95 思考囲い
それから。
「こりゃ、ここまでだな。投げる」
「……」
一本目が終わったところで。
焔村光秀は、ポーカーフェイスを保ったまま悩んでいた。
(どう思いますん? スオウ)
(なに???)
(鮎川サンたち、なにか企んでないでしょうかねん。『扇動者』にすっかり引っかかって、1:4交換されても投了しなかったのは、ただの悪足掻きなんでしょうか)
(それでも。。。おのれらが勝った)
(それは、そうなんですけどん)
決勝戦一本目。
尭史の『先陣の白翼』は結局打ち消された。効果で特殊召喚された『へべれけ赤熊亭の常連』も、行動制限と手札戻しで仕事を果たせず。
後に続いた『騙る天使、カファミール』までことごとく打ち消されたところで、ようやく尭史は投了を宣言したのだった。
(腐っても県を代表する人だ。引き際を弁えてないとは思えないんですよねん)
(でもそれ。。。普通の遊戯の話)
(能力込みで考えればそうとは限らないということですかん。理屈はそうですが、能力の回数が限られていることも踏まえると、現実的ではないと思うんですよねん。結局投了してるわけですし)
(やめよ。。。無駄に悩むと心が鈍るよ)
(うーん答えが出そうにありませんしねぇぇ。スオウはいいこと言いますねん)
「焔村光秀」
と。
テーブルのカードを一度まとめたところで。
ジェローナが凛と声を出した。
「ひとつ質問があるわ」
「一応聞きますよん。答えるかは知りませえん」
「『源三位の狩衣』は、『認知を歪ませる』ものだと言ったわね」
続けようとするジェローナに、一瞬驚いた顔を向ける尭史の顔が目に入った。
「その認知って、どんなところまで作用するのかしら。もしかして、一般参加者に『清涼で甘美な日々』を不条理なカードだと思い込ませる、とか。可能じゃない?」
「でき」
「みつひで!!!」
「――ッ」
(たぶん。。。罠だよ)
止まった焔村は気づいた。
できる、と本当のことを言えば、いたずらに相手の警戒を強めるだけだろう。
また、悪評は『狩衣』のせいで強まったということが知れれば、精神的なつまずきを仕込むことが難しくなると予想できる。
そして、できないと嘘を吐くのは、それよりもリスクが高い。
(わすれないで。。。『狩衣』の反動は)
(わかってますよん。『能力を使うたび、ハッタリがバレやすくなる』)
この反動がどれほどの威力をもつのか、焔村もスオウも断定できていない。
けれど到底無視できるものでもない。逆嶋や尭史の様子を見れば瞭然だった。
絶対に露見させるわけにはいかない。
余計な嘘をつくと、その嘘がバレたときに綻びが生まれ、反動の実情に気づかれることにもなるだろう。
ゆえに質問に答えるならば、「できる」と言うほかない。
ただし答えずにはぐらかすことは可能ではある。
(いいえぇ……問題は、質問にどう答えるかではありませんねん。こういう質問が出てきたということそれ自体が、彼らが『狩衣』の何かに気づいたということの表れでしょん。なんだ? 何に気づいたぁ)
「それでどうなのかしら。焔村光秀」
「できるかどうかなんて、お教えできんせんねん。大事なことですものん」
「あらそう。まあ、あなたたちに答える義務もなければ、私たちに答えを追求するに足る論証もない。答えたくないなら、それ以上は訊けないわ。ただ、ひとつ」
ぴんと人差し指を立てる。
「些細なことだと思って、尭史にも言っていなかったのだけれど。さっき『狩衣』の能力を聞いて、気づいたことがあるの」
「そうですか」
「セディアルの証言、よ。この際話しておくわ」
「ご自由にどうぞ。それこそ、聞く義務はありませんでしょん。僕はサイドボーディングがしたい」
「準決勝の間。私はこう尋ねたわ。『焔村さんは何を目的として動いていると思う? SNoWを終わらせようとしているんだって言う人もいるんだけど、ありえるかしら』って」
「……」
「彼女はこう答えた。『あの男は小物に見えるね、アタシには。賤しい人間を嘲笑うのが楽しみでしょうがないって様子さ。アタシの国で、一つの劇団を悪評を流して潰し、団員が没落するのを道楽にする男、ってのがいたけどさ。同じ匂いがしたね』」
焔村の顔は崩れない。
「根も葉もない、個人の印象の話よ。鵜呑みにする気はない。でもこの話が本当なら、点と点が繋がるわ。もともと――『サリストム』を潰したときにはすでに――、あなたの目的はゲームの破壊ではなかった。そのゲームに関わる人々を嘲笑うための、手段に過ぎなかった。違う?」
「トラッシュトークですよん、騎士殿。やめてくださいよん」
「そうね。それでもあくまで騎士として、もう少し言わせてもらうわ、焔村光秀」
考えながら話しているのか、ジェローナは右のこめかみに指をあてる。
「あなただって、これだけのファンがついているSNoWを、一人の発言で潰すことなんて出来ないと判っているでしょう。でもそんなこと、そもそもどうだっていいんだわ」
解が導けたとでも言わんばかりに、焔村へ指を向ける。
「初めからあなたの目的は、IDをしたファイナリストを矢面に立たせることにあった。一度槍玉に上げてしまえば、あとは……さりすとむのぶろぐ? と同じように、気の向くだけおちょくるつもりだったんだわ。時には『狩衣』を応用して、プレイヤーが苦しむ姿を見て楽しむつもりだった。それなら辻褄が合う」
「証拠がなにもないじゃないですのん? 妄想ですよ」
「そうね。自分でも無理やり繋げただけだと思ってる。だからあなたが否定するなら、それでいい。どうなの?」
(無意識で言ってるのかこの女! ふざけやが……のん)
焔村の眉根がぴくりと動く。
否定するのは簡単だった。侮辱だ、言いがかりだと答えるのはわけもないことだった。
だが、できない。そんなことは焔村の頭からすっかり抜けていた。
図星だったのだ。
自分の生きざまに嘘を吐く気はさらさら起きなかった。
ズバリ言い当てられたことそれ自体が、ただ不快だった。
「それで。。。何が言いたいの」
焔村の内心を察したのかどうか、スオウが口を挟む。
「焔村光秀。あなたが本当に、『狩衣』で『清涼で甘美な日々』を必要以上に悪いカードだと思わせていたのなら、私は個人的にあなたを敵と見なすわ。それで苦しんだ尭史のためにも。意思を曲げられ、思考を囲い込まれた第三者のためにも」
「それが。。。なんだって」
「もういいですよ、スオウ。ありがとうございます」
スオウは大きな目をさらに大きくして振り向いた。
焔村は激しく頭を搔きながら、気だるそうに背を椅子にもたれる。
雰囲気が変わった。
スオウとジェローナはもちろん、人相に疎い尭史さえ、違和感を覚える何か。
焔村の纏う空気のようなものが、変質したとも言えるだろう。
「あなたがどう思おうが勝手ですよ、騎士殿。ただしひとつだけ訂正させてもらいましょう」
「ひとつ?」
「確かに僕は一般参加者数人に、『清涼で甘美な日々』をイカサマカードだと思い込ませる暗示をかけました」
「あ、あなたって人は!」
「けれど、ごく一時的なものですよ。長くても一人頭十分までで、効果は解除しています。かつすべてが昨日のことです」
焔村はまだ頭を搔いている。
「判りますか? 僕が能力をかけた数人――もちろんフーリガンの全員ではありません――は、わずか数分の間に生まれた義憤を、そののちの数時間で吟味することすらしなかった。自分の頭で考えることもなく、突発的な印象で悪を決めつけてかかったんですよ」
ゆっくりと頭から手を離す。
「そんなの、笑わない方がおかしいと思いませんか? 非科学的な野蛮人ですよ」
「何を言ってるか判らない! この小悪党!」
まっすぐ伸びたジェローナの指の先。
焔村光秀の唇は釣り上がり、おぞましく笑っていた。




