21.前途多難
土曜日。
俺はいつもより少しだけ早い時間に目を覚ました。
昨晩はいつもより長い時間勉強をしていた。今週は奏との再会など、イベント尽くしで疲労も溜まった。
睡眠時間は多くない。
しかし、それでも俺はいつもよりも早く目を覚ました。
「……デート当日か」
昨日の放課後、俺は奏とデートに行く約束をした。
いや、俺としたら奏とデートの約束をしたつもりなどなかったのだが……気付いたら、デートに行くことが決まっていた。
あまりの展開の早さに、しばらくの間、脳が理解を拒んだが……脳が復活して以降は、色々な感情が渦巻き始めた。
ただ、とにかく一番強く芽生え始めた感情は……粗相は起こしちゃいけない、というもの。
「寝ぐせはちゃんと直してから行こう」
今日はとにかく、奏に呆れられないように、粗相のないように一日を過ごそう。
そんな考えから、いつも以上に身だしなみには気を遣おうと思った。
俺は寝ぐせだらけの髪の毛を直すため、一階の脱衣所に行こうと思い、自室を後にした。
こんなだらけた姿、奏には見せられない。
「あ、おはよう。あっくん」
……見せられないって言ったばかりなのにっ!
「おはよう。……えと、奏、どうしてウチに?」
奏は最早、ウチにいるのが当然だとばかりに、リビングで朝食であろうパンを齧っていた。
「んー? よく考えたらさ、集合場所も時間も決めてなかったな、と思って」
言われてみると、昨日のデートの約束後は、奏が一足先に帰った影響もあり、デートの集合場所、時間はおろか……向かう場所さえ決めていなかった。
「スマホで連絡取り合って決めればよかったのでは?」
「うふふ。折角なら、家に行っちゃえばいいかなー、と思って」
「……」
「……」
「……なるほどなぁ」
「うふふ。でしょぉ?」
確かに、わざわざ互いに初めて行く場所で集合するよりも、相手の家に集合した方が話は早い。
奏の奴、時短の天才だな、おい。
「あ、ちゃんとおばさんには、おばさんが出掛ける直前に許可を取っているよ?」
「あ、そうなの?」
「うん。あっくんの分の朝食を机の上に置いておいたから、朝ごはんにそれを食べなよって言われた」
「あ、そのパン。元は俺の朝食だったんだ」
……ウチの母は、相変わらず俺に冷たい。
「え……。ということは、俺、朝食抜き?」
「うふふ」
奏はパンを食べ終わったのか、立ち上がった。
「あっくん。実はあたし、今日は家でちゃんと朝ご飯を食べてきたの」
「えっ」
食べてきたのに、俺の朝食を食べたの……?
「でも、おばさんのご厚意に甘えて、胃袋が小さいのにパンを頂きました」
「頂いたんですか」
「うん。おかげで、お腹が少し痛いです……」
「痛いんですか……」
結構情けない上に、理解しがたいことを言っていると思うのだが……。
奏、どうして君は、そんなにドヤ顔を見せられるんだい……?
「……無理して食べなきゃよかったのに」
正直、それ以上の感想が浮かばない。
「うふふ。無理して食べないといけない理由があったのです」
「あったんですか?」
「うん」
奏は立ち上がり、キッチンへ。
……まさかっ!
「あっくんの朝食は、あたしが作ってあげるね」
ハニカむ奏を見て、俺は彼女の意図を完全に理解した。
奏の奴、これから一緒に出掛ける俺のために、母が用意した食パンではなく、ちゃんとした温かい料理を振舞ってくれるつもりなんだ……っ!
だから奏、食品廃棄をさせないためにも、お腹がいっぱいなのに食パンを食べたんだ……っ!
くそっ。
奏の奴……っ!
「うふふ。ちょっと待っててね?」
お腹いっぱいなら、俺に食パンを食べさせた上で、朝食を作ってくれればよかったのでは!?
「あっくんの朝食、すぐ作るから」
男の方が女よりも胃袋大きいし、そうすれば奏も苦しむことはなかったのでは!?
「あっくんはソファで待っててね」
ま、いいか……。
「朝ごはん、何を作ろうかなー」
何にせよ、奏の振舞ってくれた料理を頂けるのだから。
俺はソファに座り、テレビを付けた。
ワイドショーを見始めた俺の耳に、奏が冷蔵庫の扉を開けた音が聞こえてきた。
……それから、奏の方から音がしなくなった。
食材を出す音も、調理する音も……何も聞こえないのだ。
「……奏?」
テレビへの意識を外して、俺はキッチンに視線を向けた。
奏は、冷蔵庫を開けたまま、微動だにしなくなっていた。
「どうかした?」
俺はソファから立ち上がって、キッチンへ。
「……あはは」
奏は乾いた笑みを浮かべていた。
「あっくん。……朝食は、近くの喫茶店でもいい?」
「え?」
一瞬、意味がわからず困惑する俺だったが……冷蔵庫の中身を見て、全てを理解した。
「すっからかんだね、冷蔵庫の中」
「……すっからかんです」
どうやら母は、食材を使い切った状態で仕事に出掛けたらしい。
「ふぇぇ。あっくん、ごべぇえん」
奏は涙目で取り乱しだした。
「あはは。大丈夫。大丈夫だよ、これくらい」
しばらくの間、俺は奏を必死に慰める羽目になるのだった……。
これは良いポンコツ




