23.運命
お守りを買って、参拝も済ませた俺達は、神社からの移動を開始した。
「今度ははぐれないようにしないとね」
「そうだね。……えいっ」
どこか楽しそうな奏は、俺の右手を掴んだ。
「うふふ。これならはぐれないで済むよね?」
「……奏」
奏の左手の温もりを感じつつ、俺は思った。
「君って奴は、天才かい?」
「うふふ。そうでしょう?」
茶番も終えて、俺達は商店の方へと進んでいった。
相変わらず商店のある通りは、たくさんの観光客でごった返している。
……が、今度は奏と手を繋いでいるから、はぐれることはなかった。
「こっちの方は比較的人がいないよ」
彼女を先導する俺は、商店を外れ、アーケード街に続く道の方を指さして言った。
アーケード街の方も人はいるにはいるが……この商店通りに比べれば、手を繋がずとも歩くことは容易そうに見えた。
俺達は無事、アーケード街に出た。
「ふう。もう手を繋がずに済むね」
「……手を繋がずに済む?」
俺は奏から手を離して、彼女に微笑みかけるが……奏の瞳には光が灯っていなかった。
「さ。次はどこに行こうか」
俺は奏の様子に気を留めることはなかった。この一週間で、瞳に光を失わせる彼女の姿にも見慣れてしまったのだ。
「奏?」
「……あっくんの馬鹿」
……馬鹿、だと?
「確かに、俺は馬鹿だ」
奏との別れを経て、医師を目指して早数年。
まだ子供であるものの、そろそろ結果の一つでも導かないといけない状況なのに、俺はまだ何も成していない。
それが馬鹿でなくてなんだと言うのか。
「……むぅ」
奏は難しい顔を作って、俺の先を歩き始めた。
どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。
くそ。
これも全て、俺の努力不足のせいだ……っ!
「待ってくれよ、奏」
俺は奏を追いかけた。
しかし、早足で追いかけるものの……奏の歩調は速く、中々追い付かない。
そういえば彼女、病気になる前は運動神経抜群だったな。
病気になっている間はまともな運動は出来なかっただろうに……彼女の高い運動能力は、一切、錆びついちゃいないらしい。
「ま、待ってよー」
なんて言っている場合ではない。
俺は走った。
このままでは本当に、奏を見失いそうだった。
……というか彼女、この辺の土地勘はあるのだろうか?
「か、奏ぇ……」
ゼェハァと息を荒らしながら彼女を追うと、たどり着いた先は河川だった。
「あ、あっくん」
橋の丁度真ん中、河川と高速道路。周辺の街の様子を一望出来る場所に、奏はいた。
「ここ、見晴らしいいね」
……こっちは額に汗まで掻いたというのに、中々呑気なことを言うものだ。
「もう機嫌は直った?」
俺は尋ねた。
「嫌だなあ。あたし、不機嫌になんてなってないよ?」
……それは無理がある。
しかし、ニコニコと圧のある笑みを浮かべる奏を前にしたら、苦笑することしか出来なかった。
「……予想してなかったなぁ」
奏は橋の手すりに体を預けながら続けた。
「あっくんと、こんな見晴らしのいい場所で遊べるなんて」
……俺は返事をすることが出来なかった。
胸が締め付けられるような思いだった。
だって、それってつまり、奏は以前、俺と再会することを諦めていた。
……生きることを諦めていたって、ことだと思ったから。
再会を果たしてから今日まで、奏はずっと微笑んでいた。
今を楽しそうに生きている。
一度繋いだ命だからこそ、一分一秒が尊く感じている。
漠然とだが、そんな印象を受けていた。
だから……彼女から生と死に関する言葉が飛び出すとは思っていなかった。
いや、でもよく考えれば……奏は時々、『一度死にかけたから』と口にする。
それだけじゃない。
『あはは。死んだと思った?』
再会初日、奏は俺にそんな質問をしてきた。
俺は奏の質問に、申し訳ないが同意してしまった。
実際……もう二度と、会うことはないと思っていたから。
その時の奏は……。
『だよねっ』
そう言って、意地悪な笑みを浮かべていた。
彼女は、自分でも自分はもう助からないと思っていたんだろう。
いや、実際は生きているわけだから……一時期までは、そう思っていた、が正しいのかもしれない。
「……奏」
今更な疑問が浮かんできた。
「君はどうして助かったの?」
口にすると……中々に酷い質問である。
これではまるで、彼女に死んでほしかった。
そう言っているように、聞こえなくもない。
奏は俺の質問に、目を丸くした。
……怒られるかな?
臆病風に吹かれる俺に向けて、数秒後、奏は微笑んだ。
……その微笑みを見て、彼女が何を言うか、わかってしまった。
「運命だよ」
……やっぱり。
「……奏。茶化さないで教えてほしい」
「茶化してなんてないよ?」
奏は笑った。
「でも、そうだな……。あたしが生きている理由か」
「……うん」
「まあ、簡単なことだよ」
簡単なことか。
「あっくん、いつか言っていたじゃない。愛は人を救わない。でも、愛は生きるために必要不可欠だって」
確かに、いつかそんなことを言った気がする。
「要は……あたしはなるべくして生きている」
「……」
「……諦めていた部分もあるけど、土壇場で、もう少し生きたいと思ったの」
奏は苦笑した。
「土壇場で生きたいと思ったから、生きるために辛い治療に耐えた」
彼女の治療期間の過ごし方を、俺は知らない。
「生きるために好き嫌いしないで、栄養バランスを考慮したご飯を食べた」
でも、彼女の話を聞いているだけで……。
「そして、運よく生きるために必要な名医に出会えた」
過去を語る彼女を姿を見るだけで、なんとなく理解出来る。
「……だから、あたしは生きている」
奏が体験してきた出来事が、恐らく……尋常ならざる過酷さだっただろうことは。
「それは君の言う通り、今になって思うと、愛に救われたから起きた出来事ではなかったと思う」
……でも、奏はそれを耐え抜いた。
「お父さんとお母さんがあたしが生きるために治療費だったり、色んなことに……手あたり次第、お金を使ってくれたのも生きることが出来た理由」
……彼女の命は、彼女の両親が捧げた対価による部分が大多数を占めている。
「でも……それが生きることが出来た一番の理由じゃない」
……彼女の両親の功績は、どうやら奏の中では一番ではなかったらしい。
「……あたしが生きることが出来た理由は、前に語った通りだよ」
橋の下、河川に……水上バスが走り抜けていった。
「あの日、去り際のあっくんの心配そうな顔が忘れられなかったから」
奏の微笑みに、気付けば俺は見惚れていた。
「君を安心させたかったから、あたし……辛い治療にも耐えられて、嫌いな食べ物も食べて……名医に出会うという幸運さえも手繰り寄せることが出来た。名医に出会えるまで、生き抜いてやるって覚悟を決められたの」
……それが彼女の生きるモチベーション。
「……凄いね、君は」
「あっくん程じゃないけどね」
奏の命は、両親からの深い愛。多額の費用。……そうして、俺への想いで紡がれている。
「……だから、留学なんて諦めて、あたしと大学ライフをエンジョイしない?」
少しだけ、心が揺れた。




