セリナ それは莎漠に降る雪 中編
「……というわけで俺達は次の戦地に向かう事になった!」
届けられた指令書を読み終えたティオはみんなを集めるとそう言った。
その言葉に沸き立つ仲間達を尻目にティオが私を呼び出した。
私は彼に駆け寄ると笑顔を向けて聞いた。
「どうしたの?」
私がそう聞くと彼は予想もしなかった事を言った。
「ネージュ……君はここで軍を去れ」
そう言って顔を背けるティオに私は詰め寄ると聞いた。
「なんでそんな事を言うの?私もティオと一緒に戦う!」
そう言って詰め寄る私にティオは話を続けた。
「ネージュは先の戦いで死んだと報告する。これで軍籍からは外されるし1人で戦い抜く強さも身に付けた」
ティオの言葉に私は猛反発した。
「まさかその為に私を鍛えたの?……絶対にイヤ!ティオが何て言おうと私はついていく。置いてくつもりなら追いかけるわ!」
その言葉にティオは初めて怒りの表情を見せると私を怒鳴りつけた。
「分かっているのか?次の戦場は国境防衛線だ!つまり戦いは一度や二度とじゃ終わらない……。それに俺達は死んでいった友軍の追加要員として呼ばれたんだ!それはつまり……」
彼はその先を口にしなかった。
つまり国は国境を守る為に死ぬまで戦えと命令してきたのだ。
そして、ティオは私を確実な死が待つ戦場から逃がそうとしている。私はティオの気持ちが嬉しかったけど、彼に付いていく気持ちは変わらなかった。
だから私は彼に自身の思いを話した。
「ねぇティオ?私達の立場がもし逆ならどう思う?私は耐えられない。ティオが命を懸けて戦っているのを知ってるのに知らないふりして生きてくなんて無理よ」
そう言って笑顔を向けると、ティオは頭を抱えて髪を掻きむしった。
そして重くなった口を開くと私に言った。
「分かったよ……俺の負けだ。明日から移動を開始するから早く寝ろ!」
そう言って彼は背中を向けると、私は言われた通り素直に眠る事にした。
ティオの言った通り翌日から移動が始まり、その道中で私はティオの傍でいろんな話をした。
そんな中で、ふと思い出した私はティオに聞いてみた。
「そういえば何で「莎漠」?って呼ばれてるの?」
私がそう尋ねると、ティオはバツが悪そうに話をしてくれた。
「俺もよく知らないけど……何でも敵国に砂が一面広がる土地があるらしい。草木も生えないその場所のことを莎漠と言って、戦場で敵味方関係なく殺し回った俺を見た敵兵が勝手にそう呼ぶようになったんだよ」
「そうなんだ…じゃあ、あの力は?」
その問いにティオは少し考えると答えた。
「あれは……うまく説明できないんだけど自分の中に意識を集中させると虹色に光る「キラキラ」があって。それを掴むと……あんな風になっちまうんだ」
「それって私にも出来るかな?」
そう聞くと彼は私を睨んで強く言った。
「駄目だ!ネージュには出来ない!使えたとしても絶対に使っちゃいけない!」
あまりの剣幕に私は頷くと彼が言った。
「そうだ……そんな事よりネージュって名前の由来は知ってるのか?」
突然の話題に驚いていると彼の話が始まった。
「俺は親父が付けてくれたんだけど、なかなか名前を決められなかったらしいんだ。……結局十日も考えた末に突然閃いたんだって。名付けに十日掛かったからそれにちなんで「十」を意味するティオにしよう!だってさ」
そう言ってティオは笑うと私もつられて笑った。
そんな楽しい移動も終わりを告げると、私達は戦場に到着すると早速荷物を紐解いて陣を張った。
そこにやってきた司令官はただ一言「敵が来たら迎え撃て」と告げると足早に去っていった。
司令官が去ってすぐ敵が姿を見せると、敵味方入り混じっての殺し合いが始まった。
互いに死者が出始めるが、私達の方が格段に優勢だった。次第に敵が敗走を始めると私達は初陣の勝利を喜び合った。
そんな中で仲間達から私を褒める声が上がった。
「ネージュ、いつの間にそんなに強くなったんだ?」
「すげぇな!?まるでティオが2人に増えたみたいだ!」
その様子を見ていたティオが割り込んできた。
「はいはい!ネージュは疲れてるんだ!みんな離れろ……ネージュはゆっくり休め」
そう言って頭を掻きながら背を向けて歩き出すティオを追いかけた。
その様子を見ていた仲間達が、温かい視線を向けていた事に私は気付かなかった。
「ティオ?どうしたの?」
そう声をかけると彼は何かを考えながら振り返った。
そして首を傾げながら言った。
「本当にどうしたんだ?訳が分からない」
彼はそう言って座るとまた考え込んだ。私はそんな彼の隣に座る…と…私を見てティオが言った。
「ネージュ。君が仲間に囲まれてるのを見てたら無性に腹が立った。これは「嫉妬」という感情なのか?」
その言葉に私は顔を赤くすると、ティオは変な事を言ってきた。
「俺はネージュに恋をしているのか?」
その言葉に「知らないわよっ!」と言って立ち上がると、私はその場から逃げ出した。
そして離れた場所で私は座ると胸が激しく高鳴っている事に気付いた……。
違うわ!これは走ったから!
そう自分に言い聞かせるけど鼓動はなかなか治らなかった。
それから暫くは、ティオと会話する時間がないほどひたすら戦いに明け暮れる日々が日常になっていた。
敵は日を増すごとに増えていき、比例するようにティオは「力」を使う機会が増えていった。
……そして戦っては倒れた。
そんなティオは倒れる前に必ず仲間の無事を確認すると、皆に笑顔を浮かべていた……
私はそんな彼の傍で眠る事が、この戦場で唯一安らげる時間だった。
それからティオと一緒に幾度も死線を乗り越えた私は、友軍から「剣姫」と呼ばれるようになった。
ティオは「剣勇」と呼ばれていたので、彼と並び立てる存在と認められているようで嬉しかった。
そんな日々の中……
いつものように倒れたティオが運ばれたベッドの傍で、私がウトウトしていると彼が目を覚ました。
そして体を起こすと私を見て言った。
「なぁネージュ。俺……もう戦いたくない」
そう言って涙を流し俯いた。
弱っているティオの姿を見た私は、驚きながらも手を握ると彼は静かに話を始めた。
「目を覚ますといつも戦いが終わってる。みんなは生きてるのか、俺の力の巻き添いにしてないか?起きるたびに考えてる」
ここ数ヶ月…毎日のように力を使って戦う彼の心は壊れかけていた。
「もう嫌だ……いっそ力を使うのを止めてみんなで……」
みんなで死のう……彼はそう言うのをやめると少しの間黙り込んだ。
私は手を握りながらティオに言った。
「私はいいよ?ティオが居なかったらもうとっくに無くしてた命なんて今更惜しくない。あなたと一緒に逝けるなら私はそれで構わないわ」
そう言って彼を抱きしめた。
きっと私の中には彼に対する愛が芽生えている…ティオが死ぬ事を望むなら迷わず死を選べる程に。
するとティオは「柔らかい」と呟いた。
私は意味に気付くと真っ赤になってティオから離れた。
すると彼が照れ臭そうに言った。
「ごめん……ちょっと弱気になってた」
彼を見ると、まだ目は赤かったけどいつもの笑顔を見せてくれた。
「ネージュ。君が居てくれて良かった」
そう言って倒れこむティオの顔を慌てて確認すると……スヤスヤ寝息を立てている事に安心した私は、一緒に眠りについた。
翌日からの戦いは激変した。
ティオが力を使うといつもの倍以上の力で敵を倒していった。そんな彼の姿に私達も奮戦すると、1ヶ月ほど経った頃には付近の敵勢力は壊滅状態で、私達は久し振りに戦いのない日々を過ごしていた。
私はティオの傍を離れず、ティオが座ると私もいつものように隣に座ると話し始めた。
「なぁネージュ。一緒にならないか?」
私は首を傾げた。
一緒になるってどう言う意味?
私が聞くとティオは答えた。
「ずっと一緒にいようって言ったんだよ!」
その言葉を聞いて驚く私にティオが優しくキスをした。
私はティオの言葉とキスで顔を真っ赤にしていると、彼は立ち上がって言った。
「俺は必ず戦争を終わらせる。だからその時は2人で一緒に生きていこう!」
そう言って差し出された手を私が掴もうとした時…
突然やってきた男が私達に言った。
「剣勇、剣姫!!貴様達に勅令だ!」




