二話 「美少女からご挨拶を」
目の前の美少女は視線を合わせようとしない。おい!人と話すときは目を見ろって教わっただろう!
全く、もじもじ下を見て……おいおい、その視線の先は○○〇だぜ?そしてなんで気味悪そうな顔をするかな?傷つくんだけど。これがありのままなんですけど。
なるほど?この世界でも裸はよろしくないらしい。
「着た 服 運ぶ」
彼女は明らかな赤面を隠して、それだけ言い残してどこかへと行ってしまった。
……。
火おこしするか。多分服を持ってきてくれるだろうから川を探しに行くわけにはいかないな。仮にあったとしても煮沸消毒の為にどのみち火は必要だし。
その辺のツタをとってちぎ……る。ちぎっっっ!!……れないので、辺りに何か切れそうなものでもないかと探してみる。……まぁないよな。仕方ない。原始人よろしく石を割って包丁を作ろう。別にある程度鋭利になればそれでいい。
そうしてようやくツタを切る、というよりはちぎって先ほどの棒と組み合わせてみるとなかなかよさげな弓ができた。もちろんこれで狩りをしようってんじゃない。
いわゆる弓ぎり式火起こしってやつ。幸か不幸か、雨が降った形跡もないので、恐らく火おこしは可能だ。
「うおおおおおおおおおお!!」
引く、回す、必死に回す。腕がちぎれそうですぐにでもやめてしまいたい。だがもう少し、きっともう少しだ!
……あれから2時間ほど経った。
俺は二つ大きな誤算をしていた。
一つ、ツタに含まれる水分が常に火の気を消していたこと。
二つ、びっくりするほど俺の筋力と持続力がない事。
そして俺は今何をしているか?
消耗の抑制、体力の温存、そしてまたの名を不貞寝である。
まぁ大事なことだ。どうせ迎えがくるし?今は無駄に動くのをやめよう。
俺はゆっくりと意識を手放していった。
肩に何か感触があって目を覚ます。
ぼやける頭と視界でその方を何とか認知しようと頭を向けてみると、さっきの美少女が見下ろしていた。
おおよかった。何とか一命はとりとめそうだ。このまま来なければ、あるいは警察のようなものを引き連れてこられたら一巻の終わりだった。
彼女は大事そうに抱えているバッグから服を取り出して差し出す。
いい加減肌寒くなってきたので本当に助かる。いつものように広げて袖を通してみるとあることに気付く。
……女物だ。まあ女の子一人暮らしならそうだろうな。目の前の美少女が一人暮らしであることに喜ぶ?今はそういう妄想よりスースーする下半身に意識は持っていかれる。
脛に当たるロングスカートの端がどうにも違和感。というより冷静に、異性装の危険について思いをはせる。服装的には中世っぽいが、この時代は魔女裁判やらのイメージが……魔法の世界で魔女?別に魔法が普通なら何も問題ないか。じゃあ大丈夫か。そもそも彼女以外人の目がない。キリスト教的価値観が存在するとは限らない。
それにしてもそうか、一人暮らしか。……うん、現実に目の前にいると意外と何とも思わないものだな。姉のいる俺にとって、妄想から出た女は姉でしかないのだ。
いやまて、でも異世界なら……?というかまともに姉以外の女と接していないのだからもしかすると姉が例外のゴリラだっただけかもしれない。
まあ、彼女に今見捨てられると俺は詰んでしまうから何もする気はどのみち起きない。性欲なんて生きていることが前提だからな。
しばらく歩き続けて5分といったところだろうか?当然、会話はない。言葉が通じれば俺から喋ってるんだけどね。
気まずい雰囲気の漂う中、彼女は突如振り向いて俺を頭の先からつま先まで見つめ始めた。そして大層怪訝そうな顔をする。いや、引いている。
別に異性装が似合うとは思わないが、そう言う顔をしなくたっていいじゃないか。着たくて来ているわけじゃない。
彼女はまた目線を前に戻して森を進んでいく。
しかし何だろう?随分と気になっているようで……いや俺だって突然人が現れれば気になるし驚く。が、彼女の興味の向き方はどうにもそれではないように感じる。
そして彼女はどうにもずっと悩んでいるようで、それが俺にも伝播して俺まで少し不安になる。
彼女はついに耐えかねたように俺の腕をつかんだ。眉を顰めて、首を傾げる。
なるほど、これが恋か。モテ期とは3回くると言うが今なのは年齢的に妥当だ。
俺は神に感謝した。このタイミングでモテ期を到来させたことに深く感謝した。
「信じられない。本当 使えない。」
彼女は俺の腕を落とすように離した。
俺は神を憎んだ。
いきなりの暴言、しかも馬鹿阿保死ねの類ではなく明らかな驚きをもってしての無能判定。素直につらい。
「……わからない。」
さらに続けてそうつぶやく。……言葉が大分片言だからもしかすると何か別の意図があるかもしれないな。
今後のコミュニケーションが心配だ。尤も彼女に頼らず俺自身も言葉を話せるようにならなければ。
そうして俺は一つの嫌な単語が頭をよぎる。
言語学習——。
いやだ。絶対に嫌だ。英検3級すら落ちた俺に異世界語なんてつとまるものか。
あふれ出す補習のトラウマ。手は単語帳の重みを奇妙に鮮明に思い出して震え始める。
そしてさらに最悪な事に気が付く。ああ、教科書のある英語の方がまだ簡単なのか。
そんなうなされている俺を彼女は不思議そうにチラ見しながら森を進んでいった。
しばらくしてようやく家らしきものが見えてきた。しかしそれ以外は森しかない。パッと思いつくのは魔女の家だろうか。
彼女は扉を開ける。……おお、まさしく魔女の家。白雪姫で出てくるような禍々しいやつというよりは実験室に生活空間を詰め込んだものに近い。
それを見て心躍る。洗濯物のように干されている設計図はよく見ると既知のそれではない。化学のようにフラスコと試験管の並ぶ机にはそれに似つかわしくない魔法陣が混在している。薬品を保管しているであろう容器も現代のそれと比べると幾分も歪で、ガラスより陶器が目立つ。
彼女はそんな部屋をスイスイと進んでいく。彼女の後を追うと一体のゴーレム……といえばいいのだろうか。日本で言えば土偶のような大きな人形にたどり着いた。
頭の上に彼女は手に持っていた本を乗せる。すると本は青く光りだし、先ほど見た青い粒子がそれの周りをまわり巡る。そしてそれが彼女の中へと入っていった。
大丈夫だろうか?まあ自分でやってるなら大丈夫だろう。何をしているのだろうか?
そう疑問を巡らせるのを遮る様に彼女は勢いよく振り向いて、胸に手を当てる。
どこかそれは自信に満ちて、また、どこか楽しむ余裕をもっているような語気で、彼女は言った。
「初めまして。私の名前は——」
ただ、俺はそれを聞けなかった。
なぜかって?
死んで転生後2時間火おこし頑張って、さらに歩いて2時間。
もう体力は限界だったのだ。




