059 変人の思いとサクラの講義
1章 三十三話
カルミア邸は、朝からにぎやかだった。
「ランダナ兄さん、もし、カナデさんに失礼なことを言ったりやったりしたら、ランタナ兄様と入れ替わってもらいますからね」
サクラさんが、指パッチンができる体勢で、変人兄に詰め寄る。
詰め寄られて、嬉しそうな表情はするが、入れ替わるのは嫌なようで、シスコン行為を我慢している。
「母上、卑怯だぞ。なぜ、その秘技をサクラに伝授した」
ランダナさんが、ビオラさんに抗議する。
「あなたがいつまでも妹離れしないからよ。このアホ息子」
散々な言われようだが、自業自得である。
ベニザクラ号は、紅と白の戦闘型の姿で、3層の木と草原が半々ぐらいで生息している場所にいる。
今日は、S級冒険者であるランダナさんに、紅と白の訓練をしてもらうことになった。
「いいか、紅、白、サクラを守るためには、少しのミスも許されないんだぞ」
樹魔にコミュニケーション能力があるかどうかはわからないが、何となく緊張して立っているように見える。
「そもそもだ、お調子者ごときの侵入を許すなど、もってのほかだ」
イグニスが、コバルトブルーの実をお調子者に奪われた話を聞いてこうなった。
訓練は、ランダナさんが魔物役になりベニザクラ号に近づく、それを紅と白が触手で排除する。という、シンプルなものだ。
「紅、横払いから縦への変化が遅い。お調子者は、そこを掻い潜るぞ」
「白、足を払うなら頭上の触手をおとりに使え」
ランダナさんは、ただの変人ではなかった。スパー変人だった。
どうやったら、その動きができるの。体がSの字に曲がって触手を避けている。どうやら、体が猫並みに柔らかいみたいだ。
うん、発想の転換だ。身体強化を『剛力』ではなく『柔力』で強化すると、あんなにもしなやかな動きができるんだ。
私が感心して見ていると、
「ぼうっとしていないで、貴様も訓練に参加しろ」
そう言って、手招きをされた。
うん、これ知っている。「かかってきなさい」の挑発だ。
受けて立とうじゃないか。『柔力』を会得するチャンスだ。
初めは、ぎこちなかった。
「ふん、Gスターだというからちょっとは期待していたが、やはり、こんなものか」
ランダナさんさんが、本気でがっかりしたという表情であおってくる。
紅と白の触手を掻い潜りながら、ランダナさんに接近しパンチを入れる。この繰り返しだ。
体を柔らかくして避けることに意識がいきすぎ、攻撃が当たらない。また、何回も、紅と白に吹っ飛ばされる。
そして、ランダナさんだけを見ていると、紅たちの触手が降ってくる。それも、ランダナさんの訓練を受けた鋭い切っ先がだ。
「うわ、フェイントか」
紅に足を払われてバランスを崩す。そこに、白の触手がとどめだと上から降ってきた。
(神装力第三権限開放 身体強化『柔力』)
瞬時の思考だ。時間にすれば0.1秒もかかっていない。刹那の時とも言える。
ふにゃっと、私の体がゆがんだ。体が仰向けのまま『くの字』ではなく『Iの字』になる。
白の触手が、地面を叩いた。
そのまま、自分の股の間に頭を入れスッと、『Iの字』で逆立ちし、腕の反動で飛び上がり、白の触手の上に立つ。
白がびっくりして、触手を振り上げる。その反動を使って、ランタナさんの懐に飛び込んだ。
「ねこパンチ、普通」
パンチが空を切る。いや、打ち込んだはずの体がそこだけない。体が曲がっている。
ランタナさんは、すっと、跳び下がった。今日、初めて見せる動きだ。
「つっ、なぜ、貴様にその動きができる」
ランタナさんの体内魔力が膨れ上がった。
(くっ、赤玉……)
瞬間自動神装結界が発動……しなかった。
ランダナさんの手刀は、私の喉元1.1ミリ手前でピタリと止まっていた。瞬間自動神装結界発動の最終防衛ラインは1ミリ手前だ。
「おそろしいな。あと、0.1ミリ踏み込んでいたら、俺が死んでいたな」
ランタナさんの喉元、0.1ミリ手前で、つくも(猫)の鋭く伸びた爪がピタリと止まっていた。
「ふん、今日の訓練は終わりだ」
膨れ上がった魔力が解除され、ランダナさんはその場に座り込んだ。
「お疲れ様」
そう言って、サクラさんが私とランダナさんにタオルを渡してきた。そして、ものすごいどや顔で、
「どう、ランダナ兄さん。これでもカナデさんは、私を守ることができないかしら」
そう言った。
「ふん、負けたのはこの猫にだ。あいつではない」
ランダナさんが、猫の頭をわんさとつかんでぐりぐりとした。
「負け惜しみね。あのまま踏み込んでも、カナデさんには届かなかったわ」
サクラさんは「おほほほほ」と高笑いをしながらベニザクラ号に戻っていった。
「貴様、なぜ、あの動きができた」
ランダナさんが突然聞いてきた。
「身体強化を『剛』ではなく『柔』で意識しました。ランダナさんの動きを参考にしました」
「この短い時間に、私の動きを見ただけで、つかんだのか。あの動きを……」
ランダナさんは、しばらく黙り込んで何かを考えていた。
「ふん、貴様の名前は、カナデだったな。1ミリだ、1ミリだけサクラに近づくことを許してやる」
そう言ってから、そっぽを向いて、
「いいか、私の代わりにサクラを守るんだぞ」
そう、ぼそっとつぶやいた。
ランタナさんが言っていた通り、冒険者としてのランダナさんは、一流だった。
「いやだー。行きたくないー。サクラのそばにいたいんだー」
サクラ兄としてのランダナさんは、ダメダメだった。
「会長、世界樹の実を待っている依頼人がたくさんいるんですよ。我が儘言わないでください」
従業員だろう、困っている。
「その役目はランタナだ、俺ではない。だから、俺はここに残る」
いや、体は共有でしょう。できないでしょうそれ。
「兄さん、見苦しいです」
サクラさんが「パチン」と指を鳴らした。
「ふー、サクラありがとう。これで出発できる」
一瞬で入れ替わる人格……。
「では、カナデ君。サクラのことは任せたよ」
「はい、任されました」
ランタナさんは優しく笑って、旅立っていった。
12月に入ったが、秋はまだ続いている。本格的に寒くなるのは、1月に入ってかららしいが、段々と冷え込んではきた。
この世界に来てからの、初めての冬がもう直ぐやってくる。雪は、結構積もるみたいだ。なので、冬の間は冒険者も案内人も休業になる。
冒険者達は、綿まつりで稼いだお金で冬を越す。稼ぎ損ねた冒険者は、冬も町の中の細々とした依頼を受けることになる。
イグニス達は、今や羨望の的だ。単独パーティーとしては、歴代一位の売り上げを果たしたからだ。
私はと言うと、今、案内人ギルドの養成学校に来ている。なぜかというと、サクラさんがこの養成学校で講義をするので、そのお手伝いをするためだ。
「カナデさんすみません。無理なお願いをしてしまって」
サクラさんが申し訳なさそうにしている。
「これも、パートナーの役得ですよ。それに、実は、私もサクラさんの講義を聴いてみたかったんです」
ぱっと明るい表情になるが、すっと、心配そうなそぶりになる。
「講義と言っても、『修了生の話を聞く会』というイベントみたいなものですから、たいしたことではないんですよ。それに、うまく話ができるかどうかの方が心配なんです」
「大丈夫ですよ。サクラさんなら問題なくできますから」
すでに、A級並の仕事をさらっとやっているんです。話を聞いた生徒が理解できるかの方が心配です。
講義を行う会場は、大教室で講義内容は、12月で養成課程を修了する人たちに向けてになる。
冬の間養成学校は、雪のため休校になる。なので、12月が節目の季節となる。日本でなら3月と同じだ。
会場には、たくさんの案内人を目指す生徒が集まっていた。年齢は、14歳から18歳ぐらいまでだ。
「たぶん、初めましてのみなさんもいると思います。私は、サクラと言います。今年の7月にC級になった案内人です」
さすがは、ラウネンの威圧を受けてもけろっとしていられるだけはある、覚悟が決まれば落ち着いたものだ。
「ここに集まっているのは、この12月で養成課程を修了する人たちです。そして、3ヶ月後には、案内人として、仕事を始める人たちになります」
サクラさんは会場を見渡した。
「この後みなさんには、2つの選択肢があります」
黒板に文字を書き始める。
「ひとつ目は、D級までで、他の仕事をするです」
「ふたつ目は、C級試験を受けて、高ランクを目指すです」
黒板には、『D級まで』『C級試験を受ける』と書かれている。
「ひとつ目から説明しますね。E級の仕事は、入り口の町の中での配達業務が主です。配達するのは、手紙や荷物、それに情報です。綿まつりの開始を伝えてくれたのも、E級のみなさんです」
「E級の仕事には、賢魔鳥の協力が不可欠です。身体強化系の魔法が使える人でも、賢魔鳥は必ず必要になります。
研修でも言われているとは思いますが、この冬の間に、賢魔鳥牧場に行って、気の合う相棒を見つけておいてください」
「D級は、町の外の配達と、町の中の『乗り合い鳥車』の御者が大きな仕事になります。
町の外の配達には、案内人ギルドで樹魔車両の貸し出しもしています。ただし、この後にも話しますが、『風の加護』が必要になります」
「加護がなく、案内人の仕事を目指している人たちは、乗り合い鳥車の仕事までになりますが、この仕事は町の移動を支える大事な仕事なので、町職員採用となります」
「次に、C級試験を受ける。を説明しますね。高ランクを目指すためには、風の加護の力が必要です。加護無しでは風の道は出現しません。
そして、風の道がなければ、大樹の森では活動できません。この養成学校にいるみなさんは、ほとんどが加護持ちのはずですのでそこは大丈夫でしょう」
「C級試験は、毎年1回しかありません。高ランクを目指すなら、かなりの覚悟でD級での経験を積んでいくことになります」
「加護の力は人によって異なります。D級の仕事は、3層までですが、全く危険がないわけではありません。自分の力を過信しないで、仕事を選んでください」
「最後に、D級での経験で、自分にはC級は無理だと思った人たちにです。
この入り口の町には、D級までの経験を活かせる職業がたくさんあるんです。例えば、毎朝用意されている仕出し弁当は、D級の経験を活かしてメニューを考えたり、指定された場所に配達したりしています」
「魔物がいる大樹の森は、実力の世界です。自分の力を過信してはいけません。命を落とすことになります。これだけは、覚えておいてください。これは、自分の国に帰る予定でいる人たちも同じですよ」
このあと、C級になってからの活躍のことを、根掘り葉掘りしゃべらされることになる。
サクラさんもだんだんと、緊張が解けてきて、最後は友達口調の講義になっていた。
ものすごい拍手を浴びて、恥ずかしそうに教室から出てきたサクラさんは、16歳の学生のような表情だった。
「サクラさんも、この養成学校で研修したんですか」
「はい、でも、3ヶ月で終了だと言われました……」
「……」
「12歳で入って、13歳でE級の仕事しました。D級が14歳からです。それから2年間、C級目指しての仕事でした」
「わたしの学生生活って、3ヶ月で終わってしまったんです」
サクラさんが、少し寂しそうに微笑んだ。
「……飛び級ってやつですかね」
どうフォローしたら良いかわからない私は、こう答えるしかなかった。
次の投稿は12時の予定です。
カナデの研究ノートになります。長い説明文になります。
本文はありません。苦手な方はご注意ください。
入り口の町についてまとめてあります。興味のある方は読んでみてください。




