以外でいかにして素早く敵に致命傷を負わせるかの実験。
ギュウイインッ!! ブシュウッ!!
「ピエエエエエッ!?」
俺は切断した腕の付け根から細胞塊を作り出し、それに剣鉈を持たせる。
「ちょっと遅いし温いね。もっとモータータンパク質とヒートショックプロテインを増やした方がいいかな」
剣鉈にぶつからないように細胞塊が形状を修正したところで、鉈をクルクル回転させる。たちまち左腕先に回転鋸のできあがり。もちろん「ファイア」も忘れずに発動。
「渦炎」
ギュウイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!!!
襲い掛かってくるチョウチョウウオの軽装甲を切断し骨肉を燃やしていく。魔物とは言え焼き魚の良い匂い。あっ、そうか。もう丸一日塔を駆け上っているから、そろそろご飯にしたいな。二人ともお仲減ってるだろうし。
「お姉ちゃんマソラ様を見て!チョウチョウウオが全部ミンチになってく!!」
「さすがマソラね。焼いた魚肉ソーセージをゲロしたみたいだわ」
「ピギャアアアアアッ!!!!!」
魚か。コマッチモとまた河原でダイナマイト飯でもつくって食べたいな。あとは最近食べてない物が食べたい。……そういえばクイ料理なんてだいぶ食べてないな。アントピウスの大衆食堂で食べたクイの味が懐かしい。
ギュイイインッ!!ギュシャアアッ!!!ザシュウウゥゥゥゥゥ……。
モルモットなんて、アントピウスに来て初めて食べた。
ウサギとかムササビとかカモとかウズラは、おばあちゃんとこの山でいくらでも捕まえて食べたけれど、モルモットは初めてだ。初めてと言えば、シータルの森のヤマアラシのスープも野性味にあふれていておいしかったけれど、でもクイのカツレツや姿焼きは、それにもまして精妙でコクがある。みんなに食べさせてあげたい。
「ピアアアッ!!」
おいしかったなぁ。なんか思い出したら食べたくなってきた。でも今はダンジョン(ペニエル)の中。残念だけど想像はここまで。能天気で下らない妹と幼馴染も浮かんできたし、戦闘に集中しよう。
ギュウイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!
首の後ろ、脇腹、四肢の付け根。それをイメージして解体を続ける。魚だとちょっと難しいな。あっ、イヌヤンマが一匹こっちに来た。イヌの首に巨大トンボの体だなんて、とても素敵な姿だ。四肢どころか六本も肢が生えているし、ついでに四枚の翅。
「ホーイ、ホーイ、ホーイ、ホーイ」
高い鳴き声。それでレベル50。最高時速90キロで飛ぶのも含めて気持ち悪い魔物。
ボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッ!!!!!!!!
「ホーイッ!?」
イヌの頭になんかしないでトンボの頭部のままなら、その複眼で後ろの敵を警戒できたのにね。俺のボッチ左腕(重機関銃)は今とっても熱いよ。
ギュイイイイイイイイイイイイイインッ!!!! ズブシャアアッ!!!!
「ホ……イ……」
まあ、剣鉈の左腕はもっと熱いけどね。ほらほら、ふらついているから傷口に火土産。魂まで焦がして消えろ。
「お姉ちゃん大丈夫?」
「余裕よ。今からブルガリアンスクワットを八百回はいけるわ。クリスティナ、あなたは?」
「余裕に決まってる!デクラインプッシュアップとリバースプッシュアップとナロー・プッシュアップを今から六時間はできるもん!!」
「タフだね二人とも」
「マソラは大丈夫?」「マソラ様平気ですか?」
「なんとかね」
エルフ二人を魔力素で測る。
やせ我慢しているけれど、かなり疲労がたまってる。少し休ませないとこれはかわいそうな気がする。それに俺としても念のために失った分の魔力を回復しておきたい。せっかくだから、ここにたどり着くまでにこしらえた魔物の死骸を取り込む時間を作ろう。銀の蔓、スタンバイして。命食典儀、魔蛆生贄。
ドサッ。
「「?」」
「ごめん。やっぱり疲れた。俺はちょっと休みたい」
「マソラ!」「マソラ様!」
こっちは尻もちついて倒れて見せただけなのにこの慌てぶり。やだ何これ。ユリの香りのする美女二人が血相変えて駆けつけてくれるのってやっぱりうれしい。両手に花だね。おっと、それより花より団子、団子っと。
「ちょっと待ってね。この間ミソビッチョが森の南のウーリャオ村まで行った時、旅の行商人から買ってきてくれたのが……あったあった」
俺は亜空間からそれを取り出す。イザベルもクリスティナもキョトンとした顔をして俺の手の中のそれを見る。ふっふっふ。甘いものに目がない二人でもこれはちょっと驚くかも。
「二人ともこれ、見たことある?」
「ありません。これ、もしかして干し柿ですか?ちょっと小さい気がしますけど」
「クリスティナ。干し柿はもっと色が橙がかっていてこんなに黒くないし、それに光ってない。マソラ、悪いけれど私が当てるわ。これはずばり兎人族の糞化石よ!」
「イザベルはもう喋らなくていい。これはね、デーツっていうナツメヤシの実から作ったおやつなんだ」
「「デーツ?」」
「そう。アントピウス聖皇国の東、イラクビル王国で昔から食べられる甘味デザート。食べてみない?」
「食べるわ」「食べたいです!」
「オッケー」
俺は黒く輝く大きめのデーツを二人に一つずつ渡す。甘いものがそれほど得意じゃない俺は正直一口齧れば十分なんだけど、果たしてこの二人は……
「「!!!!!!!???????」」
ねっとりとした果肉に噛みついてすぐ、イザベルとクリスティナがビクリと体を震わせて止まる。二人してお互いの顔をそっと見る。
「ねえお姉ちゃん」
「ええクリスティナ」
「どう?」
「「ヤバい!!」」
「えっとそっか。それはきっとお口にあったのかな?」
「すごいです!甘すぎてこれ、頭がイカれちゃいそうです!!」
「褒めてるのそれ?」
「全身にしみわたるこの甘さ……体のこわばりが取れて最後はバラバラになる気がするわ!」
「まだ少し残ってるからどうぞ。本当の食べ方はっと……こうするらしいね」
さらに亜空間から取り出した瓶の中の果汁と砂糖のシロップを残りのデーツにかける。これをコマッチモと「せーの」で二人一緒に食べた時、俺は頭をぶん殴られたような衝撃が走って卒倒したのを思い出す。甘い。甘すぎる。コマッチモも溶けて水たまりみたいになってたっけ。
「くうううっ!!」
「ふうううっ!!」
エルフ二人は足をバタバタさせたり頭を振ったり地面を転げまわったりしている。苦しんでんだか楽しんでんだか分からない。でも、戦火の絶えないことを宿命づけられた不幸な砂漠地帯の疲労回復食だ。良い効果は少しくらいあるだろう。
「水分補給もして少し休憩したら、もうあとちょっと。がんばろう」
そう言って俺は、亜空間からスイカも取り出し、血を拭いた剣鉈で三等分に切り分けた。
スーパー甘味のおかげで元気を取り戻したエルフ二人とともに俺たちはさらに三時間かけて頂上を目指し、ついに到着する。
ギュウイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ……
「ほげちょおおっ!?」
「ふひょおおおっ!?」
最上階とその手前の階層との間には侵入者を防ぐための隔離壁が幾重にも設けられていた。しかもまだ機能している。
【カマドウマ】
〔〔満杯〕〕〔流転〕〔呪解〕〔充力〕
魔法壁は「満杯」で破壊できる。けれどその後が問題で、障壁は依然としてその場に残ったまま。だからこれを物理的に破壊しないと中に進めない。やれやれ。
「おかしうなるぅぅぅ!!」
「なにこれしゅごいいいいっ!!!」
で、その障壁を俺が「渦炎」でこじ開けている間、砂糖中毒者に堕落したエルフ二人はさらなる甘味を所望してきたので甘味地獄の中の地獄、バグラヴァを与えた。ちなみに入手ルートはデーツと同じ。でもあまりに危険と判断したので「封印されし甘味」に俺とコマッチモが勝手に認定した。以来俺の収納空間の中で化学兵器として眠っていた。
「あっふぅ――んっ!もうらめぇえええ!!」
「くひぃーんっ!!はひっ!ひぐぅ!!……」
見た目は四角いアップルパイのその中身は、細かく砕いたピスタチオ、クルミ、ナッツ、そして薄いパイ生地に何度も染み込ませた激甘シロップ。甘いものが好きなキングリッチーのファラデーですら「甘味とは死ぬことと見つけたり!」と言って失神させた化学兵器を食べる二人は、こんな時と場合なのにアヘ顔をさらして悶絶している。
「ふう、やっと開いた。二人とも大丈夫?もう行くよ?」
「はあ、はあ、はあ……もう何度もイッたわ」
「あぁ~んマソラ様~もうこれ以上はオカシくなっちゃいます~」
「はいはい。またデーツやバクラヴァを食べたかったら三人でここを生きて出ようね」
「「しゃあっ!!了解!!」」
甘味中毒者二人とともに装備を整え、俺は最上階に入る。
「「「!」」」
空気が一変する。
水を打ったように静かな空間。
離れた所にある壁も床も、同じ模様。屈折率の異なる黒い石の中に、紫と白の糸を縦横無尽にまき散らしたかのような、方ソーダ石みたいな鉱物模様。
それにしても、室内に充満する魔力素の濃度が濃すぎる。あまりの濃さで、高い天井を見上げると、青白い炎のようなオーロラがある。たぶん、イザベルとクリスティナですら、見えている。
青白い光に満たされた大広間。その中央には砕け散ったオブジェのようなものがある。女性を象った石像か何かだったのかな?
「お姉ちゃん」
俺の左に立つクリスティナの声は、消え入るように小さい。
「風の精霊が、いないわ」
俺の右に立つイザベルの声も、小さくかすれている。
「ビリビリするね。嫌な感じだ」
気を取り直し、壊れたオブジェを見る。魔力素を見…………そういうことか。おっと、部屋の入口も消された。あらら、0・02秒ごとに入口が無作為に部屋の中を転移している。なになに、結界魔法「琥鳥の夢」…………いいよ。ここから生かして出す気がないのはもう分かった。
「シータルの森から来ました。ナガツマソラといいます」
「「?」」
「これだけ塔を破壊しておいてなんですけれど、双方痛み分けということにはできませんか?」
「マソラ?」「マソラ様?」
「もともとはそちらがシータル大森林に雨を降らせて嫌がらせをしてきた。だから抗議をしに来ただけです。互いに干渉しない。それで」
ヒュボッ!ドゴオオオオオ―――ンッ!!!
イザベルとクリスティナを抱きかかえ、銀翼で跳ねて全力回避する。発射から到達まで0・3秒。バズーカ砲とは、やってくれる。
バチッ、バチチッ、バチイッ……
「「!?」」
オブジェの前の空気が揺らぐ。風魔法で編んだ光学迷彩が消える。
「バハムートさんかな?こんにちは」
俺は目の前に浮かぶステータスを確認する。相手の名前は隕鉄の星獣バハムート。レベルは……はい?
バハムート:Lv329(隕鉄の星獣)
生命力:40r0♯0/4000Q0 魔力:60y0y/7000p
攻撃力:6v000 防御力:300@00 敏捷性:99@ 幸運値:*99
魔法攻撃力:6?00\0 魔法防御力:300**0 耐性:風属性、土属性
「……」
俺の目、おかしいのかな?数値の部分が文字化けまで起きているんですけど。
念のためにチラリとクリスティナの様子をうかがう。彼女もステータスを確認できる特殊能力を持っているけど………間違いない。俺が「火達磨」を彼女たちに初めてやって見せたときと同じ表情になってる。それにしてもこんなのアリなの?
「どうしたのクリスティナ?」
「うそ……うそでしょ」
そうだよね。文字化けは置いておいて、レベル329って……。
「あのさ、この世界の召喚者とか魔物のレベルって99までじゃないの?」
「マソラまで何を言ってるの?」
「いや、あのバハムートさん、レベルが329もあるらしんだ」
「はぁ!?329!?」
血相を変えるイラベルと震え上がるクリスティナの目線の先。
身長三メートルの豚鬼人族をさらに上回る剛の巨体。人型のその全身はブラックライトのような光を放つメタリック装甲でおおわれている。六本生える太い腕は大きな鉄球のついた鎖を握りしめている。……今こちらに見舞ってきたバズーカ砲はどこにある?見当たらないな。
「お姉ちゃん!」「わかってる!」
「どったの?」
「「精霊の声がした!」」
「精霊?一体な……」
ピュオンッ。ピイイイイイイイイイ――ッ!!
「「「!」」」
装甲巨体の体からオレンジの鋭い光線が十数本、何の前触れもなく上がる。0・1秒。なにこの太さ。まずい。これって大型ガラスレーザーじゃん!ここで核融合でもするつもりなの!?
イザベルとクリスティナの首に励起閃光がぶつかる直前で二人を銀翼で投げ飛ばす。0・3秒。
「マソラ!」「マソラ様!」
「止まるな!光に触れたら即死だ!逃げろ!」
犠牲にした両腕を焼き落された俺は「火車」を傷口から噴射して首の切断をかろうじて免れる。俺に集まっていたレーザー光線が分散し、何本かがイザベルとクリスティナを追いかける。3秒。
ん?
レーザーを照射された壁が振動?……信じられない。音声還元確認。バハムートはレーザーを攻撃だけじゃなくて俺たちの座標把握にも使ってる。つまりバハムートに死角はない。
「霰火!」
ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!
切断された両腕で、右ボッチ腕と左ボッチ腕の二か所からヘビーマシンガンを展開する。火炎弾を受けたバハムートの像がゆがむ。やっぱり風魔法の幻影か……来るっ!またバズーカッ!!
ヒュボッ!ドゴオオオオオ―――ンッ!!!
「……」
口径確認。……410ミリ。巨大榴弾砲サイズ。本当に、やってくれる。
直撃は何とか避けた。しかも銀の蔓で外骨格まで作って防いだのに、いきなりボロボロだ。
生存細胞数を確認……19兆9836億4777万5611個。
基本数の二倍まで急ぎ分裂開始。目標完了予定時間は16秒。逃げながら戦うしかない。
「火達磨」
バハムートの剛腕から投げ放たれた巨大鉄球がこっちめがけてブッ飛んでくる。よしよし。このバハムートに俺はよほど嫌われているみたいだ。頼むから俺だけを集中的に狙ってくれ。
「で、鉄球は見せかけでしょ?」
全身の細胞の烈火を六本腕の巨人にむけて放つ。
ビシイッ!ビシイイイ……フゥ。
向ってくる鉄球が消える。巨人の幻影がかき消える。すなわちバハムートの正体が現れる。
「これが真のバハムート!?ちっ!まださっきの光が来るわ!」
「お姉ちゃん!バハムートの尻尾に気を付けて!これめっちゃ速い!」
「とにかく止まるな!奴に死角はない!部屋の中を逃げ続けながら弱点を探す!」
「「了解!」」
隕鉄の星獣バハムートの名前表示が変わる。星獣デュミナスバハムート。
デュミナスバハムート:Lv329(隕鉄の星獣(限界突破))
生命力:40000000/40006000 魔力:5908000/7000000
攻撃力:600000 防御力:3000000 敏捷性:9999 幸運値:9999
魔法攻撃力:600000 魔法防御力:3000000 耐性:風属性、土属性
名前が変わっただけじゃない。文字化けが消えて、ステータスもチェンジ。さっきよりも体力、魔力、防御力、魔法抵抗力の全てが上昇してる……っていうレベルじゃないでしょ、これ。そもそも「限界突破」って何さ?異世界チート勇者かいお前は。
しかも姿かたちも全くの別物。
巨体も巨体。トリケラトプスをワニのようにガニ股にした機械怪獣がそこにいる。
その図体の各所には、あきれるほど多数の武器オプションを装備。
熱伝導カッターにミサイル砲。
120ミリと80ミリの迫撃砲。155ミリ榴弾砲。地対艦誘導弾。それに……
ガシャンッ。キュイイイイイボボボボボボボボボボボボボボッ!!!
腕の表面に亀裂が走ったかと思えば、そこからチェインガンがこんにちは。口径50ミリの機関砲が連続回転して火を噴く。言っとくけどそのサイズ、航空戦闘機用だからね。ほんと、いちいち泣けてくる。
「マソラ!今助けるわ!!」
イザベルがこっちに駆けてくる。そのイザベルをチェインガンの弾幕が追いかける。一方で船の碇を繋ぐ鎖を編んだような太い尻尾をクリスティナの戦斧が受け止める。斧はたったの一撃でひしゃげる。そしてその美しい体に、機関銃の弾が、めり込む……。
「俺はいいから自分の身を守れっ!!!妹を守れっ!!!!!」
デュミナスバハムートの容赦ない攻撃が止まらない。チェインガンの張る弾幕で俺のボッチ腕二本が即座に肉片レベルまで粉砕されたかと思えば、バハムートの眼球二つが飛び出して浮く。ミラーボールのように四方八方へ、レーザービームを炸裂させる。
「?」
しかもただ光線を出しているだけじゃなかった。こいつ……。
「最重要目標ヲ射程ニ捕捉。攻撃」
ヒュボッ!ドゴオオオオオ―――ンッ!!!
「ぐふ……ふぅうぅ…………えぐいね」
星獣の首の付け根から飛び出してきた410ミリの巨弾の直撃を受けて俺の銀翼がボロボロになる。衝撃を吸収しきれず吹き飛ばされた身体は背中から壁に打ち付けられ、ほとんどの臓器が破裂。体に空いた穴から組織片が噴きだして散る。あらあら、砲弾の中に風魔法「ウィンドカッター」が内臓されていて、弾が対象に衝突して破裂するとウィンドカッターが自動発動して細断……超参ったねこれは。
しかも410ミリバズーカ砲の餌食になるキルゾーンまでちゃんと俺を誘導するなんて、ほんとに芸が細かい。細胞産生が追い付かないよ、これじゃ。
シュンシュンシュンシュンッ!!
「!」
デュミナスバハムートの体から間髪入れず、ミサイルが発射される。2発だけ俺の所に向かってこない?……まずい!!イザベルとクリスティナは!?
「火車っ!!」
血まみれのぼろ雑巾になって俺はミサイルの槍の中へ突っ込む。0・4秒。ミサイルは予想通り「ファイア」の熱に反応して追いかけてくる。そのミサイルに触れないよう紙一重で躱しながら2発のミサイルを追う。1・1秒。……くっ。
俺だけにしろ。
狙うのは俺だけにしろ!
二人には向かうな!!
仲間にそれ以上機関銃の弾を一発でも撃ち込んでみろ、殺し殺すぞ!!
ドゴオオオオンッ!!!!
ミサイル2発に何とか追いつき、銀の蔓でつかまえる。それを、自分を追ってくるミサイルに無理やり投げつける。1・5秒。当然俺の目の前で超高温の爆裂が起きる。
「マソラっ!!いやあああっ!!」「マソラ様!?マソラ様!!」
頭部と心臓、脊椎、そして首から伸びる銀の蔓。それ以外の肉一切を俺は失う。
とにかくエルフ二人の即死は免れた。良かった。
「お姉ちゃん!モリガンやろう!!」
「当たり前でしょ!!」
「待て止めろ!!命令だ!!!」
肉の残骸になって地面に投げ散らかる俺は銀の蔓の一本を使い、左眼球をほじくり出してデュミナスバハムートに投げる。
「「!?」」
カッ!!!!!!!
放った眼球を構成する細胞が収納魔法と「ファイア」を同時に発動させる。炎を圧縮して亜空間に収納しようとするも予定通り失敗する。結果として超高密度超高熱の火球が完成、それがフレアを放つ。
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!
「…………」
そんな火傷くらいでレベル329の星獣がやっつけられるとは思っていない。だけど、
ヒュウウ……ボウ――ンッ!!!!!
「高周波数帯ヲカ、カク、確ニン……」
強力なパルス状の電磁波を飛ばせば、電子機器はダウンする。
つまり、電磁パルス(EMP)攻撃。
「体ヘノ電子ノ衝突ヲ確認。4388ナノ秒デ90万ボルト毎メートルノ電子ヲ計測…………ゴ……高電圧発生……オ……過電圧…………再起動準備」
再起動できるのか。こっちも急がないと。
「二人とも、モリガンの使用を許可する」
「「了解!!」」
俺のせいで血まみれになってしまった二人は頷く。
俺のせいでここに連れてこられてしまった二人。
俺のせいで最初から〝切り札〟としてここに連れてこられてしまった二人。
「ただし〝ずっと〟モリガンでいるんだ」
俺のせいでしかも、これから死ぬかもしれない大切な二人。
魔力量しか取り柄のないカスみたいな俺のせいで、せっかく手に入れた美しい命を失うかもしれない、大好きな二人。
「ずっと!?何を言ってるのマソラ!……あっ」
「ずっとなんて。そんな魔力を持ち合わせて……あっ」
銀の蔓だけで体を支えている俺は、グチャグチャの顔を二人に向けて微笑む。
「思い出した?渡したでしょ。プレゼント」
ブラダマンテの耳飾りとグロアの腕輪。傷だらけのイザベルとクリスティナはそれぞれの魔道具に触れる。
「分かったわ」「任せてください」
二つの魔道具が一度だけ赤く明滅し、魔柩として圧縮していた俺の魔力素が二人に流れこむ。0・4秒。
「我らが鎮守の森において、斬劇に最も長けた風人の二姫に告げる」
「「何なりと」」
本当に、ごめんね。俺と一緒に死ぬかもしれない。ごめんなさい。
「極めろ」
次の瞬間、エルフ二人の全身に青い痣が浮かぶ。痣は神語を象り、魔王を呪う文章になる。0・6秒。
「三分だ。モリガンになって三分で斃す」
再起動したデュミナスバハムートが動き出す。その動きはけれどまだ鈍い。
いや、
「「すう~ふ~………世界という古びた宿場より我らは影も形もなく消える」」
鈍いのは電子機器の故障のせいじゃない。
「海に注げ。一滴の水」「土に還れ。一握の塵」
おそらくは、
「「風と共に来て風と共に去る汝の名は」」
神語を全身に浮かべた二人の異常な雰囲気を感じ取ったせい。
「「モリガン」」
碧の雷撃がイザベルとクリスティナのいた場所で激しく上がる。そして二人は既にそこにいない。
シュパンッ!!!!
「!」
デュミナスバハムートのチェインガンがゴボウのように斜めに切断されている。
ドゴンッ!!
ついでにチェインガンの生えた脚一本もダイコンのように。
「蒼手綱」
デュミナスバハムートの上に立った一姫のエルフはそう言って刀を鞘に戻す。黒い眼球の真ん中、エメラルド色の瞳が冷たく煌めく。
「ギギ」
バハムートの眼球が飛び出し、レーザーがエルフの姫を焼こうとする。
「蒼虫食」
レーザーはエルフを焼いたつもりが、エルフは声だけを残し幻のごとく掻き消える。結局レーザーはデュミナスバハムート自身を焼いてしまい、巨体の一部が焼け溶けて無惨に落ちる。
チャキ。
「蒼石目」
デュミナスバハムートの首の横に再び現れたエルフが一言そう告げると鞘から刀が引き抜かれて消える。次の瞬間には星獣の重い首が切断されて羽根のように舞う。
モリガン――。
イザベルとクリスティナの必殺技。
その正体は〝碧閃の刎姫〟と謳われた風人族の女王モリガンの召喚。
斬魔刀「逝武羅」を振り回し、古の大戦に散ったエルフの女王のレベルは99。
特殊スキルは「防御力比例攻撃」。すなわち相手の防御力に比例して自身の攻撃力が上昇すること。つまり高レベル高防御力の相手ほど彼女の剣の錆になる可能性が高い。
ただし、召喚の代償は、召喚した者の魔力そして生命力。
イザベルとクリスティナ二人の通常の魔力量からすれば、召喚していられる時間は4秒。
つまり召喚したらモリガンは一撃必殺しかありえない。
4秒を過ぎて召喚を行えば生命力が奪われる。つまり異世界である冥界に出向いて現在モリガンを召喚しているイザベルとクリスティナはそのまま冥界に取り込まれて帰ってこられなくなる。もちろんモリガンも消える。
「ググ、ゴ、オオ……」
女王モリガンの一撃必殺。
レベル99のバハムートに俺が勝てない場合の切り札として、俺は彼女をカードとして用意した。
けれどペニエルの塔の最上階で出会ったのは、レベル329のチート星獣。
一撃必殺で終わらせる作戦は崩れた。
故に一撃必殺の連発。これに頼ることにする。
つまりは無能な俺の〝保険〟が役に立ち、その犠牲としてイザベルとクリスティナの命が危険にさらされる。ごめんなさい。もしこれでも勝てそうになければ、細胞の最後の一つまで使って電磁パルス攻撃を繰り返して後を追うよ。それくらいしか詫びる方法が思いつかない。
「無事かぇ?」
「それはこっちのセリフだよ。大丈夫?」
魔力素が練り込まれた白いネグリジェと呪詛を纏う日本刀しか帯びていない伝説の剣姫に言葉を返す。
「元よりこの身は陽炎。わらわは何ともない。二人の娘にはちと負荷が大きいようじゃが」
デュミナスバハムートの生首の切断面から水銀のような重銀液がこぼれて胴体へと走る。
「まだ動くよ、それ」
「そのようじゃな。ところで必要なものはあるかぇ?」
「その辺のガラクタをこっちへ」
チャキン。
エルフの高速抜刀がつむじ風を巻き起こし、バハムートから切り出したばかりの残骸がこちらに飛んでくる。
ドゴドゴドゴン!……ギシュギシュジュルジュルッ。
俺はそれを銀の蔓で受け取り自らの肉に取り込む。金属骨格を作成し、銀の蔓でまとめ上げて、どうにか立ち上がる。
「残留神種の肉すら取り込めるとは、何と器用な暁神種よ」
シュンシュンシュンシュンッ!!
デュミナスバハムートの背中からミサイルが次々に発射される。それを軽く躱したモリガンの足にバハムートの太い尻尾が巻き付き、そのまま彼女を壁にたたきつけようとする。
ヒュパンッ!!
投げられると同時に鋼鉄の尻尾を容易く切断したモリガンは態勢を立て直して壁に足で着地する。つまり俺の隣に。
「見れば見るほど、大精霊を従えたあの魔法使い(アーキア)を彷彿とさせる」
エルフ特有の長耳の代わりにハトの白翼が生えているモリガンが翼耳で俺の髪をなでる。
「そりゃどうも。ところであの星獣はどうしてあんなに強いのか分かる?」
「風の大精霊フルングニルを取り込んでおる。よって能力制限を突破し、成長しおった」
なるほどね。レベル99から329に成長できた謎が氷解した。守るべきはずのものを食べちゃうなんて、えらい悪食だね。怖い怖い。
「星獣の弱点は分かる?」
言いながら俺は新たに製造した腕と足、そして片眼の動作確認をする。
「胸の砲筒じゃ。花火を打ち出す際、無防備になるあの穴を叩けばよい」
刀を鞘ごと引き上げ、逆手に剣を握り、座頭のように目を閉じたモリガンが言う。
「オーケー。バズーカが弱点か」
「といっても、弱点を都合よく見せるとは思えぬがのう」
「つまり?」
「たた斬って捨てよ」
ミサイルがこちらに着弾する寸前、モリガンが抜身の刃を振るう。
ミサイルが炸裂して飛散し、あちこちで起こる爆風が部屋を包む。
それを合図に、俺とモリガンはデュミナスバハムートへ迫った。イザベルとクリスティナが戻れなくなるまで、残り102秒。
「火車!」
ゴオオオオオオオオオオッ!!!
「蒼手綱」
シュパンッ!!!!!
言うまでもなく動きの遅い俺が囮で、神速のモリガンが攻撃の要。
ピュオンッ。ピイイイイイイイイイ――ッ!!
「グ」
囮とはいえ、俺も何かやらないわけにはいかない。
モリガンへの攻撃集中を防ぐため、「霰火」「火達磨」も使えない今の俺は手に入れたばかりのオプションを使って星獣への牽制を続ける。
オプション名は「目玉商品」。
デュミナスバハムートの眼球の魔力仕様を自分のそれに変えて使用。見た目はダサいけれど片目からレーザービームが出るようになった。でも急な仕様変更にはいつまでも眼球が耐えられそうにない。それにモリガンもそう長くはもたない。
『報告』
「?」
その声は天の声さん。久しぶりです。おっとやばい。腕が弾き飛んだ。
このバハムート、まだ電動鋸なんて隠していたのか。
すいません天の声さんちょっとマズいです。今、手が離せないです。離れちゃいましたけど。
『魔力素の過剰使用に伴い残存細胞が長期間にわたり魔力放射線被爆状態にあり』
それはきっとマズいことなんだろうね。もう魔法を使うなってことかな。
【カマドウマ】
〔満杯〕〔流転〕〔呪解〕〔充力〕〔渦魔導魔〕
あれ?
勝手にアイコンが出てきた。
使うつもりなんてなかったのに……しかも選択肢が一個増えてる。
『渦魔導魔の発動準備完了』
アルス・マグナ。
「封印されし言葉」のカマドウマを入力した時に天の声さんから聞いた言葉だ。
天の声さん、これを発動するとどうなるの?
『発動により、全実体の魔力素化が発生』
へぇ。なるほどね。
冗談抜きで細胞も何もかも魔力素になれるのか。そうなるともう誰がどう見ても俺は人間じゃないね。で、それは元に戻れるの?
『可能』
そうか。……俺が魔力素化すれば、デュミナスバハムートの中に入り込んで構成材質全てを汚染して星獣はオシャカか。こんなにボロボロなのにつくづく俺は無敵なんだね。
ん?
でも待って……バハムートが取り込んでいる風の大精霊フルングニルはどうなるのかな?
『予測。星獣もろとも滅終』
そっか。それでフルングニルが消滅した場合、この世界に何が起こるの?
『確証なし。予測。大気の魔力素の乱流が788899967カ所で発生。気象異常4888888通り予測。気候変動78887通り予測。その後惑星の全球凍結の発生確率58%。あるいは全球溶融の発生確率88・7%』
それだとちょっと困るかな。動植物も含めて、世界規模で誰も助からなさそう。
『予測。アルス・マグナの消滅回避の確率66・1%』
ありがとう。でもね、仲間がいないのに自分だけ生き残っても仕方ないからやっぱり却下。
それより計算をお願い。……〝刎姫〟に入れる時間は?
『演算終了。5・2秒。3秒経過時点より召喚契約者の魂魄の不可逆的魔力素化が開始』
そっか。3秒で元に戻して。絶対に。
『承諾』
【カマドウマ】
〔満杯〕〔流転〕〔呪解〕〔充力〕〔〔渦魔導魔〕〕
「モリガンッ!今から君に俺の魔力の全てを託す!!」
敵の410ミリバズーカ砲が開く。光り出す。
「なんじゃと?」
「命令だ!!〝一撃〟で必ず始末しろ!!」
アルス・マグナ発動。
サァァァァァァァァァ……
全細胞の魔力素化と女王モリガンの召喚魂魄への浸潤開始。完了。
「承知した。しかし我が必殺の一撃は……!!!!!!???????」
1秒。離れろ。〝星〟から距離をとれ。刃を鞘に収めろ。
「何という魔力量じゃ……」
2秒。構えろ。集中しろ。〝星〟を斬るために。
「よかろう。我が神技、見舞おうぞ!!!」
息を止めろ。命を止めるために。
2・999999999999秒。
碧閃の刎姫とともに俺は消える。
「「絶風鏖神擲」」
3秒。
神速の居合切りは碧い巨刃となって風の塔と星獣を断つ。
ドゴゴゴゴオオオオオオオオオオオオオ……
断たれた塔はことごとく微塵となり風に巻き上げられ散華して消えていく。
モリガンが消え、代わりに戻って来たイザベルとクリスティナとともに、超高層階から俺は細胞の雨となって落下していく。細胞分裂で体の復元なんてしていたらエルフ二人は墜落死ししてしまう。隕鉄の星獣の残骸を足場にして細胞を急ぎつなぐ。銀の蔓を精一杯伸ばして姉妹二人が離れ離れになるのを防ぐ。でもこのままだと地面への墜落は免れない。急がないと。急がないと!
〈勁き人よ〉
だれ?
〈あなたに私を託しましょう。精霊の依代とされた鉱人族の娘とともに〉
落下速度が急激に落ちる。気づけば蔓だけになってイザベルとクリスティナを絡めとる俺を、ドワーフの女がつかんでいる。
「急いでください。もうもちません」
ぼんやりとした眼のドワーフの口が動く。俺は銀の蔓を全力で増やして上空に伸ばし、リン脂質二重層の膜を蔓に張る。即席ボロボロの細胞膜パラシュートが完成する。
「私は風のフルングニル」
空中落下の最中にドワーフの口が自己紹介。
「風の大精霊なんだから空気くらい読めないかな!?今自己紹介どころじゃないんだよね!」
頭の右半分を再生した俺は落下地点を目視と超音波反響で確認する。
良かった。助けてコマッチモ!
こっちだ!もうすぐ落ちる!
スタンバイしてっ!!
パラシュートを解除し、ドワーフとエルフ二人を俺の銀の蔓で包む。
頼むコマッチモ!!
ボニョオオオ―――ンッ!
本気モードのヴァルキリースライムのおかげで俺たちは地面への激突を回避する。コマッチモの体内に飲み込まれた俺は駆け寄る涙目のニーヤカの姿を認める。
「主様!!よくぞご無事でお戻りになられました!!」
頭半分しかないのに俺って無事に見えるの?人間扱いされてないんだね、ホント。
「塔が崩壊し、ここはもう危険です!ただちに森へと帰還いたします!!」
はい。そうしてください。さすがにちょっと疲れたから、俺は少し、休むね。
コマッチモ。ニーヤカ。
あとはよろしく。
イザベルと、クリスティナと、ドワーフと……大精霊のおまけも。お願いします。
lUNAE LUMEN
Divina scientia




