王宮からの招待状
あれから数日後。
ルーカスはミリアの屋敷を訪れていた。
「ルーミア村の件だが、正式に決まったことを伝えに来た」
手元の書類に目を落とし、ルーカスは淡々と決定事項を読み上げた。
ルーミア村は、ルーカスの領地として管理することになり、名称も申請済みだそう。ただし、鉱山の所有権のみは、ルーカスの父の管理下に置くという条件付きで、採掘現場の人手は増やされ、作業時間には制限が設けられるそうだ。そして井戸が完成するのは、早くても半年は掛かるという。
全てを聞き終えた時、あたしの肩から力が抜けていた。
「流石じゃないか、ルーカス」
「……父上にとっても、利害が一致していたので、交渉としては特別難しいものではありませんでしたよ」
涼しい顔で紅茶を口にしたルーカスの目の下には、疲労の色がはっきりと浮かんでいた。父親を説得する為ではなく、反論されないだけの材料を揃えるのに、相当な時間を費やしたのだろう。だが、それを決して口には出さない。ルーカスは、そういう男だ。
「あれ、ルーカス様……隈がすごいですよー。お疲れですか?
かくいう僕もミリアが帰ってくるまで一睡もできませんでしたけどね〜、ははは!」
ルーカスは紅茶を吹き、盛大にむせた。
空気が読めない奴は、大体こういうことを言うものだ。
「……っ、けほ……っ」
「ルーカス様!」
「っ、問題ない、それより例の物を……ミリア嬢に渡す」
「承知致しました!」
ルーカスの側に控えていた従者達は、箱を次々と並べだした。
「明日、開かれる国王主催の夜会用に用意したドレスです。招待状は、既に各家に送られている筈ですが……」
その言葉に、嫌な予感がして机の端を見た。2か月分、溜まりに溜まった手紙の束。掻き分けると、黄金の刻印が押された一際目立つ分厚い封筒があった。王冠を載せた双頭の獅子の紋章が刻まれ、ただならぬ威厳を放っている。
「これだ……」
「うわぁ、危なかったね!
王宮からの招待状を見落としてたら大変な事になってたよ。不敬罪で爵位剥奪されてたかも! いやぁ、ルーカス様に感謝しなくちゃね!」
兄はまるで他人事のように、呑気に笑っていた。
「礼には及ばない。ミリア嬢の予定は全て把握しているのでな」
微笑みながら、ストーカーじみたことを言うのはいつもの事だ。
「ルーカス様に任せていれば、ミリアを心配する暇もありませんね」
任務から帰ってきた時、あれほど泣きついてきた兄は、幻覚だったのだろうか。
はぁ……。
また、ドレスという窮屈なものを着ないといけないのか。
気が重くなり留め息をついていると、
「ミリア嬢、試しに着てみたら如何でしょうか?」
期待の眼差しを向けるルーカスに、拒否するタイミングを逃した。
その隙を見計らったルーシィとフィオナに、部屋へと強制連行されてしまったのだから、今さら抵抗する術もなかった。
「……ミリア様、とても……とても素敵ですぅ!!」
「採寸は、寸分の狂いもありませんでした。まるで、ミリア様の体型に合わせて作られたようですね」
おいおい、ルーシィ怖いこと言うなよ!
このドレスは、いつも着せられるような、何重にも生地を重ねたボリュームのあるものではなかった。一枚の布で仕立てられたすっきりとしたデザインだ。ウエストには最初から美しいラインが出るよう工夫が施されており、いつものコルセットは不要だろうと、ルーシィは判断したらしい。
どんな理由にしろ、あの忌々しいコルセットを着けなくていいドレスが存在するなんて!
しかも、だ。
鏡に映るドレスは、赤と黒を基調にした配色で、黒といっても重たい闇ではなく、薄い黒が何層にも重なり、夜空のように光を受けて、わずかに透ける仕組みになっている。その奥には、グラデーションのように深紅が仕込まれ、影のように静かに潜んでいた。
瞳の色に合わせた蒼い宝石のネックレスは控えめで、足元もまた実用性を重視したのか、レースをあしらった低めの黒いヒール。これなら靴擦れや転ぶ心配もなさそうだ。
……ここまでは、いい。
控えめに言っても大満足だ。
だが、肩から背中にかけては、はっきりと肌が露出しているんだが?
しかも、膝下から大胆に切れ込みが入り、歩くたびに足元が僅かに見える仕掛けがしてあるのは、何故だ。
「ミリア様っ! 早くルーカス様にお見せしましょう!!」
フィオナに引き摺られるようにして、客間へ連行された。
「じゃ、じゃーーーん!
ミリア様のご登場です!!」
「「・・・・・・」」
……気まず。
褒めろとは言わないけど、せめて反応しろ。
ルーカスと兄は揃って固まったまま、瞬き一つしない。
数分後、ようやく兄が息を吸い、堰を切ったように喋り出した。
「ミリアぁぁ〜〜。見違えたよ!
すっっごく綺麗! 上品だし、いつもの可愛いのもいいけど……今日は大人っぽくて、それから――」
「……もういい。十分だ」
完全にブラコン発動中である。
そんなに褒められると、逆にむず痒い。
兄はさておき、ルーカスが用意したドレスなんだから、お前もなんか言ったらどうだ? そう思って体を向けた拍子に、裾が揺れて切れ込みの奥から一瞬、白い脚が覗いた。
「――っ!」
ルーカスは反射的に顔を逸らした。
「ルーカス?」
近寄って覗き込もうとしたが、ルーカスは腕で顔をガードし、防御の構えだ。表情は見えないが、耳が赤かった。
「その……これは……」
声が上擦っている。
いつもの堂々たる姿はどこに行ってしまったのか。
その様子をルーシィやフィオナ、兄までもが微笑ましそうに眺めていた。結局、ルーカスの感想を聞くことは出来ないまま、夜会当日を迎える事になったのだった。




