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セイテイノア  作者: みか
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32/32

セイテイノア32

「・・・今までどこにいたんですか。このお守りも反応しないし・・。」

そのまま辺りに残っていた残党の悪魔も無慈悲に退治しきり、一息ついている様子ののあに俺は話しかける。

返り血が重なりに重なり、中には干からびて肌にこびりついているものもある。

いったいどれほどの悪魔を殺してきたのか。

「エデンにいたからね。今何日?」

「今は、5月21日ですけど・・・。」

えでん・・・?とはなんだ?

というかなぜ日にちも把握していないんだこの人は、と俺の返事に「もうそんなに経ったのか」とつぶやく彼女に対して思う。

しかし当の彼女はそんな俺の視線なんか微塵も気にしていないようで、何かを探すように周りをキョロキョロとする。

「他の悪魔は?」

本当に悪魔のことばっかりだなこの人は。

俺はしばらく考え込んだあと彼女に告げる。

「そういえば先ほど東の空が黒く覆われて、大気が震えてました。」と。

わかっているさ。

本当は市民の避難を優先させるべきだってことくらい。

來希ちゃんの向かったみかが開けた壁の裂け目に向かわせることが正しい選択だって、俺の事情なんか後回しにするべきだって、わかっていた。

だが、どうしても気になってしまう。

あの空の黒点は何だったのか。

母は無事なのか。

じゃあ行くよと手招きする彼女に俺はしがみついて飛び立つ。

久しぶりの彼女の大ジャンプはやはり桁違いで、先ほどのあの悪魔の軍団を片手間で片付ける余裕といい、俺はいったいいつになったら追いつけるんだろうと、永遠かとも思えるその果てしない道のりを想起して、人知れず肩を落とすのであった。



「これは・・・。」

黒い怪物と、ボロボロの桜木と灰原、そして一匹の人型悪魔も同じようにボロボロで横たわっている。

この悪魔が二人をここまで追い詰めたのか?

ならなんとか間に合ってよかったと思い、その悪魔に向き合おうとしたところで足元の黒い怪物がぴくりと動いた。

「オオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

こいつさっきのあに身体を真っ二つにされたというのにまだ生きているのか!?

俺は共鳴するようにだんだん近づいていく身体に情けなくも振るい落とされるのだが、のあは当然そうはならず、きれいに飛び上がったかと思うと復活しかけていた怪物を再び切り刻み機能停止にする。

俺が振り落とされ、地面に足が付くまでの間の出来事だった。

そっちは彼女に任せればいいとして、じゃあ俺はと例の人型悪魔に向き合う。

そして俺は警戒しながら近づいていくのだが、この悪魔は襲う素振りもなければ逃げる素振りも見せない。

それほどまでに疲弊しているのか、なにか策があるのか。

目の前まで来てもそれに変わりはなく、寧ろ殺してほしいかのような、そんな気さえしてくる。

「真木。そんなとこで座ってないで早く逃げなよ。人が来る。」

のあが怪物の死体の上から話す声が聞こえる。

それで真木さんも来ているのかと理解はするが、俺は目の前の悪魔から目を離さない。

「真木さん!母は無事なんですか!?」

大声でこの場にいるであろう真木さんに母の安否を尋ねる。

しかし返事はない。

聞こえなかったのだろうかと思いもう一度言おうと息を大きく吸ったところで、その悪魔が顔を上げた。

その目が俺はどこかで見たことがある気がし、動きが止まる。

まるで陽炎が揺らめいているような目・・・。

いったいどこだったかと思いを巡らしているとその悪魔が口を開いた。

ごめんね、と。

そう言った瞬間悪魔は身体を起こし、走り去って行ってしまう。

悪魔が謝るという思いがけない状況に思考がフリーズし、その逃げていく背中を眺めていることしかできなかった。

ぼろぼろの灰原と桜木、追いかけようとする素振りを見せた他の生き残りの人はまだ良いとして、ぴんぴんしているのあはそれを黙って静観していた。

本来それは悪魔を庇ったとして悪魔蔵匿罪に当たるはずだ。

しかし俺はそれに対して強く抗議できなかった。

そうせざるを得ない理由があるとわかったからだ。

「のあさん・・・。」

俺は認めたくない現実を否定してほしくてのあの方を見るが、彼女は意外にもさらりとその現実を肯定する。

「うん。真木陽子は悪魔だよ。」

正真正銘のねと淡々と続ける彼女。

「・・・どうして、黙ってたんですか?」

「言う必要がないからさ。有用な物や命令に忠実なものは使う、ただそれだけ。例えそれが悪魔だとしてもね。」

「別に俺は、素直に打ち明けてくれれば気にしなかった・・・。」

「そう。」

彼女は否定も肯定もしなかった。

「そうかもね。」

いや、どうだろう。

動揺が激しくて気持ちの整理がつかない。

俺は今正しいことを言っているか?感情で物事をはかっていないか?

客観的に見れている自信がない。

「他の人はどうだろう。」

そう言って彼女は周りを取り囲うようにして俺たちを見ている人たちに目を向ける。

「悪魔の恐ろしさは身に染みて知っている。そして狡猾さもね。そんな彼らが彼女は悪魔だと知って、どう思うだろう。」

どうって・・・どう、思うのだろう。

人間世界で悪魔が高い役職について人間を動かしているという事実をもし世間が知ったらどう思うのだろうか。

ましてはこんな事件が世間一般に広がってしまった今。

排除しようとするだろうか。

それとも良い悪魔もいると快く受け入れてくれるのだろうか。

「まあ安心してよ。もう私が知ってて隠している悪魔はいないから。」

そう言って彼女はまた背後の化け物を切り刻む。

安心・・・。

「というか、動ける人はなんでこんなところで突っ立っているの?まだ街で暴れてる悪魔がいるんだけど。」

オオオ・・・と再び沈みゆく化け物を背に彼女は未だにぼーっと突っ立っているArkメンバーに問いかける。

「の、のあさんは・・。」

「私はこいつを定期的に殺さないといけないからこの場を動けない。ここにいる負傷者ぐらいなら面倒見よう。」

それとも君たちがこの役割をやってくれるかい?

彼女が脅すようにそう言うと、残っていた人も血相を変えて街中に飛び出していった。

俺も行った方がいいですか?と訪ねる俺に対して、君はいいよ。君に何かあると困るのは私だし、それに・・と顎に手を当てて彼女は続ける。

「もう任せられる人はいなくなっちゃったからね。」

彼女の様子と人という言葉の響きに俺は何とも言えない悲しさを覚える。

彼女は真木陽子のことを人扱いしていた。

俺は果たしてどうだっただろうか。

先ほど口ではああ言ったが、悪魔だという事実を知らされて何も変わらないでいられただろうか。

彼女のように信頼できただろうか。

・・・。

確かなことはわからないが、でもはっきりと言えることが一つだけある。

それは今目の前で意識を失っているこいつ、灰原は、真木さんが悪魔だと判明しても何も動じなかったということだ。

俺とのあがこの化け物を貫いて現れた時、恐らくこの化け物と一番死ぬ気で戦っていたのはこいつだった。

他の人が黙って静観する中、全身ボロボロになりながらも必死に食らい突いていたのが後からでもわかる。

「お前は、立派な男だよ。」

もうすっかり元の駐車場の影も形もなく、コンクリートがめくれまくった広場の真ん中。

日も落ちきり静まり返った辺り一帯に、一人寂しくつぶやく声が響いていた。



「君たちをこちら側に引き込んだのは別に特別変わった理由があったわけではない。予想通りただ、戦力と知識が欲しかったからだ。〝悪魔〟とやらのことと、その対抗策とやらをね。」

俺とのあさんの目の前でそう言う彼は現公安のTOP、麻樹漣という男。

あの真木さんが悪魔であったあの事件から数日後、当事者である俺たちは政府から呼び出しを食らったのだ。

家の前に突然押しかけてきたスーツ姿の男たち。

初め俺は闇組織の何かかと思った。

ずらずらと並び、中々扉を開く勇気がないまま居留守するかどうか悩んでいるところにのあが扉を破壊して入ってきたのだ。

ピンポンダッシュならぬピンポンクラッシュ。

ダッシュよりたちの悪い。

当然そのように押しかけられて俺は断ることもできずこうして謁見しているということなのだが。

どうしてのあも断らなかったのか。

この麻樹という男の周りには今も何十人ものspが立っておりこちらがなにかしようものなら今すぐにでも撃てるぞといった様子である。

まぁそれでなにができるというわけでもないのでびびる必要もないのが悲しいところだけど、明らかに信頼されていないというのがより悲しいところだ。

こちらは世間を救ったヒーローのはずなのに。

何も知らないあちらからしたら当然の対応なので怒るとかいうのは特段ないが。

まぁ、所詮こんなものである。世の中。

「今君たちオリジン?とやらを調査しているんだが、あの化け物どもが急に街中に現れたときに君たちがあれらを撃退したそうじゃないか?特に君たち2人の活躍が目覚ましかったと?そう聞いたが?」

「2人・・・というか、特にこの横ののあさんが、って感じですけど。僕はただのお守りというか、重りというか・・・。」

「ほう・・・?この女がか?」

なんというか、その、言葉を選ばずに言うとなんだろうこの男、ナチュラルにうざい。

言葉の一つ一つがやけに鼻につくというか、それは偉い人なんだろうけど本質的に他人を見下している感じがする。

「この人がいれば今回の事件も一人で解決できますよ。」

「そんなに強いのか?この女は。俺のspがあの化け物どもには手も足も出なかったと聞いているぞ?」

「試してみます?」

「・・・そうだな。おい、そこのお前、ちょっと相手してや「ここにいる全員でいいと思いますよ。」

「・・・なに?」

男の眉間が上がるのがわかる。

「なんなら今構えている銃もありで、それでもどうしようもないとは思いますが。」

「・・・ほう?・・・本気で言っているのか?」

「ええ。」

「よしわかった。お前ら今の聞いたな?遠慮はするな。責任は俺が持とう。」

彼の言葉を合図に耳をつんざくような音が部屋中に響き渡ったが、当然そのどれもが彼女に届くことはなくて。

次の瞬間、天を仰いだ麻樹の笑い声が部屋中に木霊した。



力を誇示した後の話のスムーズさと言ったらそれはそれは。

彼はオリジンを前面的に預かる、基本公安として働けるような体制を作ることを約束し、解散になった。

のあさんは彼と話すことがまだあるるしく、俺だけ先に返された。

これでいいんだろうか。

俺は一人で立派な公安ビル前のだだっぴろい駐車場を歩きながら考える。

確かにオリジンが公的に力を使えるようになるのはかなり戦いやすくなるし、良いことだろうとは思う。

それに今は各オリジンを支える支柱であった真木さんが悪魔だったことがわかり、みんなばらばらになっている。

信じない者、途方に暮れる者、涙を流す者、気にしない者、怒りを示す者。

反応はみんな様々であったが、もし今悪魔が出たとしてそれに対応できるような状態ではないことは明らかに見て取れた。

早急にこのオリジン内の混乱を収拾しなければならない。

そうような焦りがあった中に先ほどの提案である。

流石は組織のTOPに上り詰めるような人の嗅覚というべきか。

ビジネスチャンスを逃さない強さがある。

でも、それとその人が善人かどうかというのは話が別だ。

ここでまた指導者を間違えるわけにはいかない。

今のオリジンには、彼らを導けるような先導力のあるリーダーが必要だ。

本当はのあがしてくれればいいのだが・・・。

「世間はもうだんだんとどうやら悪魔?とやらがこの世界にはいるんじゃないか?という流れになってきつつあるみたい。」

そう話すのは如月。

すっかり数日で回復し、もし俺たちに何かあったときのために待機してもらっていたのだ。

向こうも向こうならこっちもこっちって感じだな。

「まぁもう隠し通すのは無理だよな。」

「無理でしょうね。ああも証拠映像が拡散されたら。」

拡散されたのは真木さんがノーフェイスにボコられて、悪魔の姿を現すあの映像。

その映像は彼女が人間の姿から悪魔の姿に変わる一部始終が全て映されていた。

まるでそのシーンが来るのがわかっていたかのように綺麗な画角と映像。

計画的な裏を感じられずにはいられない。

しかし彼女が悪魔であったことも事実で、いったいどちらが悪いのか、彼女が何を考えていたのか今となっては誰も知る由もない。

全ては謎のまま終わり、だが確実に人類は劣勢に追い込まれている。

こうして真実には近づけぬまま、いつの間にか喉元まで食らいつかれているのだろうか。

なんとももどかしいが、どうすることもできない。

後手後手である。

「如月はどうするんだ?もし入れるなら公安に入るのか?」

「入れってあんたは言うんでしょ?」

「別に入れとは言わないが・・・。」

「でもあんたは入るんでしょ?」

「まぁ、公的に力になれるんなら入ろうかなって思うよ。のあさんは入るみたいだったし。」

まずそこが謎なのだが。

今回俺が話に応じたのものあさんがやけに積極的だったからだし。いったい何を考えているのか。

「あの人は何を考えているのかさっぱり。」

それには以下同文である。

「自分の力を誰かのために使いたいっていう人は案外少なくないんじゃないかなって思ってるよ。だから今回の話に救われた人もいるんじゃないかな。」

「あたしはそんないい気持ちじゃないけどね。」

「なんで?」

「人助けがボランティアから仕事になるってことでしょ?」

「・・・まぁ、そんなイメージだな。」

「ってことは、責任がついて回るってことだよね。給料が発生して、自分の身を優先しづらくなる。」

あたしは自分のことで精一杯だから、引き際が遅くなるのは怖いところがあると彼女は言う。

それは、確かにそうだ。

この仕事では、最悪命を失うなんてのはいくらでも起こり得る。

そこのデッドラインが仕事になって後ろになることによって自分の命が危ぶまれることは十分過ぎる程気にすることだ。

「つい最近死にかけたお前が言うと説得力があるんだか、ないんだか。」

「もう2度とあんな思いごめんだから。」

「前はあんなに死にたがってたのにな。」

俺は彼女と出会った頃を思い出す。

「死にたがってはないよ。ただ絶望してただけ。」

でも、そうね。

「今は、死にたくはないかも。」

そうか、それは、良かった。

本当に。



「お疲れ様です。」

俺はすっかり寂しくなり、誰もいなくなった仕事場をそう言って後にする。

真木さんが悪魔であったあの事件から1ヶ月、世間はもう悪魔の存在を認知していた。

最初こそは妄言だという否定的な意見も目立ったが、三鷹市で起きた一連の事件の映像が残っていたり、多くの当事者の証言が一致していることから認めざるを得なかったようだ。

それにともなってArkは解体された。

トップが悪魔と知れ渡れば組織としてもう再建するのは不可能だった。

俺たちオリジンと呼ばれる人達ももしかしたら悪魔なのではないかという疑問が出たのだ。

それを証明する方法を持ち合わせていない俺たちは危険分子とみなされながらばらばらになり、二つの組織に分かれた。

一つは俺のいる政府の率いる公安、そしてもう一つがオリジンの中でも過激派のリユニオンという組織だ。

公安はArkを吸収するという形で新たな課、悪魔対策課というのを作り、そこに俺たちオリジン、Ark関係者が配属されるという形になった。

そこに入ろうとしなかった人たちが新たに立ち上げたのがリユニオンだ。

彼らの目標はオリジンを増やし、悪魔に対抗できる戦力を作り上げること、らしい。

今回の戦いで人類の力不足を痛感したのだとか。

これは俺も痛感した。

あまりにも人類はのあに頼りすぎていると。

彼女が窓を向こう側から破壊し、ほとんどの悪魔を蹴散らしてくれた。

それにもかかわらず三鷹市への壊滅的な被害、死傷者の数は1000を優に超える。

2/23のときと同じだ。

悪魔側に時間制限と行動範囲制限があったから助かったものの次同じようなのがくれば一たまりもない。

だが、オリジンを増やすというのは少し引っかかる。

一体どのようにして増やすというのか。

亜人化する者は1ヶ月に一人いるかいないかで決して多くないし、それをオリジンにするのだって俺の力が必要だ。

その俺はその組織にはいない。

当然勧誘は受けたが、俺はのあがさんがこっちに残るというので残ったのだ。

後悔はしていない。

していないが・・・。

「明日は、人体実験の予定が入っている。」

俺に声をかけるこのスーツの人は青木と言って、俺の監視役だ。

あれだけのことをやらかした組織の人間が国から信頼を得るにはこれしかなかった。

麻樹も世間から信頼を勝ち取るまでの辛抱と言っていたが、恐らくこれが嫌でこっち側につかなかった者もいるだろう。

彼はオリジンではないのだが、背中に楽器が入りそうなほどの大きなカバンを背負い、その中には銃が入っている。

あまり詳しくないからわからないが、銃口が長く、スナイパー的な物だろうと推測する。

銃が悪魔に効くのだろうか。

効果のほどはわからない。

spの攻撃は効かなかったと聞いたが、お守りとしてこれ以上に頼れるものはないだろう。

だってそれは今の人類が知識の結集させて作った最強の武器なのだから。

いやしかし、まさか日本でそれを簡単に携帯できるようになるとは思わなかった。

簡単ではないのかもしれないが。

「またですか!?」

「上がお前の身体を調べたいのだそうだ。」

「・・・別に痛みを感じないわけじゃないんですけどね。」

「それだって嘘かもしれないだろう。報告によると自殺を繰り返していたそうじゃないか。」

「いや、あれはするしかない状況に追い込まれたわけで・・。」

「どちらにせよ、お前のその不死身な身体の研究が進めば人類の役に立つ。人間側なら断る理由もあるまい。」

「・・・一度身体を分解されてから言ってくれません?」

この人はもう一月も経つというのに未だにこうだ。

事あるごとに俺を悪魔サイドにしようとしてくる。

拷問みたいな研究にも何度も付き合ったし、与えられた仕事だってこなしているというのにいったい何が不満なのか。

彼はあまり自分のことは話さないからよくわからない。

「これからどうするんですか?」

「今日のお前の行動をまとめて報告書を作成し、それを提出した後は資料も作成しなければならない。昼間はお前の監視しててできない事務作業が積み立てられているからな。」

なんとも嫌味な言い方で。

「俺たちはお前らの監視役であり、マネージャーではないんだがな・・。」

彼のつぶやきに対し、もう似たようなもんですよと若干茶化して言うと、彼は鋭い眼光でこちらを睨んできて、やべ、これは地雷だったかと肩身を狭くする。

なんともラインがわかりづらい人だ。

この人とはいつまで経っても分かり合えないのかもしれない。

先ほどの発言は訂正しとくか。

そんなことを話しながら事務所を出ると、俺たちは言葉もなく分かれる。

流石に24時間監視はできないみたいなのだ。

その事実を知った時は心底安心したものだが、俺はこの足でそのままある場所へと向かう。

最近あれ以来めっきり悪魔は来ていないが、組織解体に伴ってどたばたと忙しかったから行くのは久しぶりだ。

別に今から行くところはこそこそと隠れなければならないようなやましいことではないのだが、一人で行きたい場所なのだ。

今更行ったところで何があるわけでもないのだがな。

そう思いながら俺は建物だけは奇麗に元通りになった病院の進入禁止のテープをくぐり、暗い廊下を通り、ある病室に入る。

そこにはだれも入室していないのだが、俺はそこで誰も使っていないベットに腰かけ落ち着く。

ここの病院は1ヶ月前に悪魔に襲われてからまだ再開しておらず、看護師や医者がいないのはもちろん、入院している人がいないのは当然なのだ。

確かに1ヶ月前にはここに入院者がいたのだがな・・・。

それも連れ去られてしまった。

俺は何処に向けることもできない拳を握りしめる。

あれ以来向こうからなんのアクションもないのがさらに苛立ちを加速させる。

人質にしたなら早く交渉をしてこいよと、思わずにはいられない。

俺を手に入れようと必死だったやつらが俺の母親を人質にしたなら次にすることは一つだろう。

俺と母さんの交換だ。

俺はそれに潔く応じるつもりではいるのだが、こない。

これではいったいなにが目的なのかわからない。

なんのために攫って、何のために攻めてきたのだ。

ただの憂さ晴らしで殺戮がしたいだけなら母さんをさらう意味がわからないし。

まさか拷問にでもかけているんじゃないだろうな。

そう思うたびに俺は早くあの悪魔とコンタクトを取らなければと気持ちが逸るのだ。

しかしこちらからノーフェイスに接触する方法なんて知ろうとしようものなら、それは悪魔をこちらの世界に呼ぶことと同義であり、上から反逆の余地ありと断罪されるのが目に見える。

迂闊に行動できなくなった今、俺は二つの可能性に賭けていた。

あの呪いの本と向こうから窓を開けてくれることに。

真木さんが預かったという呪いの本。

あれなら簡単にノーフェイスとつながることができる。

今になってこれほど必要なものになるとは思わなかった。

ほとんどは真木さんが持って行ってしまったかもしれないが、真木さんは世界に散らばっていると言っていたことから恐らくだがまだ見つかっていないものがあるだろう。

それを見つけ出して、こっちから接触する。

俺が主にできることはこれだ。

窓の開け方を知ることはタブーになり、知ろうとする者だけでなく、誰かに教える者も厳罰対象になったので、表立って行動できない。

向こうから開く窓にも注意を光らせてはいるが、呪いの本探しと違って受け身だし、あれ以来悪魔の大きな進行は未だない。

たまに開かれる窓も低級の雑魚悪魔しか来ず、真木さんが恐れた事態というのは未だ起こりそうにない。

悪魔の存在が世間一般に知れ渡ったというのに、意外と冷静なもんだな。

それは偏にのあの存在が大きいからなのかもしれないが。

今やのあは国民的ヒーローにまで担ぎ上げられている。

単身で敵の本拠地に突撃し、殲滅した後三鷹市の悪魔の残党処理もやってくれた功労者として。

それだけなく、今回のことで今までの影でやっていた悪魔退治も表沙汰になり、彼女は本部を守る要として以前のように自由に動けなくなった。

俺と違い真木陽子を見逃したことはお咎めなしらしい。

お偉いさんの警備をさせられていることがお咎めと言われればそうなのかもしれないが。

のあも断ればいいのにどうして今まであれほど自由にやっていた彼女が今になって組織に就くことになったのか。

のあと一緒にもう一度攻め込んで、今度はノーフェイスごと打ち取ればいいと思うのに、何故かそれはしない。

そんなにノーフェイスが怖いのか?

のあが攻め込んだ時もノーフェイスはこちら側にいたみたいだが、あれは狙ったのか。それともたまたまか。

以前のあが電車で戦ったときは俺さえいなければ余裕とまではいかなくても倒せそうなもんだったが、なにをそんなに恐れているのだろう。

足手まといがいなければのあ一人で片付くのではないかとそう思ってしまう。

なんなら人質を取ったのはそういうことかもしれない。

俺とトレードというよりは、のあを牽制するため。

彼女は人質なんか気にするような人ではないが、目をかけていた俺の家族だから慎重になっているのだろうか。

だとすると情けない話で、感謝しか出てこない。

こう思うと人間側がどれだけ彼女に依存しているんだって話だ。

前までは真木さんもいたのだが・・・と思って俺はその考えをすぐに打ち消す。

今となっては彼女もなにを考えていたのかわからない。

巨大な組織を作ってこの世界を牛耳ろうとしていたのか、それともなにか他に狙いがあったのか。

彼女ののあへの気持ちが嘘であったとは考えにくいが、それすら嘘の可能性もある。

・・・。

駄目だ。

何もかも疑心暗鬼になってしまう。

短い間に色々起こりすぎだし、そのどれもが真偽を確かめることすらできないのだから仕方ないかもしれないが、嫌な感じだ。

悪い方向に悪い方向に転がって行っているような気がする。

せめてみかや如月、他のオリジンたちと連絡を取りたいものだ。

誰にも相談できる状況ではないのが、こんなにも心身に負担があるとは・・。

なくなって初めてArkの存在の大きさが伺える。

「学校に顔でも出してみるか・・・。」

そうすれば少なくともみかには会えるかもしれない。

そんな期待に胸を膨らませながら、そろそろ帰ろうとベットに下ろしていた腰を上げて立ち上がり病室を出ようとしたそんなとき、耳が妙な音を捉えた。

声、のような・・なんだこれは・・。

『コ・・・ッチ・・・・ハヤク・・・・』

周りを見渡すが、すでに日も落ち明かりもついていない廊下なので何も見えないし、そもそも何処から聞こえてくるのかわからない。

頭の中に直接響いているかのような・・。

俺はその気持ち悪い感覚に耐えきれず「おいっ!お前が魔将なのか!?契約でも何でもしてやるから母さんを返せ!!」と辺りに聞こえるように叫ぶ。

静かな病院の廊下ではその声は反響してかなり遠くまで響いたようで、遅れて自分の声が廊下の端から聞こえてくる。

しかし、肝心の先ほどの声はいつまで経っても帰ってくることがなく、俺はなんだったんだと不思議に思いながら病院から出るのであった。

ストレスでも頭でもおかしくなったのかと思いながらテープを跨いでいると、目の前に青木が立っていた。

本当に俺の頭はおかしくなってしまったのかと絶望していると「不法侵入してまでなにをしていた?」といつも通りに彼が口を開いたので俺は安心する。

「母親の見舞いですよ・・・。」

「ここにはもう患者はいない。」

「・・・いたんですよ、1ヶ月前まで。」

「・・・・。」

彼は何を思ったのか俺の言葉に口を閉じていたが、しばらくすると「・・・そうか。それは悪いことを聞いたな。」と珍しく反省しているようだった。

「しかしそれはそれとして俺の監視下から外れた瞬間に不法侵入していたことは報告させてもらう。」

「もう好きにどーぞ。」

俺は平常運転の彼に呆れ、今度こそ家に帰りますよと言い残して先に背を向けた。

そう頭が固くては悪魔なんていう理不尽に対して一生相手にできないんだろうなと心の中で彼を小馬鹿にしながら、俺はもう曖昧になってしまった先ほどの声の正体に思考を巡らせながら帰路に就くのだった。



あれは悪魔の契約だったのだろうか。

俺は昨日実験されてうずく場所を摩りながら、学校でつまらない授業を受ける。

監視の目が流石に入り込めないことと、みかがいることから来たが、意外にも学校は呑気なもんだな。

「あの映像結局ホントだったのかな?」

「オリジンだったら金メダル取り放題じゃね?」

なんと中身のない会話だこと。

このような会話ができるだけ余裕があると見て取れるのかもしれないが。

こんな勉強を積み重ねても、悪魔に殺されれば何の意味もなさないというのに。

生徒の方を振り返りもしないで自分のペースで好き勝手に書き進めていく数学の教師の背中をぼんやりと眺めながら考える。

悪魔の存在が明らかになっても日常は変わらず回っていくんだな・・・。

あんなに死と隣り合わせだったのに、こいつらはあの惨状を何も知らずに暮らしている。

悪魔がどういうものかも知らないで。

こういうやつらが興味半分で悪魔と契約したりするのだろうな・・・。

授業が終わり、俺は質問攻めにあう中なんとかそれを潜り抜け、教室の前方窓際の席のみかの元へ向かう。

「ちょっと外で話さない?」

俺のその言葉にいいよと短く告げ、「俺も早く力目覚めないかな!?」と期待にあふれた掛け合いをしている男子を横目に俺たちは教室を出る。

行先はいつもの屋上へ続く階段の踊り場。

クラスのやつらには付いてこないように灸をすえて向かう。

「どんな感じ?」

着いてすぐに俺はみかを振り返り、近況を尋ねる。

「・・・クラスの雰囲気はいい。みんなこの状況で活力を失ってないし、この間吾妻さんが・・。」

「いや、そうじゃなくて、悪魔とか監視とか仕事の方。」

一瞬彼は?と不思議そうな顔を見せるが、すぐに切り替えて話し出す。

その口ぶりからは彼は監視について何の疑問も抱いていないようで、淡々と説明していく。

「俺の監視の人は若い女性で、なんというか、緩い人、かな。沙奈の方は、屈強な大男らしくて発狂してた。」

「それは、気の毒だな・・・。」

「でも、友達ができたって。上谷さんだったかな?」

まじかよあいつ。ほんとに友達になってくれたのか・・・。

お互いにぶつかりも多そうだが、まあ似た者同士うまくやっているということなのだろう。

「悪魔の方はどうだ?」

「俺はあれ以来は、先週に雑魚悪魔を一匹退治したくらいかな。沙奈も多分そう。」

やはりそんなものか。

「呪いの本については、どうだ?何か新たに見つかってたりしてないか?」

「それについての話は、聞いてない。」

フム。

まあそんな簡単に見つかりはしないか。

「それについての情報も集めといてくれたら助かる。放置はできないからな。」

みか相手に取り繕う必要があるのかわからないが、一応かけておいた保険は彼には通用しないようで、「次はそれが必要なの?」とあっけらかんというみか。

「う~ん、まあそうっちゃそうなんだけど・・あまりばらさない方針で頼む。」

俺の懇願にも似た言葉に「わかった。」と二つ返事で彼は受け入れる徹底っぷり。

相変わらず心配になるなこれ・・。

「真木陽子の所在もつかめていない、ということだよな?」

「そう。彼女も行方をくらましたまま一切の目撃情報がない。」

あれだけ目立つ姿だから再び誰かに擬態したのか、それとも本当にずっとどこかに隠れているのか。

少なくとも彼女を悪魔として殺そうとしているやつらよりは先に見つけなければならない。

そうはわかっているのだが、しかしあれだけ高度な擬態能力を持っているものを果たしてどうやって見つければよいのか。

俺の現在地をどうにか知らせることができたら会いに来てくれたりとかしないだろうか。

俺にはこれまで関わって彼女がそこまで悪い人(悪魔)には見えなかった。

彼女がノーフェイスを連れ込んできたや、世界征服を裏で企んでたや様々な憶測が飛び交っているが、ノーフェイスと敵対しているということは敵の敵は味方という考えもできるし、なにより今の公安悪魔対策課の前身を作っている。

それが例えこの世界の人間を兵士としてノーフェイスとやりあうためだったとしても感謝している。

動機はどうあれ彼女の行動はこの世界を確かに良い方向へと変えているはずだ。

時計を見るともうすぐ休憩時間も終わりそうで、俺は一通りの情報共有も終わったことだしとみかとお別れし、俺は門で待っている青木の元へ向かう。

時間は13時を少し回ったくらいか。

「久しぶりの学校は満喫したか?」

「退屈だったから出てきちゃった。」

「月代から有意義な情報は手に入らなかったか。」

唐突に放たれた見透かした発言にうげっと妙な声が漏れてしまう。

流石に誰がどこにいるかの情報共有はしているのか。

あまり好き勝手にはさせてくれないなあとそう思ってやれやれと頭に手を回すが、「・・・あれ?じゃあみかの監視役の人は?」とふと彼と一緒に校門にいないことに気になって告げると「あいつは知らん。」と説明を放棄した。

生真面目な青木が苛立つ人物。

そしてその当人は今ここにいない。

なるほど、これは”緩い”人だな。

「その人と青木さん足して2で割ったらいいのに。」

「誰がいるか、あんなやつ。」

あなたが欲しくなくても私は欲しいんですよと告げたくなるのをぐっとこらえ、俺はこれからの午後の予定を尋ねる。

「元々こんなに早く出てくる予定じゃなかったから何も入っていない、が、早川から隣の市で現れた悪魔を毒島と討伐しに行くと連絡が入っている。」

毒島さんか。

すっかり少なくなってしまった元Arkの仲間なのだが、すらっとしたモデルのようなスタイルとひどい火傷痕の残った顔で近寄りがたいイメージなのもあって、最後に見たのだって一ヶ月前に本部で灰原と並んで歩いていたところだ。

どうせ事務所でごろごろと監視の目を伺いながら自堕落に過ごすぐらいならと俺は現場に向かう決意をする。

彼女の戦う姿も気になるし、俺の予想通りであれば恐らく他にも元Arkのメンバーが来ることだろう。

久しぶりの悪魔の出現報告。

どうせみんな真木陽子や呪いの本、オリジンの卵探しばっかりでひましていただろう。

怪しまれずに情報交換するいい機会だ。

青木さんも俺が行くと告げると嫌そうな顔をするが、万が一毒島さんがやられてしまったときのことを考えると断るわけにもいかない。

結局渋々納得する形で落ち着き、俺は心の中でガッツポーズを決め、現場に向かって歩き始める。

それを見て彼も小走りで追いつき、少し距離を置いた後ろをぴったりとついてくる。

ほんとは走って向かいたいのだが、そうすると彼がついてこれないのだ。

振り切ると反逆の意思ありとみなされるし、本当にめんどくさい縛りがついたものだと首の後ろに手を当てながら思う。

「これ、間に合うかな・・・。」



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