022 樹魔車両工場と屋台のねこ(1)
一章 十三話(1)
大樹の森は、この大陸のほぼ真ん中に位置する。森の広さは広大であり、東西の直径は約1000キロメートルにもなる。
10層に近づくほど魔素が濃くなり、魔素が濃い森には、生活に欠かせない素材となる魔物が多数生息している。
他の国にも森があり、魔物もいるが、大樹の森の深層で確保できる素材とくらべるとどうしても質が数段下がってしまう。
その為、各国は、良質な素材を獲得するために入り口の町に国の出先機関である支局や出張所や営業所を設けている。
また、国だけではなく、各国の商人達もたくさんの支店をこの町に置いている。
入り口の町は、このような関係からいろいろな国から人が集まっているので人口も多い。
その町中を、サクラさんと私と猫が、魔鳥車に乗って進んでいる。
荷台には、双子の樹魔が異次元収納箱から1メートルほど頭を出した姿で納まっている。枝はつぼみのように巻かれているので、移動には支障が出ていない。
魔鳥車を引く賢魔鳥は、とても温和で賢いので、町中でも安心して牽引を任せられる。
道幅もかなり広いので、通行人の邪魔にはならない。ただし、横断してくる歩行者には注意が必要だ。どこの世界でもこのことは共通しているらしい。
今は、午前9時頃になる。この町の冒険者も案内人も、みんなが朝早く出発して目的地に向かっている。
この時間に町をうろついている冒険者は少ない。今町を歩いているのは、だいたいが出先機関で働いている人たちだ。
「さすがにこの時間になると冒険者は町にいないね」
私が御者台にいるサクラさんに話しかける。
「ええ、案内人もE級D級の配達人以外は、冒険者と一緒に森に向かっていますからいないですね」
賢魔鳥が引く魔鳥車なので、サクラさんも安心して会話に参加できる。
「やあ、サクラさん。C級案内人になったんだってね。これからは、深層にもどんどん行けるようになるね。いい素材期待しているよ」
素材を扱っているお店の店員が、店を開ける準備をしながら話しかけてくる。これで何件目だろうか。やはり、サクラさんはこの町では有名人だ。
「ありがとう。期待していてね」
サクラさんは、大きく手を振りながら御者台の上から返事をする。
「おや、ねこちゃん。今日はお仕事なのかい。新しい味のスープを作ったから、また味見においでね」
立ち食い屋台のお兄さんが御者台の上にいる猫を見つけると話しかけてきた。
「……」
つくも(猫)は、特に反応しない……ん、尻尾が左右に揺れている。猫がご機嫌な時の合図だ。
つくも(猫)も人気者だ。なぜか、食べ物関係のお店からよく声が掛かる。
どうも、つくも(猫)が食べるスープは美味しいという評判が広がっているらしい。どんなグルメな猫なんだろう。
「あっカナデ教官じゃないですか。最近冒険者ギルドに顔を出さないですね。やっぱり、C級スター冒険者になると忙しいんですか」
私がD級冒険者だったときに教官として育てた冒険者達もその立ち食い屋台で遅い朝食を取りながら言葉を掛けてくれる。
私の名前もだんだんと広がっているようだ。ちょっと手をあげて合図をしておいた。
「サクラさん、これから行くところはどんな場所なんですか」
「樹魔車両の工場よ。ドワーフ族の親方がいるの。アルエパ公国では結構有名な鍛冶職人なのよ」
「アルエパ公国は、魔道具の開発で有名な国ですね。あと、錬金術の研究も盛んですよね」
「ええ、樹魔車両に使われている技術は、アルエパ公国で開発されたものが多いわ」
ドワーフかあ、頑固そうな職人肌なんだろうな。おれ、軟弱そうだって追い出されないかな。心配だ。
私が前の世界での本を読んで得た知識を元に妄想していると、
「大丈夫よ。ここの親方は見た目で判断しないから」
サクラさんが心の中を読んだかのように励ましてくれた。エスパーですか。
ドワーフの親方がいる工場は、入り口の町の工場区にあった。
そこは、ほぼ全ての家から、金槌で物を叩く音がして、煙突からは白い煙が上がっていた。
ここは、鍛冶職人の工場町といってもいいような光景だった。
サクラさんは、その工場の中でもかなり大きな作りの作業場の前で魔鳥車を止めた。そして、中に向かって大きな声で親方の名前を呼んだ。
「カルコスさーん。いますかぁー。サクラです。樹魔達もいますよー」
その言葉がけは劇的な反応を生んだ。
パリーン! ガラガラガラ!
ドタドタドタ!
工場の中から何やら割れたり崩れたりしたような音がして、誰かが全力で走ってくるような気配がした。
そして、ガラッと大きな両開きのドアが開いた。そこには、イメージ通りの小柄で筋肉質な髭だらけの顔をした職人らしき人物が息を切らして立っていた。
「ハアハア、やっと来たか。いつまで待たせるつもりだ。全ての仕事を断ってずっと待ってたんだぞ」
その職人は、どうやらずっと仕事をさぼっていたらしい。
「何言っているんですか。普通、樹魔探しだけで1ヶ月はかかるんですよ。それを思えば、今までの中で最速ですよ。最速!」
「ふん、まあーそういうことにしといてやるわい。で。後ろにいるのが例の双子の樹魔だな。どれ、そこの冒険者、樹魔を工場の中に案内しな」
ほくほく顔の親方は、サクラさん言い分にすんなり同調し、私に向かって「早く運べ」と命令してきた。どうやら、お手伝いの冒険者か何かと思っているらしい。
「カルコスさん。カナデさんは、私のパートナーですよ。勝手に命令して使わないでください」
サクラさんから私がパートナーであることを伝えられると、親方は改めて私の姿をまじまじと見た。
「なんだい、おまえがカナデだったのかい。思っていた感じとずいぶん違うな。それで、ギンギツネ号のドアを直したのはおまえで間違いないのかい」
「えーと、3層でのことかな。それだったら私だと思うけど、それが何か?」
「そうか、ちょとこっちへこいや」
え、おれ何かしでかしたの。もしかして、職人の逆鱗に触れたの?
ビクビクしながら親方の後をついて行くと、親方の工房に案内された。そこには、さまざまな素材がきれいに整理されて置かれていた。どうやら、こっちがこの人の本質らしい。
「この素材を叩いてみな」
親方は、1枚の板状の物を渡してきた。
「えっと、どのぐらいの強さで叩けばいいんでしょうか」
私が恐る恐る聞くと、
「好きに叩きな」
腕組みをして、黙り込んだ。
うーん、思いっきりはだめだ。こんな狭い部屋でやったら全てが吹っ飛んじゃう。まずは軽くだ。
私は、指先に身体強化を掛けて、その板をピンと弾いてみた。
「ビワーン……」
板が振動した。そして、振動が広がっていく。やがて、手で持っていられないぐらい震え始めた……。
まずい、このままこれを床に落としたらきっと、この振動がこの部屋伝わってしまう。
そう思って、必死に板を抱え込んだ。
「そのまま押さえていな」
親方はそう言うと、壁に掛けてあった金づちを手に持ち、私が押さえている板を思いっきり叩いた。
「ポーン……」
板の振動が段々と収まり、やがて振動が止まった。
本日13話14話を3回に分けて投稿する予定です。
次の投稿は、12時、17時の予定です。




