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95/106

95 思考囲い

 それから。

「こりゃ、ここまでだな。投げる」

「……」

 一本目が終わったところで。

 焔村光秀は、ポーカーフェイスを保ったまま悩んでいた。


(どう思いますん? スオウ)

(なに???)

(鮎川サンたち、なにか企んでないでしょうかねん。『扇動者』にすっかり引っかかって、1:4交換されても投了しなかったのは、ただの悪足掻(あが)きなんでしょうか)


(それでも。。。おのれらが勝った)

(それは、そうなんですけどん)



 決勝戦一本目。

 尭史の『先陣の白翼』は結局打ち消された。効果で特殊召喚された『へべれけ赤熊亭の常連』も、行動制限と手札戻し(バウンス)で仕事を果たせず。

 後に続いた『騙る天使、カファミール』までことごとく打ち消されたところで、ようやく尭史は投了を宣言したのだった。


(腐っても県を代表する人だ。引き際を(わきま)えてないとは思えないんですよねん)

(でもそれ。。。普通の遊戯の話)

(能力込みで考えればそうとは限らないということですかん。理屈はそうですが、能力の回数が限られていることも踏まえると、現実的ではないと思うんですよねん。結局投了してるわけですし)


(やめよ。。。無駄に悩むと心が鈍るよ)

(うーん答えが出そうにありませんしねぇぇ。スオウはいいこと言いますねん)



「焔村光秀」

 と。

 テーブルのカードを一度まとめたところで。

 ジェローナが凛と声を出した。


「ひとつ質問があるわ」

「一応聞きますよん。答えるかは知りませえん」


「『源三位の狩衣』は、『認知を歪ませる』ものだと言ったわね」

 続けようとするジェローナに、一瞬驚いた顔を向ける尭史の顔が目に入った。


「その認知って、どんなところまで作用するのかしら。もしかして、一般参加者に『清涼で(ハッピー・)甘美な(アイス・)日々(クリーム)』を不条理なカードだと思い込ませる、とか。可能じゃない?」


「でき」

「みつひで!!!」

「――ッ」

(たぶん。。。罠だよ)


 (とど)まった焔村は気づいた。

 できる、と本当のことを言えば、いたずらに相手の警戒を強めるだけだろう。

 また、悪評は『狩衣』のせいで強まったということが知れれば、精神的なつまずきを仕込むことが難しくなると予想できる。



 そして、できないと嘘を吐くのは、それよりもリスクが高い。



(わすれないで。。。『狩衣』の反動は)

(わかってますよん。『能力を使うたび、ハッタリがバレやすくなる』)


 この反動がどれほどの威力をもつのか、焔村もスオウも断定できていない。

 けれど到底無視できるものでもない。逆嶋や尭史の様子を見れば瞭然(りょうぜん)だった。


 絶対に露見させるわけにはいかない。

 余計な嘘をつくと、その嘘がバレたときに(ほころ)びが生まれ、反動の実情に気づかれることにもなるだろう。


 ゆえに質問に答えるならば、「できる」と言うほかない。

 ただし答えずにはぐらかすことは可能ではある。


(いいえぇ……問題は、質問にどう答えるかではありませんねん。こういう質問が出てきたということそれ自体が、彼らが『狩衣』の何かに気づいたということの表れでしょん。なんだ? 何に気づいたぁ)



「それでどうなのかしら。焔村光秀」

「できるかどうかなんて、お教えできんせんねん。大事なことですものん」


「あらそう。まあ、あなたたちに答える義務もなければ、私たちに答えを追求するに足る論証もない。答えたくないなら、それ以上は訊けないわ。ただ、ひとつ」


 ぴんと人差し指を立てる。

些細(ささい)なことだと思って、尭史にも言っていなかったのだけれど。さっき『狩衣』の能力を聞いて、気づいたことがあるの」

「そうですか」


「セディアルの証言、よ。この際話しておくわ」

「ご自由にどうぞ。それこそ、聞く義務はありませんでしょん。僕はサイドボーディングがしたい」


「準決勝の間。私はこう(たず)ねたわ。『焔村さんは何を目的として動いていると思う? SNoW(このゲーム)を終わらせようとしているんだって言う人もいるんだけど、ありえるかしら』って」

「……」


「彼女はこう答えた。『あの男は小物に見えるね、アタシには。(いや)しい人間を(あざ)笑うのが楽しみでしょうがないって様子さ。アタシの国で、一つの劇団を悪評を流して(つぶ)し、団員が没落するのを道楽にする男、ってのがいたけどさ。同じ匂いがしたね』」

 焔村の顔は崩れない。


「根も葉もない、個人の印象の話よ。鵜呑(うの)みにする気はない。でもこの話が本当なら、点と点が(つな)がるわ。もともと――『サリストム』を潰したときにはすでに――、()()()()()()()()()()()()()()()なか()()()。そのゲームに関わる人々を嘲笑(あざわら)うための、手段に過ぎなかった。違う?」

「トラッシュトークですよん、騎士殿。やめてくださいよん」


「そうね。それでもあくまで騎士として、もう少し言わせてもらうわ、焔村光秀」

 考えながら話しているのか、ジェローナは右のこめかみに指をあてる。


「あなただって、これだけのファンがついているSNoW(ゲーム)を、一人の発言で潰すことなんて出来ないと判っているでしょう。でもそんなこと、そもそもどうだっていいんだわ」

 解が導けたとでも言わんばかりに、焔村へ指を向ける。


「初めからあなたの目的は、IDをしたファイナリストを矢面(やおもて)に立たせることにあった。一度槍玉に上げてしまえば、あとは……さりすとむのぶろぐ? と同じように、気の向くだけおちょくるつもりだったんだわ。時には『狩衣』を応用して、プレイヤーが苦しむ姿を見て楽しむつもりだった。それなら辻褄(つじつま)が合う」


「証拠がなにもないじゃないですのん? 妄想ですよ」

「そうね。自分でも無理やり繋げただけだと思ってる。だからあなたが否定するなら、それでいい。どうなの?」


(無意識で言ってるのかこの女! ふざけやが……のん)

 焔村の眉根(まゆね)がぴくりと動く。


 否定するのは簡単だった。侮辱(ぶじょく)だ、言いがかりだと答えるのはわけもないことだった。

 だが、できない。そんなことは焔村の頭からすっかり抜けていた。



 図星だったのだ。

 自分の生きざまに嘘を吐く気はさらさら起きなかった。

 ズバリ言い当てられたことそれ自体が、ただ不快だった。



「それで。。。何が言いたいの」

 焔村の内心を察したのかどうか、スオウが口を挟む。


「焔村光秀。あなたが本当に、『狩衣』で『清涼で(ハッピー・)甘美な(アイス・)日々(クリーム)』を必要以上に悪いカードだと思わせていたのなら、私は個人的にあなたを敵と見なすわ。それで苦しんだ尭史のためにも。意思を曲げられ、思考を囲い込まれた第三者のためにも」

「それが。。。なんだって」



「もういいですよ、スオウ。ありがとうございます」



 スオウは大きな目をさらに大きくして振り向いた。

 焔村は激しく頭を()きながら、気だるそうに背を椅子にもたれる。


 雰囲気が変わった。

 スオウとジェローナはもちろん、人相に疎い尭史さえ、違和感を覚える何か。

 焔村の(まと)う空気のようなものが、変質したとも言えるだろう。


「あなたがどう思おうが勝手ですよ、騎士殿。ただしひとつだけ訂正させてもらいましょう」

「ひとつ?」


「確かに僕は一般参加者数人に、『清涼で(ハッピー・)甘美な(アイス・)日々(クリーム)』をイカサマカードだと思い込ませる暗示をかけました」


「あ、あなたって人は!」

「けれど、ごく一時的なものですよ。長くても一人頭十分までで、効果は解除しています。かつすべてが昨日のことです」


 焔村はまだ頭を搔いている。

「判りますか? 僕が能力をかけた数人――もちろんフーリガンの全員ではありません――は、わずか数分の間に生まれた義憤(ヘイト)を、そののちの数時間で吟味することすらしなかった。自分の頭で考えることもなく、突発的な印象で悪を決めつけてかかったんですよ」


 ゆっくりと頭から手を離す。

「そんなの、笑わない方がおかしいと思いませんか? 非科学的な野蛮人ですよ」

「何を言ってるか判らない! この小悪党!」


 まっすぐ伸びたジェローナの指の先。

 焔村光秀の唇は釣り上がり、おぞましく笑っていた。

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