061 ねこちゃん印と魔術学院(1)
トイレネタがあります。食事中、苦手な方はご注意ください。
一章 三十四話(1)
私が今いる場所は、工場区と研究区の真ん中辺りになる。
近くには、冒険者ギルドの素材研究所がある。また、冒険者・案内人のギルド本部がある『本部ギルド区』にも近い。
実は、ここに、新しく工場が作られることになった。
工場の名前は……「ねこちゃん印」だ。
「ふざけているのか」と、思われてしまうが、至って真面目な名前なのだ。
時は、数日前にさかのぼる。
「カナデ君、新しい工場が必要です」
依頼していたあることの進捗状況を確認に行ったら、いきなりこう切り出された。
「ポワンさん、いきなりなんですけど……どうかしたんですか」
「例の紙は、ほぼ、完成したんです」
「できましたか。使い心地はどんなですか」
「まあ、男性にしか感想を聞けないのでなんとも言えないんですが、概ね良好です。特に、冒険者達に好評です」
「でしょうでしょう。うんうん」
私が満足してうなづいていると、
「でも、大量生産するには、工場が必要です」
ああ、納得です。確かにそうだろう。
「それにです。例の黒板ペンキとチョーク、これも生産が追いつきません。これも、工場が必要です」
ポワンさんの顔が近づいてくる。
「それにそれにです。この紙とセットで使うあの魔道具。あれだって、きっと、工場が必要になります」
ポワンさんの顔がすぐそこにある。
「さらにです。これらの商品をブランド化するシンボルが必要です」
この世界に特許はない。しかし、自社製品であることを証明できるシンボルを魔法刻印できる便利な魔道具が存在する。
という流れから、わざわざある魔道具の使い心地を確かめるためだけに、とんぼ返りしてきたランタナさんに相談すると、あれよあれよという間に工場建設、シンボル図案化が進んでしまった。
「では、シンボルはサクラさんの描いたねこちゃんに決定しました」
パチパチパチと拍手が起きる。
司会進行は、なぜかエルだ。
「ありがとうございます。嬉しいです」
照れるサクラさん。
「なんで……私のねこちゃんの方が絶対にかわいいのに……」
悔しがるツバキさん。
いや、ツバキさん。シンボルだから、デッサンじゃないから。
「では、工場の名前ですが、こちらもシンティさんが提案した『ねこちゃん印』でよろしいでしょうか」
「異議あり!」……と手をあげようとしたら、
「いいね。すごく響きが良い。斬新な名前だよ」
まさかのカルミア様の絶賛感想が先に出た。
言えません。象徴相手に文句など……。
「はい、カルミア様絶賛の名前に決定しました」
パチパチパチと拍手が起きる。
「ありがとうございます。嬉しいです」
照れるシンティさん。
くっ、同じパターンか。
「ところでカナデ、新しく作る工場で何を生産するの」
ん、シンティよ。知らなかったのか。
「これだよ」
そう言って、1枚の四角い薄い紙をテーブルに置いた。
「何これ、ずいぶん薄くて柔らかい紙ね。何に使うのこれ」
「トイレで使うんだよ」
「……」
「つまり、○×▽□だよ」
「なななな、なんですってぇー」
この世界に来て、とにかく困ったのが、排泄後の処理だった。日本での暮らしが快適すぎて、なかなか慣れなかったのだ。
世界樹の葉はいろいろな事に利用されている。
緑色の葉は、体力回復ポーションになる。
黄色い葉は、毒消しや解毒薬になる。
赤い葉は、魔力の回復ポーションになる。
白い葉は、怪我の治療薬になる。
そして、茶色い葉には、分解促進の効果があるのだ。
冒険者達は、この茶色い葉を粉にして持ち歩いている。
それはなぜか、人間誰にでも訪れる生理現象「胃や腸で消化されたものを排出する行為」で使うためだ。
排出後の物体にこの粉を振りかけると、直ぐに分解されて土になる。実に環境に優しい仕組みなのだ。
しかしだ、問題は、○○の後処理なのだ。日本のような温水シャワーで洗う仕組みやトイレットペーパーはないのだ。
これは、駄目である。ダメダメである。なのでこの問題に果敢に挑戦したのが私なのだ。
そして、協力者が『ポワンさん』という『紙』職人だったわけだ。まさに『神』職人だ。
「いやね、カナデさんに相談されてはじめて、何でいままでそんなことに気づかなかったんだろうと、自分の頬をひっぱたいてしまいましたよ」
ポワンさんの苦労話が始まった。
「冒険者のみなさんは、魔物がいる森の中では異次元収納箱の利用はできないんですよね」
入り口町ではどこの家庭にも、排泄専用の異次元収納箱が置いてある。この中に世界樹の葉の茶色い粉を入れておけば、出すときは土になっている。下水道いらずのすごい仕組みだ。
「この紙には、茶色い世界樹の葉が混ぜられているんです。この比率を出すのにどんなに試行錯誤を繰り返したことか……あ、すみません、つい、つまり、○○○にこの紙をかぶせれば、なんと土になるんです。それにですね、拭き取りもこの紙でできるんです」
「こりゃ、画期的だな。冒険者達の救世主だな」
ラウネンさんが、涙ぐんでいる。きっと、現役時代に苦労したんだな。
「よかったな、シンティ。この紙が作られる工場の名誉ある名付け親だぞ」
ラウネンさんに、肩を叩かれて、固まるシンティ。
「サクラは知っていたの」
サクラさんに詰め寄るシンティ。
「ええ、もちろんよ。これは、女性の冒険者や案内人達にとっても救世主よ」
「そんなあー」
崩れ落ちるシンティ。まあ、ドンマイ。
「で、こちらの魔道具が、ぼくが試作したものです。いや、ポワンさんじゃないけど、何でこのことに気がつかなかったのかって、ぼくも自分の頭を殴りましたよ」
エルが試作した魔道具は、そう、温水シャワーで○○○を洗う装置だ。
「水属性の魔石と火属性の魔石は、E級魔物のもので十分です。効果も長持ちするので、これも画期的ですよ。後は、どう軽量小型化するかですね。樹魔車両に設置するには、もう少し改良が必要です」
エルが得意げに一気に説明した。
「でも、家庭用としては、もう実用化できるんだろ」
イグニスが聞いてきた。
「はい、すでにカボーグ家で試しています。ビオラ様からも絶賛されました」
どや顔のエルである。
「よし、では、直ぐに工場の建設を始めよう。もう、場所も決まっている。これから行って打合せをするぞ。カナデ行くぞ」
ラウネンさんが、すごいやる気だ。きっと、冒険者達からせっつかれていたんだろう。特に、女性冒険者達から……。
と言うわけで、いま、私は工場を作るための打合せをしている。
なんと、雪が降る前の12月中に完成させてしまうそうだ。
まあ、紙を溶かして世界樹の葉を混ぜて、伸ばして、乾燥させるだけの施設だから、できちゃうのかな……魔法がある世界だから……。
エルの魔道具の工場は、4月になってからになる。多分。
「カナデ君。このサクラさんが考えたシンボルマークは良いね。尻尾をピンと立てている姿が、何というか神々しいね」
パーソンさんが、サクラさんの図案を絶賛している。まあ、モデルが本当の神様だから、神々しいのは納得だ。
「それにね、このシンボルは今後の大きな武器になるよ」
ん、なんで。
「カナデ君が考案したものを、ポワンやエルが製品化する。そして、それが大陸中に広まるんだよ。この、ねこちゃん印のシンボルと共にね」
なるほど、ねこちゃん印があるものは、私が関係しているぞっていう印籠みたいなものか。
「カナデ君の名が、このねこちゃん印とともに広がり、大陸中にこのねこちゃん印の製品が行き渡る頃には、カナデ君にかなう権力者はいなくなるね」
「いえ、そこまでの影響力はさすがに……」
私が謙遜してそう言うと、
「ふふふ、カナデ君は今後、もっと影響力があるとんでもないものを世に発表するんだよ。そうなっていくのが、定めなんだよ、きっとね」
そう言って、予言者パーソンさんはその場を離れていった。
ああそうだった。ランタナさんにエルが作った試作品渡す約束していたんだった。
それにしても、ランタナさんは、どうやって今回のこと知ったんだろう。不思議だ。
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