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烏鷺の魔王と骨董屋  作者: 山口ネイ
回転する炎の剣
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第二章 : 地上の楽園

 異世界転生、異世界転移。

 いかにもオタクが好みそうな言葉だ。

 異世界にあこがれたり、夢をみたりするのはべつに悪いことではないと思う。

 だがそれは、現実世界に満足できていないということをアピールしているようなものだ。

 今の日常に不満があり、生まれ直して人生やりなおしたいというのならば、さっさと死ねばいいのに。

 確かに現実は厳しく、苦しいことや悲しいこともある。俺にだって、そういうことが無かったわけではない。

 しかし、俺は今の日常にとても満足している。

 異世界などという場所に行かなくとも、幸せになることはできるのだ。

 

 

 本日、空は快晴。

 絶好のスキー日和だ。

 ゲレンデのてっぺんから眺める景色は最高だった。

 スキー日和にも関わらず、他の利用客はいない。

 ゲレンデは貸し切り状態だった。

 今からここを思いっきりすべることができると思うと、ささいな悩みなんてどうでもよくなってしまう。

 遠くには気持ちよさそうにすべっていく彼女──カナの後ろ姿がみえる。

 本当に2人で来ることができて良かった。

 レポートのやり直しを指示されたときは、『あのクソ教授』と愚痴りながら徹夜でパソコンとにらめっこしたものだが……。

 なんとか予定の日までには終わらせることができ、今日は計画していたとおりに2人でスキーをしに近場のゲレンデへ来たのだ。

 背伸びをして、大きく息を吸う。

 空気がおいしい。

 これが幸せというやつなのだろうか。


 ──ゆっくりしすぎたな。

 カナはもうすべりおわってしまったらしい。

 俺もそろそろすべろう。

 ゴーグルをつけなおして、ストックをしっかり握りしめる。

 そして、すべりだそうとした瞬間(とき)──。

 地面が揺れ始め、その揺れは勢いを増していった。

 地震か。

 ストックで体を支え、おさまるのを待つ。

 しばらくして――揺れはおさまった。

 しかし。


「──ッ!?」


 今度は、轟音が鼓膜を震わせた。

 おそるおそる、後ろを振り返ってみる。

 ──雪崩(なだれ)だ。

 おかしい、万が一のためにあらかじめ人工的に雪崩を発生させて、営業時間中に雪崩事故が起きないようにしているはずなのに。

 だが、今はそんなことを考えている場合ではなかった。

 逃げなければ。

 ストックを使い、体を力強く押し出す。

 何度も、何度も、ストックを使って前に進み、逃げ続けた。

 雪崩がすぐ後ろまで迫ってきているのだろう。視界が白という一色で覆われた。

 白いスクリーンに、カナと過ごした思い出が映し出される。

 

「死んで──たまるかっ!」

 

 カナと一緒に行きたい場所や食べたいもの、やりたいことがまだまだたくさんある。

 こんなところでくたばるわけには──。

 

 

 雪崩に飲み込まれ、青年──ユウの意識はそこで途切れた。






 ──エデンの森に朝が訪れる。

 朝日が木々の間から差し込み、大地を照らす。

 闇に生き、狩りを終えたものは巣へ帰り、そうでないものは目を覚まし、各々で活動を始める。

 春、エデンの森は新緑で鮮やかに彩られていた。

 動物たちは春の訪れに歓喜し、木々は風に揺られ、踊っているようだった。

 そんな森の中で、心地よさそうに|(?)眠る影がふたつ。その影のひとつが動き出した。どうやら彼女も、朝日の光によって心地よいまどろみから目覚めたようである。


「んぐぐ~!? んんん~ぐぐぐ~!」


 その口は猿轡(さるぐつわ)によって声を出すことを禁じられているようだったが──。


「んぐっ!? んぐんぐんぐんぐ……」


 もがいて猿轡を外そうと試みていたようだが、ここで亀甲縛りが効いたようである。

 そして、彼女を縛った張本人であるもうひとつの影も動き出した。


「むにゃむにゃ……ギロピタがたくさん……幸せ……」


 ただの寝返りだったようである。魔王(・・)は幸せそうに寝言をこぼしながら、再びまどろみの中へ戻っていった。


「ふぉにふぉ~!! ふぉにゅっ……んぐんぐ……」


 白翼を持つ者はその自慢の翼だけは動かせるようで、翼を使ってなんとか移動できていた。やはり亀甲縛りが効いているようだったが……。

 

「ふぉ~に~ふぉ~!!」


 なんとか自分を縛った張本人の前まで移動し、頭突きを食らわせた。


「痛っ!? なにごと!? 私のギロピタは!?」


 魔王の起床である。


「ふぉふぉふぃてふらはひ~」


 白翼の天使は泣きそうだった。腹パンを食らわせられて気絶し、起きたらこれである。


「ん~ギロピタが消えて目の前に変態がいる……」


 しかも、腹パンを見舞って縛った当人はまだ寝ぼけている。


「ふぉ……ふぉ……」


 なんかもう疲れてしまった。

 ぐっすり寝た、というか寝させられたはずなのに。



「あ、思い出した」


「…………」


「骨董屋に行かなきゃ」


 ──すっかり目が覚めた。

 そうだ、私は骨董屋に行くためにこの森に入って、奥に進んだら剣が飛んできて、こいつに会って殴って縛ったんだった。


「ねえ、骨董屋の場所知らない?」


「…………」


 うーむ、骨董屋の話をしても様子が変わらない……?

 やはりブルニス王国のほうがNGワードだったのだろうか。


「……うぐ」


 よく見たらこいつ、ぐったりしている。亀甲縛りが効いたのだろうか、だとしたら計画通りだ。

 まあ、冗談はともかくこの状態じゃまともに話も聞けない。猿轡くらい外してやってもいいだろう。


「ぷはっ! はあはあ……す~は~」


「気分はどうだ?」


「最悪ですよ! もう! なんですか、これは!? おかげで腰とか腰とか痛いですし、お腹も心なしかまだ痛いです! 痛いというかお腹がすきました。肩もこりました。食べ物を下さい! そして肩を揉んで下さい!」


 うるさい……やっぱりもう少しだけ、いや永遠に猿轡をかませておくべきだったか。

 しかもこいつよく見たら胸があるぞ……。確かにこれならば肩がこっても仕方ないだろう。あとでしっかり揉んでやるか(・・・・・・)


「なにジロジロ見てるんですか~この変態野郎(・・・・)!」


 また口調が荒くなってきた……。縛っているからもう怖くないが。


「私は|変態でもないし野郎でもない《・・・・・・・・・・・・・》。女だ」


「えっ!? だって……胸が、えっえっ!?」


胸が(・・)なんだって? もう一回言ってくれるかな……?」


「イエ、ナンデモナイデス……」


 ルビはそれからしばらく私の胸をジロジロ見て、この世の終わりみたいな顔をするようになったが……。まあ、おとなしくしてくれるならそのほうがいいだろう。胸のことについてはもう慣れたし……慣れたし……。


「あ~そういえば、確かに腹がへった気がするな~」


 そう言って、ルビのほうを見てみる。

 目をキラキラさせてる……。翼も嬉しそうにパタパタしてる……。犬か。

 どうやらお腹がすいたというのは本当らしい。仕方ない、なにか食べ物をとってきてやるか。


「なにか食べたいものはあるか?」


「えっなにかくれるんですか?」


「いや、私はなにも持ってないから近くの果物でも採ってこようかと」


「えっ? 食糧を持たずに森に入ったんですか?」


 しまった。森に入るとき、普通の人間ならばある程度の携帯食糧を持っていくだろう。こいつに私が人外(・・・・)だということがバレてもそれほどまずくはないが、王国から来たと言ってしまったしこれからのことを考えると私の正体は伏せておいたほうがいいだろう。

 ちなみに私は1000年くらいはなにも食べなくても生きていられる。


「いや~実は食糧は全部燃えちゃってね~! 急に剣が飛んできてさ~! いや~参ったね~」


「あ、あうあうあうあ」


 もちろん嘘である。殺されかけたのだからこのくらいの嘘は許されて当然だろう。


「だから近くに食べ物があれば助かるな~って」


「あう……ここから少し南方に進んだところに湖があります。そこに行けばちょっとした果樹園のような場所があると思います~」


「果樹園?」


「ですです、果樹園とはいっても誰も管理してないので荒れ放題です~」


 なるほど。骨董屋はその近くにあるのかもしれない。荒れ放題ってことはもう店主は死んでいるのかもしれないが。

 こいつに骨董屋の話をすると面倒くさくなりそうだし、とりあえずそこまで行ってそのあとは自力で探すか。


「じゃあとりあえずそこまで行ってみようか」


「その前にこれ(・・)ほどいて下さい~」


「どんなフルーツがあるのかなー」


「無視しないで下さい~!」


 担いで歩くのは面倒だし、手足を縛られている状態だと翼も自由に動かせないみたいだからしょうがない。暴れたらまた腹パンすればいいだけの話だし。






「くう~! やっぱり自由っていいですね! ビバ、自由!」


「ああ……」


「どうしてそんなにテンション低いんですか!? もっと喜んで下さいよ!」


「ああ……」


 まさか……。まさかこいつを解放したら剣も一緒に回り出すなんて誰が想像できただろうか。剣の存在なんてもうすっかり忘れていたが、今はもの凄い存在感を放っている。隣を歩くこいつとの相乗効果で有り得ないくらいに暑苦しい。やはり剣は持ち主に似るのだろうか? それとも持ち主が剣に似るのか?

 ルビは自由を謳歌し、炎剣もそれを祝うように回転している。ちなみに剣は回転しながらふわふわと宙に浮いていた。ルビもこの剣もやはり普通ではないのだろう。白翼を持っているということは天界の者なのだろうか。そうであればこの炎剣もきっと天界の代物であろう。

 しかし……天界はもう……。


「そういえば、リフォさんって綺麗な黒髪ですよね~」


「ん? ああ、確かに黒いが……綺麗って言うほどか?」


「え~! 羨ましいかぎりですよ~! 私なんてこんなありふれた金髪ですし~」


「金髪も十分素敵だとおもうけどな」


「おまけにサラサラロング! 完璧な黒髪ガールじゃないですか!」


「お前だってさらさらじゃないか」


「ち・が・い・ま・す! それを言うならサラサラ(・・・・)! です!」


「いまいちわからん……」


 サラサラロング……か。そういえば、短髪でもないのに男と間違われるのはなぜなのだろうか。長髪の男性はあまり見ないのに……。それだけが疑問だった。

 お世辞ではなく、ルビの金髪は綺麗だろう。しかし、天界には金髪の者が多い。黒髪に憧れるのは当然のことなのかもしれなかった。

 天界……か。ルビについて少しだけ知りたくなった。本当に天界出身なのだろうか?


「綺麗な翼だが……ルビは天界出身なのか?」


「え~と、多分そうだと思います~」


「多分?」


「はい。自分が天使(・・)なのは覚えているんですけど、天界で暮らした記憶が全く無い(・・・・・・・)んですよね~」


 天使ということは間違いなく天界出身だ。天使は天界でしか生まれない。なのに暮らした記憶が無いということはつまり、生まれてすぐ地上に移り住んだのだろうか?


エデンの森(ここに)住んでいるのか?」


「そうですね~この森から出たことすらないです」


「それはつまり……生まれてからずっとここで生活してきた、ということか?」


「そうなりますね~」


「お前は何歳なんだ?」


「ナンパですか~!? リフォさんもなかなかやりますね~」


 ナンパで年齢は聞かんだろう……。いや実際どうなんだ?

 じゃなくて、そんなこと今はどうでもいい。


「真面目に聞いているんだ。頼むからちゃんと──」


「わかんないです」


「え?」


「わかんないです。歳も、誕生日も、親の顔も」


 あ……これはまずいな……。触れてはいけないところだったか。

 自分が一番よくわかっていたつもりだったのに。

 仕方ない……。


「実は私も自分の歳がわからなくてな……誕生日も親の顔も知らない」


「そう……でしたか……」


 慰めるつもりで言ったのだが、さらに空気が重くなってしまった気がする。なにか別の話題を探さなければ……。

 話のネタになりそうなものを探して後ろを振り返ってみると……剣だ。燃える炎の剣が今にも私を殺そうと、もの凄い速度で回転しながら私の後ろを飛んでいた。ルビの心に影響されて動いているのだろうか、この剣は。だから、ルビの機嫌を損ねた私を殺そうとしているのだろうか。ともかく、話のネタが見つかった。


「私の後ろにいるこの剣……お前とこいつはいつから一緒だったんだ?」


「この子とは……物心ついたときから一緒にいました。昔の記憶が無いので正確にはわかりませんが、もっと前から……それこそ生まれてからずっと一緒だったのかもしれません」


 生まれてからずっと……か。ルビにとってはただの武器なんかではなく、きっと家族同然の存在なのだろう。


「そうか……大切なんだな」


「とても大切です。命よりも大切な子です。いつもルビを元気づけたり、助けてくれたりします。とても……とても大切です」


 空気はまだ重いままだったが、雰囲気はだいぶ明るくなった気がする。これならば、またすぐに元気になるだろう。

 しかし、まるで子守をしているみたいだ。王国で子供たちの相談に乗っているときもこんな感じだった。こいつは私より年下なのだろうか。胸はこいつのほうがあるが、雰囲気はまだ幼い。いや、幼い感じがするのは記憶が無いからで、実は私より長く生きているのかもしれない。まあ、今はそんなこと知る由もないが。


「あ! 着きましたよ~!」


 どうやら着いたらしい。足下を見ながら考え事をしていた私はルビの声で顔を上げてみる。そこには。


「ほう……」

 

 思わず声が出てしまった。それほど素晴らしかったのだ、目の前に広がる情景は。

 緑ばかりで埋め尽くされていた視界は青という色を思い出したように空と湖を受け入れた。王国に立ち込める黒雲によって、しばらく空を見ていなかった私にとっては反動が大きすぎたのかもしれない。これほどまでに空が美しいと思ったことはなかった。空は青く澄み渡り、白い雲を運んでいく。透明に澄み切った湖は青空を映し、太陽の光を受け止めて蒼く煌めいていた。耳を澄ますと小鳥のさえずりが聞こえてくる。


 その光景はまさしく、地上の楽園と呼ぶに相応しかった。


「ふふふ~どうですか~? ルビのお気に入りの場所。綺麗でしょ~?」


「ああ。綺麗だ、とても」


 湖に着いたことでルビの調子も元通りになったらしい。


「それで果樹園とやらはどこにあるんだ?」


「こっちです! 着いてきて下さい~!」


 元気だ。さっきまでの暗い顔が嘘のようである。

 急に走り出すルビについて行く。そういえばお腹がすいてたんだっけか。私もいろいろあって疲れてしまった。ここで少しばかり休憩していくとしよう。


「あれ? あれれ~?」


「どうした」


 どうやら果樹園がここら辺にあったらしい。ルビはキョロキョロと辺りを見回している。だがそれらしいものは見つからない。管理されていないのなら、そりゃ見つけにくいだろうが……。

 しばらくウロウロと探し回っていたルビが落ち込んだ様子でトボトボ戻ってくる。


「無くなってました……」


「まあ、そりゃ無くなっててもおかしくはないな」


 また落ち込んでしまったルビを苦笑しながらそう慰める。


「あ」


「ん?」


 ルビが向いている方向に首を動かす。

 すると。


「はあ……まったく、今度はいったい何だ?」


 あの炎剣がもの凄い勢いで回転していた。そりゃあもういつもより余分に多く。さらに炎の勢いも増しているように見えた、というか増してた。明らかに燃えかたが今までで一番激しかった。ルビが凶変したときよりも強烈に燃えていた。なんだ、お次は剣がご機嫌ナナメなのか。だとしたらかなり面倒くさいな。と考えている間にもその回転と炎の勢いは苛烈さを極めていた。あれか、炎風ハリケーンでも起こすつもりか。もう炎風はこりごりだ。暑苦しいだけだ、あれは。


「えっ? ええっ! なんで!? なんで勝手に回転するの~!?」


 この剣の挙動はルビの意思ではないらしい。

 つまり、暴走(・・)だ。前にこの剣が飛んできたときも、きっと暴走(・・)していたのだろう。

 剣は回転を続け、そして。


「あ! ちょっと! どこ行くの!?」


 持ち主の呼びかけに答えることもなく、湖の中心へと飛んでいったのだった。


「追いかけよう」


「あ、はい! 了解です!」


 なにが起こるかわからない。しかしなにが起きたとしても、とりあえず目視で確認することができれば何かしらの対処はできる……はずだ。

 湖を一望できる畔に着いた。剣は湖の中心で燃え上がり、信じられないようなスピードで回転していた。それは様々な角度で回転することにより、球体のような形を成していた。それはもはや、もうひとつの太陽だった。

 湖は先ほどの穏やかな表情を忘れてしまったように、荒く険しいその有り様をその場にいる者たちへと見せていた。


「あおあおあ……」


 ルビは混乱しているようだった。当然だ。私も混乱している。

 剣はそのまま水面へ吸い込まれるように沈んでいき、瞬間。

 眩しい光が森を包んだ。思わず目を瞑ってしまう。


 光が弱くなったのを確認して目を開くと、そこには。


「ほわ~……!」


 そこには、今まで無かったはずの島があった。島はそれほど大きくはないが、中央に大きな木が一本生えていた。その木の上には。


「おうち……ですかね?」


 そう、家があったのだ。ツリーハウスというのだろうか。初めて見た。

 そしてさらに、島へ渡るための橋も架かっていた。その橋は木の根っこが伸びにのびて出来上がったものらしく、人工物ではなさそうだった。しかも、ちょうど私たちの目の前に橋は伸びてきていた。まるで私たちに渡らせようとしているみたいである。

 そういえば剣はどこにいったのだろうか?

 様子が気になってルビを見てみると、なにやら口をあんぐり開けて人差し指で家の方向をゆびさしていた。

 もう一度、家をよく見てみると……ささっていた。屋根に、ぐっさりと、剣が。

 住人が心配だ、一刻も早く無事を確認しに行かなければ。


「行くぞ!」


「は、はい~!」



 慌ただしく走り出すふたつの影。

 天頂に佇む太陽は、その光景を色鮮やかに地上の楽園へと映し出したのだった。


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