058 実の競売と妹思いの兄(2)
本日2回目の投稿です。
一章 三十二話(2)
うーん、普通どころか、しっかりした、すごくいい人だぞ。どうなっているんだ。
指定された時間よりも少し早めにカルミアさんの邸宅に向かった。
玄関に、見慣れた紅色の樹魔車両が止まっていた。
そして、その近くに、先ほどあったランタナさんがいた……が、ちょっと、雰囲気が違う。髪の毛の色も、紫が濃くなっているような……。
「ランタナさんさん、こんばんは。先ほどは、アドバイスありがとうございました……?」
振り返ったランタナさんの右頬に、モミジマークがついている。つまり、手形だ。誰かに叩かれたのだろうか。
「おまえは誰だ、なぜ、ここにいる」
「ん……」
「えーと、カナデですが、会場で会いましたよね」
「俺はおまえとなんか会っていない。それよりも、きさまがカナデか。よくもサクラのことをたぶらかしたな」
「ハイ……」
「いいか、サクラは誰にもやらん。おまえはとっととサクラのパートナーを辞退しろ」
「……」
もう、何が何だか……。
その時、
「ランダナ兄さん、左頬にも右頬と同じ手形をつけましょうか」
サクラさんが激おこで登場した。
「サクラ、こんなやつは、とっとと排除しなさい。サクラには、この兄がいればいいんだよ」
「パーン」
小気味いい音が、屋敷の玄関先に鳴り響いた。
「ぐぅぉー、なんて気持ちがいい、痛みなんだ」
そう言って、左頬を押さえて転げ回るランタナさん?
「カナデさん。お見苦しいところを見せてしまいました。これが、私の2番目の兄、ランダナです。そして、多分、カナデさんが会場であったのが、やはり2番目の兄のランタナです」
ん、ランタナとランダナ、「た」と「だ」が違うのですか。
「兄は、1人の中に2人の兄がいるんです」
おー。二重人格だ。
「何ですか、騒がしい」
サクラ母、ビオラ様の登場です。
「母様、駄目兄の方が出ています」
「まあ、それはちょと面倒ね。入れ替わってもらいましょう」
ん、入れ替わる?
ビオラ様が「パチン」と指を鳴らすと、
「ふー、すまん。油断をした。サクラが目の前にいると、どうしてもこいつが出てきてしまう」
ランタナ兄様のご光臨です。
「カナデ君。よく来たね。さあ、商談だ」
ランタナさんは、そう言うと屋敷の中に入ってしまった。
サクラさんに「どうぞ」と案内され、小部屋の中に入ると、そこにはカルミア様も座って待っていた。
「カナデ君、早速で悪いが、現物を見せてくれ」
「わかりました。これです」
そう言って、あらかじめアイテムボックスから移しておいた実をカバン型異次元収納箱から取り出した。
ランタナさんさんが手袋をして、慎重に実の観察をする。
「うん、間違いない。これは、『特異次空』から出てきた実だね」
ああ、空間から湧き出てくるのをそう言うんだ。
「その言葉は知らないですが、空間から湧き出てきた実です」
「うん、その空間のことを『特異次空』と呼んでいるんだよ。ということは、無事に『大樹の杜人』の里に入れたんだね」
カルミア様が、嬉しそうにそう言った。
いや、『瞬間自動神装結界』がなければ死んでましたよ。多分……。
「はい、ネポスさんとプリズさんに合いました。そして、名前をもらいました」
「どんな名前をもらったんだい」
カルミア様がめずらしく身を乗り出した。
「『カナリズマ・デ・トゥーラ』です」
「なるほど、『学者の子守歌』か。うん、君にぴったりだ。良い名前をもらったね」
カルミア様が、すごく喜んでいる。
「それから、これを預かりました」
そう言って、携帯型異次元収納箱から『世界樹の横笛』を取り出し、テーブルに置いた。
これには、さすがのカルミア様も少し驚いたようだ。
「カナデ君は、この笛の音が出せるのかい」
「いえ、まだ試していません。吹いたら何が起こるのかわからないので、カルミア様に聞いてからにしようと思っていました」
「そうか、わかった。ちょっと考えるから吹くのは待っていてくれ」
カルミア様は、そう言うと、そそくさと部屋を出て行ってしまった。
部屋に残ったランタナさんと、値段の交渉に入った。
「いいかい、カナデ君。物にはその物が持つ正当な価値があるんだよ。なので、その価値にあった高値で売ることが大事なんだよ」
「はい、わかりました。次からはそうします」
「うん、でも、口止め料での値引きという発想はおもしろい。ロギスもきっと、びっくりしたと思うよ」
ランタナさんは愉快そうに笑った。
「それから、商人に売るときは、一度に3個までだよ。でも、今年はもう売っては駄目だ。私とロギスで上限だ」
「この実にはどんな効能があるんですか」
「まず、保存ができる。10年は大丈夫だ。それから、かなり進んだものでなければ、病気も回復する。保存食としても最高だ。1つ食べれば1ヶ月は何も食べなくても生き延びられる」
なるほど、みんなが欲しがるわけだ。
「でだ、この『特異次空』から出てきた実は、通常の3倍の効果がある」
え、マジですか。
「そう、だから値段も3倍だ」
そう言って、ランタナさんは、自身の異次元収納箱から金貨が入った袋を3つ取り出した。
「1つの袋に金貨が50枚入っている。通常価格の5つ分の値段だ。そして、3倍だから3つだよ。受け取りなさい」
「樹貨金貨じゃないんですが……」
「カナデ君は、これからこの町の外に出ていくことになる。金貨はたくさん持っていたほうがいいんだよ。お金は、あれば便利だよ」
そう言って、ランタナさんは優しく微笑んだ。
金貨はありがたくいただくことにした。異次元収納箱に入れるふりをして、アイテムボックスへそっと送った。
青50個の値段は、2倍になった。一千万なので金貨100枚だ。
つくも(猫)が見つけた金貨も、ほとんど手つかずだ。金貨がいっぱいだ。ホクホク。
夕食会は、穏やかに進んだ。話題はやはり、『大樹の杜人』の事になった。また、みんなが「カナリズマ君」と呼ぶので、恥ずかしかった。
つくも(猫)は、通常運転だ。猫は一日16時間ぐらい寝るとのこと。つくも(猫)もよく寝ている。
食事が終わり、別室でランタナさんと2人きりになり、いろいろ話をした。
「カナデ君が、サクラをすごく大事にしていることはよく伝わっているよ。あいつが出てくると面倒だが、優秀な冒険者ではあるので、話が合うかもしれないよ」
「入れ替わったときに、その前の記憶はないんですか」
「ないね、全くの別人という感じかな」
なるほど、脳に余計な情報を残さないようにして、2人分の人格を維持しているんだな、きっと。
「それだと、不便じゃないですか」
「まあね、だから、入れ替わるときは、大事な事をメモで残すようにはしているよ」
「そうそう、ディスポロ商業連合国のケルデース商会は気をつけなさい」
「どうしてですか」
「君を取り込もうといろいろ動いている」
「え、接点ないですよ」
「『狂乱状態のまちぼうけ』その角を競り落としたのが、この商会の会頭である『ドモン』だよ」
ああ、なるほどね。そう言うねらいがあって、高値で競り落としたんだ。
「わかりました。気をつけます」
ランタナさんがうなずき、ふっと、真剣な表情になる。
「どうかこれからも、サクラのことを守ってくれ」
そう言って、頭を静かに下げた。
「もちろんです。全力で守ります」
私がそう言うと、安心したようにグラスのワインを飲み干した。
しばらくランタナさんと歓談をしているとカルミア様が部屋に入ってきた。
「カナデ君、ちょっと話をしてもいいかな」
私がランタナさんを見ると、
「ああ、ランタナも一緒でかまわないよ」
カルミア様が、ランタナさんにそのままで良いと手で合図を送る。
「あの笛を今ここに出せるかな」
きっと、世界樹の横笛の事だろう。
「はい」
携帯型異次元収納箱から出す振りをして、アイテムボックスから取り出し、テーブルに置いた。
「実はね、トリコン様にこの笛のことを相談してみたんだよ。いろいろ調べてみたら『次元樹』を呼べる横笛なんじゃないかと言う結論になった」
「次元樹は、異次元収納箱の素材になる樹齢100万年以上の樹魔ですよね」
「ああ、それで合っている。そして、今使っている素材は、全て活動停止になっていた樹魔なんだよ」
樹魔にも活動停止がある。研究者の見解では、多分寿命だったのではないかという推論だ。真実はわからない。
「なるほど、もし、その次元樹を活動停止でない状態で呼び出せたら、異次元収納箱の研究が飛躍的に進みそうだね。パーソンが小躍りしそうだよ」
じっと私達の会話を聞いていたランタナさんが嬉しそうに言った。
「ただね、残念なことに呼び出すための音番がどうしてもわからなかったんだよ」
ん、音番。楽譜のことだよね。
私はあることを思いだした。
「カルミア様、その音番もしかするとという心当たりがあります」
私は、携帯型異次元収納箱から出す振りをしてアイテムボックスから、万年樹の森入り口ので書き写した紙を取り出した。
「これは、万年樹の森入り口にある岩場に空いていた穴を音番にして書き写した物です」
カルミア様とランタナさんが用紙をのぞき込む。
「なるほど、この音番通りに演奏すればいいんだね」
「はい、でも、きっと万年樹の森まで行かないと駄目な気がします」
「そうだね、私もそんな気がするよ」
カルミア様はしばらく黙って考えていた。
「これは、大樹の杜人の長との相談が必要だな」
そうつぶやき、
「カナデ君。この用紙を書き写してもいいかな」
「もう1枚ありますから差し上げます」
ドレミ音階にしたのがあるのだよ。
「そうか、助かるよ。まあ、どちらにしてももう直ぐ冬が来る。そして森は雪に埋もれてしまう。動き出すのは4月になってからだね」
「はい、そうですね」
うなずいて、カルミア様は部屋から出て行った。
「忘れていたよ。その音番以外なら、その横笛を吹いても問題ないということだよ」
と、カルミア様がわざわざ戻ってきて教えてくれた。
ならばと、私は日本の童謡を吹いてみることにした。
何にしよう。由来通りの『子守歌』でも吹いてみるか。
カルミア邸に、やさしい音が響いた。
カルミア邸での夜が静かに過ぎていった。




