第三章 : 烏鷺の邂逅
──骨董店。
それは簡単に言えば、骨董品を売る店のことである。
──骨董品。
それは簡単に言えば、希少価値のある古美術や古道具のことである。また、現代では古いだけで実際の役には立たない時代遅れのもの、ガラクタを指して骨董品と呼ぶこともある。
まあそれらがどんな意味を持とうとも、別に私には関係ないことだが。
今日この日までは。
「あわわ、ど、どうしましょう!?」
ルビはまだ動揺しているのか、走り回ったりして落ち着きがない。
「ともかく、中に入って誰か居ないか探してみよう」
「はい~、了解です! で、でもどうやって入るんですか? ルビは一応天使なので飛べますけど~、リフォさんは飛んだりできませんよね?」
ルビの言うとおり、この家は飛んだりしなければ入れないようだ。
そう、この家はおかしい。
ツリーハウスのくせに、木の上まで移動するための梯子も階段も無いのだ。この家の住人は飛ぶことができるのだろうか。
そんなことを考えていると、ルビが隣で騒ぎ始めた。
「え、まさかのまさかですけど、ルビひとりで行ってこいってことじゃないですよね!?」
そんなわけないだろ。ひとりで行かせてさらに状況が悪化でもしたら、私がひたすら面倒くさい思いをするだけだ。
私は呆れながら説得した。
「もちろん私も行くさ。こう見えて特技は木登りでね」
それを聞いたルビが口元を緩ませながら言ってくる。
「なるほど~。それは誠にお猿さんらしい特技ですね~」
失念していた。天使という種族は、人間に対して高圧的な態度をとる者が多いということを。もちろん、天使の中には聖人のような者もいる。天使の中でも特に優れており、礼儀もしっかりしている者が、地上に降りて人間に神のお告げを聞かせるのだ。人間たちの中で天使のイメージがなんとなくいい感じなのは、そのためである。
まあ実際は、こんな感じに優越感を楽しむ者が大半である。
「では~ルビはお先にこの美しい翼で失礼しますね~。翼の無いお猿さんは霊長類らしく無様に這い上がって来て下さいね~。ウッキーウキキー」
私は人間ではないから苛ついたりはしないが……。お前には痛い目を見てほしい。
ルビは私を見下ろし、猿のマネをしながら上へと飛んでいく。
もちろん、すぐ頭上の太くて堅そうな枝になど気づけはしなかった。
「うがっ!?」
そのまま脳天直撃真っ逆さま。重力によって地上へ自由落下を始める。
『物体A(アホ)が初速度0で自由落下を始めてから19・6メートル落下したときの速さを求めよ。ただし、私は自由落下する物体A(アホ)を受け止めないものとする』
──憐れ。猿天使、地上へ墜つ。
「いったた~。ひどいです~! なんでキャッチしてくれなかったんですか~!?」
すぐ起き上がったルビが文句を言ってくる。頑丈なヤツだ。
「あまり猿をバカにしないほうがいいぞ」
私はそう言い返し、ひとっ飛びでツリーハウスの屋根へとジャンプした。
上ってみて気づいたが、かなり高さがある。地上から20メートルはあるだろう。
こんな高い場所に住んでいるのはいったいどんな変わり者なのだろうか。
「リフォさん……猿はこんなにジャンプしないと思います……」
飛んで追いかけてきたルビがそう言って私を睨んでくる。今度は枝にぶつからずに済んだようだ。
「少なくとも、お前より猿のほうが頭はいいはずだ」
そう言うと、ルビは頬を膨らませて反撃してきた。
「そっちがそうくるなら、私も一言申し上げます! 少なくとも、リフォさんより猿のほうが胸はあると思います!」
「──ここから、たたき落とされたいか?」
「イエ、スミマセン……ヤッパリナンデモナイデス」
反省しているなら許そう。
もう一度同じことを口走ったら、初速度0では済まないだろう。
「あ、結構大きい家なんですね」
地上から見たときは離れていたからか小さめに見えたのだが、屋根まで来るとその大きさが明らかになった。屋根も広く、剣の回収に時間が掛かるかと思われたが……。
「くんくん……こっちか!」
ルビは犬のように鼻を動かして……ひとりで飛んでいった。
と、思えばすぐに戻ってきた。あの剣を抱えながら。
「リフォさ~ん! 回収できましたよ~!」
(ああ……犬だな)
そう考えながらひとりで頷いていた私の顔をのぞき込んで、ルビは不思議そうに首をかしげた。
「どうしたんですか? なにか変でしたか……?」
私は顔の前で手を振って否定した。
「いや、なにも変じゃないよ。大丈夫」
これなら猿天使よりも犬天使のほうが似合うな。次は棒に当たるのだろうか。
とりあえず、剣は回収できたようだ。
剣は相変わらずルビの腕の中で燃えているが、家は火事にはなっていないようだ。突き刺さった際に穴が開いてしまったようだが……それくらいなら十分に修復は可能だろう。
あと、気になるのは──。
「怖くない人が住人さんだといいんですが……」
そう、ここの住人だ。
この家は急に現れた。ここの住人は特殊な結界を張っていて、それをルビの剣が破ってしまったのかもしれない。にしても挙動がおかしかった気がするが。
もし、中に人が住んでいたとしたら、流石に私たちの存在に気づいたはずだ。
これだけの結界を張るということは、ここの住人は静かにひっそりと暮らすのが好きか、もしくは誰にも見つかりたくなかったと考えるのが妥当だ。
どちらにせよ、私たちは今頃ここの住人に叱られていてもおかしくはないだろう。
なのに、家から誰かが出てくるどころか、中からは物音ひとつしない。
ここから考えられるのは──。
「アワワワワワワワワワワワ」
ルビもおそらく気づいたのだろう。
考えられる今の状況はふたつ。
ひとつは、『中の住人がすでに死んでいる』という状況。これは、大昔にもうすでに死んでいたパターンと今さっき死んだパターンがあるが……それは問題ではなかった。
問題なのは、もうひとつのほうである。それは、『今ここの住人が私たちを殺すための大掛かりな詠唱をしている』という状況である。
後者ならば、あと数秒で私たち|(私以外)は灰と化すだろう。
これだけの結界を張れる人物だ。おそらく逃げ場はない、逃げても無駄だ。
私は少しだけ魔法耐性があるから、それほど心配する必要はないのだが──。
「ガタガタガタガタガタガタガタ」
頭でこの状況を考えられなくとも、本能で感じ取ったのだろう。
そう、お前はもう──ダメかもしれない。私の知るかぎりだと、天使は魔法耐性がおそろしく低い。その代わり、物理耐性が高いのだが──この状況ではその自慢の物理耐性は役に立たない。まあ、自業自得|(?)だ。
──憐れ。犬天使、地獄へ堕つ。アーメン。
「カタカタガタガタ、アワワワワワ」
ああ……見殺しにするのも可哀想だな……。
仕方ない、ここの住人を潰そう。悪いのはどう考えても私たちだが──私は本当になにもしてないが──ただ魔法を浴びせられるのも癪だ。
玄関から丁寧に入るわけにもいくまい。サンタクロース作戦でいこう。
「ルビ! こっちだ!」
「アワワワワ!」
目を回すルビの腕を掴んで屋根を蹴り破る。
新しい穴が増えてしまったが……ちゃんとあとで謝ろう。
家の中に入って、様子を伺うように辺りを見回す。
暗かった。魔術師の家の特徴だ。あいつらの住む家はいつも暗い。
魔力の気配、人の気配を感じ取れるように集中する。
しかし。
「誰も……いない」
なにも感じ取れなかった。
どんな大魔術師でも、詠唱するときには魔力が微量に空間へと流れ出す。
つまり、住人はいない。
死んでしまっているか、お出かけの最中か。いや、お出かけの可能性はない。こんな強力な結界を張り、維持したまま遠距離移動をするというのは不可能だ。私でも難しい。
ならばやはり、もう死んでしまっているのか。それなら安心だが。
「ルビ、多分もう大丈夫だぞ」
「あわ……わ……」
ルビは……泡を吹いて気絶していた。なんか、申し訳ないことをした。
よく見ると、ちゃんと剣を抱えたままである。その剣の大切さと、永年の孤独による苦しみがそこから伝わってくるようで、その様子をまじまじと眺めるのは憚られた。
ひとまず助かったようだ。
こうなると、住人お亡くなり説が濃厚になってくるが──。
結界や空間操作系の魔法は術者の肉体を核とする。
つまり、そういった類いの魔法は術者の肉体が残っているかぎり、それもまた残り続ける。その特性を利用すれば、術者が自らの肉体に防腐魔法を施しておけば、術者の魂がこの世を離れても半永久的な結界空間を維持することができるのである。
その場合だと、ここの住人はとっくの昔に死んでおり、どこかにその死体が残っているということになる。防腐魔法が施されているのなら、腐臭はしないはずだが……。
犬並みに鼻が利くルビは「ふにゅ~」と、のびたままだ。
「ん……?」
目が闇に慣れ、中の様子が少しずつ浮き彫りになってくる。
警戒を怠らないようにしながら、周りをぐるっと観察してみる。
「店……なのか?」
どうやら、ただの家ではなくなにかのお店のようであった。
しかし、商品らしいものは見当たらなかった。商品棚だけがただ沈黙を守るだけで、なんのお店かは検討もつかなかった。
すでに閉店してしまっていたのだろうか。
「ん……店──?」
店という単語がどこかひっかかった。
たしか私は──。
「もしかするとここが……?」
そう、ルビのせい|(?)ですっかり忘れていた。
もしかすると、ここが私の探していた骨董屋なのかもしれない。
そうなると、私の目的である封魔石がここにある可能性は低くなる。
すでに閉店後で店主、もしくは違う誰かに持ち去られた可能性が高いのだ。
もし、誰かがまだ住んでいるならばここに残っているかもしれないが──。
兎にも角にも、他の部屋もちゃんと探索しておいたほうがいいだろう。
「ふあ~」
ルビは頭を抱えて情けない声をあげていた。
「ルビ、そろそろ起きろ」
「ふあ? うむむ~ん」
どうやら頭痛に悩まされているらしい。
確かに、急に中へ引っ張り込んでしまったから、頭が追いついていないのかもしれなかった。
しかし、これでは探索ができない。
ルビをここに置いていってもいいのだが──さすがにひとりにするのは心配だった。
担いでもよかったのだが……頭痛を悪化させてしまうかもしれなかった。
仕方あるまい、治まるまで待とう。
「──大丈夫か?」
「ふぁい~すこし楽になりました……」
「……もうすこしだけ休んどけ」
「ふぁい~」
そして、数分後。
「──楽になったか?」
「はい~なんとか大丈夫です!」
──まだ少し心配だったが……私から見ても楽になったようだったし、歩くだけならもう問題はないだろう。
「少し中を探索する。歩けるか?」
「完璧です!」
「……暗いから足下に注意しろ」
「あ、それなら大丈夫です!」
ルビは自信ありげにそう言って、懐からあの剣を取り出した。
たちまち周囲は明るくなり、かなり歩きやすくなった。
これならば、目を慣らさなくてよかったかもしれない。
この店は木造のようだったが……昨日のことを思い出すと燃える心配をする必要はなさそうだった。
しかし……便利な剣だ。灯りにもなるなんて。
「ふっふ~ん。どうですか? ルビのおかげで助かったでしょう? お礼を言ってもいいんですよ~?」
ただ……持ち主の性格も相まって、かなり暑苦しかったが。
まあこの際、細かいことには目を瞑ろう。助かったのは本当だ。
──礼は言わないが。
「そういえば、もしかしたらここに食糧があるかもしれません! 結界で空間の状態が保たれていたならば、食糧があっても不思議じゃありません! というかお腹がすきました!」
「そう……かもな」
忘れていたが、ルビは腹をすかせていたのだ。
確かに言うとおり、結界は空間の状態を維持し、空間内の物体もそのままの状態を保つ。
しかし……食糧はおそらく無いだろう。
他のモノが持ち去られているのに、食糧だけ残っている……なんてことは考えないほうがいいだろう。
ルビには申し訳ないが──。
「あ! 食べ物です! パンです!」
申し訳ないが諦めてもら──。
え、なんて? 今パンと言ったか?
聞き間違いではないだろうが……。
とにかく確認してみよう。ルビがパンの形をした死体と見間違えたかもしれない。
「これは……」
「くんくん──これはまだ食べられます!」
「いや、やめたほうがいいだろう」
「はむはむはむ……」
「…………」
そのままごっくんと平らげてしまった。本当に大丈夫なのだろうか。
もう一度よく観察すると、袋の中に──大量のパンが入っていた。
食糧が残っているだけでも驚きだったが……まさかこんなにあるとは。
ここの住人は食糧に関してはかなり周到だったか、もしくは心配性だったのだろう。
いや、森の中に住むのならばこれくらいの食糧は必要か。
しかし──。
「むぐむぐ……うん、おいしい~~!!」
よっぽど腹がすいたのだろう。
ルビはさっきから4、5斤を口に詰め込んで幸せそうに咀嚼していた。
決して1口サイズのパンではないのだが。
そして、やはりというか──ルビの顔がリスのように変形していた。
お前は犬じゃなかったのか。
「食べ過ぎだ」
「ぐえっ!?」
こくんっ、と飲み込んだのを確認し、脳天をチョップする。
食べている最中にやらなかったのは、口に含んでいるものを射出されても困るからだ。
ともかく、食べ過ぎで腹を壊されても困る。
それに、これが本当に大丈夫だという確証もなかった。
匂いでは大丈夫だとルビは判断したみたいだが……。
「モグモグ……。ふむ」
どうやら腐ってはいないようだ……毒もなさそうだった。
私はある程度の毒に対しては抗体を持っている。
だが、ルビはわからなかった。
あんなに食べても平気ということは、まあ大丈夫だろうが。
いきなり死なれて、また剣が暴走でもしたらかなり迷惑だった。
「ふう~まんぞく~」
ルビは満足そうにお腹をさすった。
よかったな、未練なく死ねるじゃないか。
「うっ……」
ほら、いわんこっちゃない。
「た、たべすぎた~!」
「…………」
さすがにそう簡単には死なないか。いちおう天使だしな、たぶん。
「誰かいるかもしれない。気をつけろ」
食糧がこんなに残っているということは、誰かがここを寝床にしているのかもしれない。
誰もいないと思ったのだが……。
警戒しながら辺りを見回す。
この部屋にはドアがふたつ。
どちらのドアも木製で、同じデザインのようだった。
「あ! あっちのほうからいい匂いが!」
嗅覚をフル活用させたルビが、片方のドアを指さした。
「おい、まて! 慎重に──」
私の言葉も耳に入れようとせず、そのままドアのほうへ歩いていってしまう。
「そ~れ!」
そして勢いよくドアを開け放つ。
そこには──。
「な~んだ。お花の匂いだったんですね~」
アホでも花は食べないらしい。
雑食だと思ったのだが……。
「少しは慎重に行動しろ。誰かがいる可能性は0じゃないんだぞ」
「は~い」
反省はしてなさそうだ。あとで躾けとこう。
「こっちの部屋はお花しかないみたいですし、今度はあっちに行ってみましょう!」
「あ、おい。だから慎重に……」
ゴトンッ!
ルビを止めようとしたときである。
ちょうど今、行こうとしたドアの向こう側から物音が聞こえた。
幻聴ではない。確実に聞こえた。
人がいるかもしれない。あるいは動物かも。
魔物の可能性はないだろうが……警戒はしとくべきだ。
「ルビ、慎重に行くぞ」
「は、はいッ!」
ドアに近づき、耳をあてる。
中からはそれっきり、何も聞こえてこなかった。
「開けるぞ」
「……はい」
慎重に、ゆっくりとドアを動かす。
そして、ちょっとの隙間から中の様子をのぞき見た。
……なにも見えない。
そのまま、ゆっくりとドアを開けていく。
少しずつ、中の様子が把握できてくる。
「誰もいなさそうだな。入ってみるか」
ドアを開け放ち、足を一歩踏み出す。後ろから、ルビが背中にしがみついて続いてくる。
──その部屋には何も無かった。強いて言うならば……。
「ドアが3つありますネ」
そう、ドアが3つ。意味が分からない。モノは何も置いていないというのに、ドアが3つあるだけとは。そういう部屋なのかどうか知る由もなかったが……明らかに建築ミスだと思う。
「どうします?」
「ひとつずつ見ていくしかないだろう」
右、正面、左の壁にそれぞれひとつずつドアがあった。
まず、左のドアから。
「……外ですね」
「外だな」
普通はここから入るのだろう……普通は。
そのまま帰ってしまっても良かったのだが、まだ目的は達成していない。
次、正面のドア。
「キッチンですね。食べ物を探しましょう」
「却下だ」
てか、さっきたらふくパン食っただろう……。
まだ食い足りないのか。
──最後に、右のドアだ。
「ゆっくり入るぞ」
「そ~れッ!」
「あ、勝手に開けるな!」
ドアの向こう側。その部屋は、玄関と思われるドアの反対側に位置していた。つまり、入口からまっすぐ進めば入れる場所なのだ。この建物が店ならば、その部屋はきっと客が一番出入りする場所であろう。
要するに──。
「誰かいますね」
「ああ」
「寝てますね」
「ああ」
誰かいる可能性がとても高かったのだ。
そして、誰かいたのだ。
天井の穴から日の光が差し込み、気持ちよさそうに眠るその者の顔を照らしていた。
肌は色素が薄く色白。
髪は白銀に煌めき、トランプのスートを模した髪飾りで、ツインテールに結っている。
考古学少女を思わせる地味目な服を身に纏い、少女は幸せそうに眠っていた。
眠ると言っても、机に突っ伏して、である。
──気配を感じ取ったのだろう。ゆっくりとその目蓋を開け、顔をこちらに向けた。
そして。
「ふぁ~あ、お客様ですか~? いらっしゃいませ~」
それが、フィロがリフォに放った最初の言葉だった。




