王の気まぐれ
「ミリア嬢、国王陛下のもとへ参りましょう」
ルーカスの目線はいつの間にか前を向いていた。
赤い絨毯が一本道のように敷かれており、その上をゆっくりとルーカスに連れ添って歩く。和やかな音楽を奏でていた演奏が止み、ホール内は静けさが広がった。皆の視線は、あたし達に注がれていた。
王座の前に辿り着いたルーカスは壇上の一歩前で立ち止まり、膝を折った。
あたしもルーカスの隣で膝をついた。
「国王陛下。本日はこのような華やかな夜会にお招き賜り、誠に光栄に存じます」
「……面を上げよ」
許しを得て、顔を上げるルーカスの所作に一切の淀みはない。
伯爵家として至極当然な振る舞いであった。
「私はルーカス・アシュフォードと申します。本日は、婚約者であるミリア・ヴァルディス男爵令嬢を伴い、ご挨拶に参りました」
「……ほう。其方達か。
噂は、すでに耳にしておる。
双方が己の領地へ自ら足を運び、村の改善に身を削ったそうだな。
して、その対処法が従来のやり方に囚われぬ、なかなかに奇抜なものであったと……城の者どもが、随分と騒いでおったわ」
ククッ、と面白そうに笑う国王。
何だこのおっさん、意外と新しい物好きなのか?
国王陛下が人前では笑うことは珍しいのだろう。
周りの貴族が声を抑えつつ、戸惑いの声が聞こえた。
「その成果を盾に、伯爵家の領地であったものを己の領地として取り込むとは、欲の無さそうな顔をしておきながら、実に抜け目がない。我が息子どもにも、その爪の垢でも煎じて飲ませたいものよ」
「……身に余る光栄に御座います」
笑いが収まると、おっさんの視線はあたしに向いた。
「……そして、ヴァルディス男爵」
「其方は、領地の発展に力を貸しただけではないな。ローゼンベルク伯爵家で起きたあの一件。危険を顧みず、その小さな身体で令嬢を救ったそうだな。
だが、何故だ。其方と彼女は、それほど親しい間柄ではなかったと、余は記憶しておるが」
目立たない男爵令嬢の交友関係をついてくるとは、全ての貴族の繋がりを把握しているのか?それともわざわざ調べさせたのか……どちらにせよ、とんでもないおっさんだ。
「はい」か「いいえ」しか発言するつもりは無かったんだが。
そもそもあの出来事は、村に行く前の話だ。
そんなこともあったな〜くらいにしか覚えていない。
静かに答えを待っているおっさん。とてつもない圧を感じる。
皆あたしが国王陛下直々の問いに何て返すのかを待っている。
もう、正直に言うしかないな。
「理由は……ありません。
目の前に人がいたから助けた。それだけです」
顔を上げ、国王と視線がぶつかった。
「ふっ、はははははっ!! そうか、理由は無いか……!
これはまた、随分と大胆な答えを聞かせてくれるではないか!」
国王が盛大に爆笑している。何か変な事言ったか?
隣に座る王妃が、静かに額に手を当てて溜め息をついた。
それに気付いたのか、国王は笑みを引っ込め、わざとらしく咳払いをした。
「……失礼。いや、あまりに珍しい返答でな」
おっさんは目を細め、あたしを見据えた。
「ふむ……偽りの色は見えぬ……」
当たり前だ!こんな大勢の前で嘘がつけるか!
「大半の者は、見返りを求めて人を助ける。
家のため、名声のため、繋がりの為にな。
……だが、其方は違うようだ。実に面白い」
王妃が小さく首を振り、呆れたように口を開く。
「陛下。面白がるのは結構ですが、公の場ですよ」
「いかん、いかん……誠にその通りじゃな。
ごほん。アッシュフォード伯爵家の息子よ」
「はっ!」
「よい婚約者を選んだな。
正直に言えば……我が息子の伴侶に欲しいほどじゃ」
「お……、お戯れを」
「守るべきものを得た者は、どこまでも強くなれる。
余は、そうして幾人も見てきた。決して、手放すでないぞ」
「……心得ております」
その返答に、国王は満足げに背へともたれかかった。
「では今宵は、存分に楽しんでいくがよい」
あたしたちは再び礼を取り、王の威厳が満ちるその場を、静かに辞した。




