65.ヤケ
奏の母は、俺と相対す時の余裕綽々な雰囲気とは違い、目に見えて狼狽えていた。
その狼狽の仕方は最早凄まじかった。
「あわあわ」
どれくらい凄まじかったかと言えば、何かにつけて、うふふと微笑んでいた奏の母が……今はあわあわしているくらいだ。
「か、奏。お願い。お父さんにだけは言わないで。お願いだから」
「駄目。ぜーったいに言う。言いつけます!」
奏は腕を組んだままそっぽを向き、頬を膨らませていた。
「そうなったらお母さん、またお父さんに怒られるねっ!」
「ひうっ……」
「ウチの一家で一番怒らせたら怖いの、お父さんだもんねっ!」
「あう……っ」
「今度はこの前の離婚騒動では済まないかもねっ!」
「はわわ……っ」
り、離婚騒動……?
一ノ瀬一家、どうやら俺の知らないところで、離散の危機に瀕していた時期があるらしい。
……ちょっとだけ、何があったのか気になるな。
「嫌ぁ。お父さんと離婚だけは嫌ぁ」
「そうだよね。お母さん、お父さんにぞっこんだもんねっ!」
「嫌ぁ。嫌ぁ……」
「あたしがいない時、たまにお姫様抱っこしてもらってるもんねっ!」
「うぅ……」
「お父さんに叱られて、時々ゾクゾクしているもんね」
「まあ、たまにご褒美な時はある……」
……この話、一ノ瀬一家と赤の他人である俺が聞いてもいいのだろうか?
少しだけ不安になってきた。
「でも、今度はゾクゾクだと絶対に済まないよ!」
奏は未だに怒った声で続けた。
「だって今回、お母さんはあっくんを巻き込んでいるんだものっ!」
……あ、ここで俺の登場か。
「お父さん、この前、あっくん達に訪問してもらった後に怒ってたもんね。あんまりあっくんに迷惑をかけないようにって!」
「……それはあなたも」
「あたしは同意の上ですっ!」
「……くっ。こんなことなら先に誓約書を書かせておくんだった」
「お母さん、ここが年貢の収め時だよ……っ!」
……なんだか今の奏と奏の母の構図、勇者と魔王の最終決戦前みたいな熱さがあるな。
「観念して。お母さん……っ!」
奏は……奏の母に向けて強気な宣言を飛ばした。
しばらくの間、奏と奏の母は静かになった。
お互い、相手の出方を伺っているように見えた。
……沈黙を破ったのは。
「……奏」
奏の母だった。
「お父さんに今日の一件は黙ってて」
……な、なんだと!?
奏の母、一体どんな策を講じてくるのかと期待していたのに……繰り出したのは、ど真ん中ストレート。
策とは甚だ呼ぶことも出来ない、真っ向勝負を仕掛けてきた。
「ふんっ。絶対に嫌」
奏は頑なだった。
「お母さんはいつも強引すぎるの。穏健派(?)なあたしから見てもさすがに無理やりすぎる。いつか絶対にそのやり方では限界がくる……っ! それが今ってだけだよ!」
「……黙って、奏」
「……っ」
「あたしはあなたの親よ? 親の言うことは聞きなさい」
「……ふ、ふんっ! そうやって親ぶって。お母さんが一体、あたしに何をしてくれたって言うのよ!」
……いや、それは。
「お母さんがあたしにしてくれたことなんて……。……あたしが死にかけた時、一番間近で応援してくれて。多額の治療費も出してくれて。命を救うためなら言葉も通じない異国での生活にも身を投じてくれて。あたしの意向に応じてあたしの講演会もやってくれて。高校生になったタイミングでこの国に帰らせてくれて。……くっ」
……だよね。
奏は、奏の両親に散々、親らしいことをしてもらっているよね。
「で、でも……っ。あっくんを巻き込んだことだけは許しませんっ!」
「……」
「今回ばかりは、あたしも心を鬼にしますっ!」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「……うふふ」
「……!」
奏の母は、不敵に微笑んだ。
「な、何がおかしいのよ」
「いいの?」
「……え?」
「あたしにそんな態度を取って、本当にいいの?」
……ゴクリ。
奏の母、一体何を……?
「奏。あなたがそんなに頑なな態度を示すと言うのなら、こっちにも考えがあるわ」
「……ふんっ。何よ」
「あなたを殺す」
……ひゅんっとした。
「うふふ。お父さんに嫌われた人生に意味なんてないもの。でもお父さんを殺すわけにもいかない。だから、お父さんとの間に生まれ、次に愛したあなたを殺す」
「……ふ、ふんっ。そんなハッタリであたしが怯むとでも……っ」
「それだけじゃない」
……それだけじゃないのか。
まあ、最愛の父との関係を切り裂いた相手への恨みを果たした後に起こす行為だし、自決とかだろうか。
「あっくんを殺す」
……えっ。
「あなたをあの世で一人きりにするだなんて、可哀想じゃない」
……奏の母の瞳に、光は灯っていなかった。
「……だから、あっくんを道連れにしてあげる。良かったわね」
……ふむ。
まあ、ここまで全部、奏の母のハッタリだろうけど……奏の母もぬかったな。
自分の命を奪うと言われても動揺しなかった奏相手に、俺の命を差し出すと言っても……動揺するはずがないだろう。
「……お母さん」
奏は……。
「ごめん。ごめんなさい。ごべんなさいぃぃ。あっくんだけは……! あっくんの命だけは見逃してぇ……」
……ギャン泣きしていた。
……なるほど。
さすがに自らの家庭の事情で友人の命が奪われるのは、奏としても我慢ならない、というわけか。
「うふふ。よしよし。この子もまだまだ、あたしには遠く及ばないようね」
奏の母は、勝ち誇ったように泣き出した奏の頭を撫でていた。
実の娘と娘の意中の相手を殺すとまで言った癖に勝ち誇れるメンタリティ
意中の人の家に入り浸り色々画策している癖に母親のやり方を強引すぎると評するメンタリティ
幼馴染とその母親の幾多のサイコ発言を間近で聞きそこまで動揺しない、どころか自分に利があると思うとすぐに乗っかるメンタリティ
この作品にまともな奴はいねえのかよ・・・。
12章完結です
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