22.健康祈願
「ふう、美味しかった」
喫茶店で軽食を頂いた俺達は、お店を出て駅に向かった。
「あっくん、本当にごめんね」
奏は今朝の一件以降、ずっとこんな調子だ。
「本当、大丈夫だよ」
「……ごめん」
俺は苦笑した。
恐らく、奏の調子は……今後もしばらくはこんな感じになるのだろう。
「そ、そうだ。折角なら、高垣さんへのプレゼントを買う前に、どこか別の場所に寄って行かない?」
この様子の奏と高垣さんのプレゼント購入の旅に向かうのは、少しだけ気まずい。
そう思った俺は、彼女の気晴らしにでもなればとそんな提案をしてみた。
「……どこかって、どこ?」
「え?」
「……どこに行くの?」
……さて、どこに行こうか。
生憎、これまでの人生……デートと呼べるような行いを異性としたことなどない身。こういう時、パートナーを連れていけるような場所はまったく知らない。
そういう時は、パートナーを自分がよく行く場所に連れていく、とかもいいかもしれない。
俺がよく行く場所といえば……空港。
駄目だ。
そこは先日、奏と既に行っている。
「……あっくん?」
「とりあえず、電車に乗ろうか」
仕方ない。
こうなれば電車に乗っている間に、どこに行くか考えておこう。
俺達は電車に乗って、行く宛もないデートを始めた。
「そういえば、奏は高垣さんに何をプレゼントするつもりだったの?」
何かしらのヒントになればと思い、車内で俺は尋ねた。
「ん? んー。あんまりちゃんとは決めてなかった」
「え……?」
「あっくんと一緒にどこかに行って、その場所で良さそうなものがあれば、それを買おうかなって」
……なるほど。
行き当たりばったりだったのは、どうやら俺だけではなかったらしい。
「それで、どこに行こうか?」
「うーん」
俺は腕を組んで唸った。
俺が悩んでいる間に、一駅、二駅と電車は進んでいき……。
『次はー』
車内アナウンスから次に到着する駅の名前を聞いた時、俺は閃いた。
「奏、次の駅で降りよう」
そして、俺は立ち上がった。
電車を降りた俺達は、地下鉄ホームへ降り立った。そして地上へ出て、数分歩いた。
「ここって……」
「神社だよ」
俺達がたどり着いた場所は、都内でも有名な神社だった。
「あたし、ここ、一回来てみたかったんだ」
朱色を基調した提灯を前に、興奮気味に奏が言った。
「あっくんはここへはよく来るの?」
「……」
「あっくん?」
「え? ああ。……たまにね」
俺は苦笑して、人混みを避けながら神社内へと進んでいった。
提灯を過ぎると、本堂の前に立ち並ぶたくさんの商店。そして、商店の商品を物珍しさそうに見ている観光客に、少しだけ辟易となる気分だった。
「け、結構狭いね」
「そうだね。はぐれないでね?」
「うん」
この通りは、商店の商品を買うお客。商品を見物するお客。冷やかしのお客で列の進みが遅く、常態的に渋滞している場所だった。
俺と奏は、本堂に到着するまでの間に、とにかくはぐれないようにするのに必死だった。
……が。
「奏、大丈夫? 着いてきてる?」
背後から奏の返事がなくなって、俺は慌てて後ろを振り返った。
「いない……」
どうやら無事、俺達ははぐれたらしい。
『ごめん。今、どの辺にいるかわかる?』
俺はスマホで奏にメッセージを送った。
『わかんない……』
奏から返ってきたメッセージには、半泣きのスタンプも一緒に添えられていた。
『本堂は見える?』
『うん』
『この人混みの中で再会するのは骨が折れるし、本堂の方で集合しよう』
『わかった』
……大丈夫だろうか?
少し不安だったが、奏は力強いグーサインのスタンプも添えていたので、まあ大丈夫だろう。
……とはいえ、折角商店で一緒に何かを買おうと思ったんだけどな。
まあ、それは帰りでいいか。
俺は人混みを避けながら、本堂を目指した。
「うわあ、本堂の方も人でいっぱいだ」
これは……奏との合流は、骨が折れるぞ。
「あっくん」
「わっ」
と思ったら、急に背後から聞き馴染みのある声が聞こえてきて、俺は飛び上がった。
振り返った先には、奏がいた。
「……奏、よくここにいるってわかったね」
「ああ。それは……」
奏はスマホ片手に何かを言いかけて……口をつぐんだ。
「運命だねっ」
出た。
奏との再会以降、彼女がごり押しワードとして使用しがちな『運命』。
何かにつけて運命というワードを使われる度に、運命というより必然での結果だろう、と言いたくなるのだが……。
まあ、今回に限っては、この人混みの中での再会だし、運命と呼べる……のだろうか?
なんだかすこし、裏を感じるのは気のせいか?
「そ、そうだ。あっくん、お守り買おうよ」
何かを取り繕うかのように、奏が提案してきた。
「ほ、ほら、厄除けに心願成就に、交通安全なんてのもある」
「そうだね」
「ここ、色んな種類のお守りが売ってるね」
「そうだね。健康祈願なんてのもあるよ」
まあ、健康祈願のお守りがない神社の方が珍しいか。
「へー。真っ先に出るってことは、あっくん。もしかしてこの神社でよく健康祈願のお守り買うの?」
俺は目を丸くして、口をつぐんだ。
「……あ、図星だった?」
俺は返事をしなかった。
「ふうん。……自分用?」
「……いや」
「……ふうん」
奏の声のトーンが下がった気がした。
「じゃあ、誰用に買っていたのかな?」
奏の冷たい声と視線が……少し痛かった。
「君用だよ」
「へ?」
「……君がフランスで元気にしていればいいな。君といつか再会出来ればいいな。そんなことを思いながら、買ってたんだ」
「……買ってた?」
「うん。毎年ね」
……というか、有名どころの健康祈願のお守りは、大体一度は購入経験がある。
その中でもこの神社は、有名な上に電車で一本だから、購入しやすかったのだ。
だからこそ、神社の最寄り駅に着く手前で、この神社に一緒に行こうなんて選択肢も出たというカラクリだ。
「……ただ、まさか本当に効果があったとは」
「意外だった?」
「スピリチュアルには……基本的には頼らないたちなんでね」
「そっか。……基本的には、か」
奏は授物所に向かった。
そして、何かを購入してきたみたいだ。
「あっくん」
「何?」
「あたしもね。スピリチュアルは信じていない口なの」
「そうなんだ」
「うん。……一時期はウチの親も、あたしの容体が全然快復しないから、現代医学に頼れないとか言い出して、新興宗教へのお布施だったり、そっち方面に傾倒しかけた時期があったみたい……」
「え……」
そうだったの?
「あたしが知ったのは、帰国直前だったんだけどね? あんたの命が助かるなら、数十万なんて安いものよって、両親ともに笑ってて……複雑だった」
「……そっか」
「まあ、結局は効果がなかったから、止めちゃったみたいだけどね」
「……つまり、君が身をもって、実証したわけだね」
「偉いでしょう?」
……。
「だから、あたしもスピリチュアルは信じてない。でも、もし君がこの神社の効力を信じていると言うのなら……あたしも信じてみようと思ったの」
奏は微笑んで、そうして俺にお守りを手渡してきた。
「受け取って。あっくん」
「……いいの?」
「うんっ」
奏が送ってくれたお守りは……。
『学業守』
少しだけ目頭が熱くなった気がした。
「あ。でも、あっくん。勘違いしないでね?」
「え?」
「あたし、まだ……あなたの目標を下げさせること、諦めてないから」
奏の宣戦布告に、俺は苦笑した。




