90 清浄の名誉
鮎川尭史に言わせれば、オタクとは生き様である。
いついかなる時でも趣味のことを考え、没頭する。
気に入ったものは蒐集し、知りつくそうとする。
そうした心の動きこそ、オタクと呼ぶべきものだ。彼はそう考えていた。
それは裏を返せば。
趣味が趣味の範疇を超えたとき、生き様ごと変転しうる――ということをも、意味していたのかもしれない。
◆
殺風景な地下室を出、何気なく左手で開き戸を閉める。
「どこへ、行かれるんですのん。鮎川サン」
焔村光秀の声は、すぐ後ろから聞こえてきた。
「焔村か。ご足労だな」驚きもしない様子の尭史。
「大したことじゃありませんよん。大事な用がありますから――おやぁ?」
振り向いた尭史を見た焔村は。
細い目をやや大きく、見開いた。
「鮎川サン、どうかされましたかねん。さっきとは随分、面もちが違うようですがん」
「単純だよ。腹が決まったんだ」
ふうん、と焔村。尭史の答えを聞いてもいないのに、面白くなさそうな顔をする。
「鮎川サン。規約上は問題ないことを確認してあるますよん。僕の条件を呑めば、あなたは間違いなく900万を得られる」
「あっそ」
「欲しいんでしょん? お金。まあ立ち話もなんですし、とりあえず中に入れてくれませんのん?」
尭史はまた、意味ありげに腕を組む。
「おまえと座って話す気なんかないよ」
「あら?」
「オレはおまえに、啖呵を切りに出たんだ」
「それはまた、逆嶋サンみたいなことを言いますねん。なにか吹き込まれたんですのん?」
「最高のゲームが控えてて、オレがそれをしたい。それだけだ。もういいだろ、自分の部屋に戻ったらどうだ?」
「つれませんねん」
ヤダヤダ、と言わんばかりに焔村は大きく首を振る。
「妹さんのことがある。それでなくとも、ラクにお金が手に入るというのに。そのチャンスをフイにしてまで、やるべきゲームなんてものがあるんですのん?」
「あるんだよ。ゲームへの愛と、国で一番を決める舞台。その二つさえあれば十分だ。カードゲーマーの誇りをかけて、オレは戦う」
「カードゲーマーに誇り、ですって!」
すると焔村は急に笑い出した。
「実に面白い冗談ですねん、鮎川サン。カードゲーマーなんて、ダメ人間の代名詞みたいなものでしょん? シャークトレードに偽カード印刷、レア抜きや、不当なオリジナルパック販売なんかで得をしようって手合いばかり。勝つためならイカサマも盤外戦術も上等ですしぃ。都合が悪いことや、自分のやりこみ不足に至っては、なんでも悪運のせいにする! そういうクズ野郎の集まりだってことは、あなたの方が詳しく知ってるハズですよん。それでも誇りがあるって言うんですのん?」
「逆だ。そういうプレイヤーが多いからこそだ。余計な口なんか出さず、スポーツマンシップに則って。正々堂々、真っ向から戦って、思いっきりゲームを楽しむ! ただ強いだけじゃダメだ。邪念ありきなんて、もっての外。オタクながらの美徳を捨てない生き様をこそ、きっとこう呼ぶんだって、オレは気づいたんだよ」
「へえ」
「真の決闘者の誇り、ってね」
馬鹿にするように、焔村は鼻で笑った。
「仮にそうだとすれば、鮎川サンは真の決闘者じゃあないでしょん。並のプレイヤーに、自分だけ『持ち主』の能力を使って勝つのは、正々堂々でもなんでもないですしねん」
「判ってるよ。オレは落第だ。無自覚ではあったけど、それだけのことをしたと思ってる。もう誰も、オレを真の決闘者だなんて認めはしないだろうさ。それでも誇りを持ちたい。おまえとは能力込みで戦って、楽しみたいんだ。別にいいだろ、どんな時代であれ、誇りに認定試験なんか無いし」
「とんだサンチョ・パンサが出来上がっていたようですなん」
焔村が肩をすくると、どこからか声がした。
「たいくつ。。。犬も食わない」
尭史は眉を吊り上げる。焔村は首を振って、胸元からスオウを取り出す。
「こらスオウ、面と向かってそんなこと言うもんじゃありませんよん」
たしなめられて、スオウは頬を膨らませる。
「聞き捨てならないわ」ジェローナが食ってかかる。「誇りが退屈で、価値もない、とでも言うの?」
「むだだよ。。。お腹ふくれない、もん」
「あなただって、どこぞの名家に仕える身なのでしょう? よくもそんなことが言えるわね」
「ローナ」
ややきまりが悪そうな尭史。
(確かにあの頃の――今目の前にいるバージョンのスオウは、北条家に仕えてる。けどしょせん、いいメシを食うためと割り切っている)
「……!?」
(貪欲な孤児のスオウと、倹約・慎重・協調が特徴の後北条家は、ウマが合わなかったのかもな。結局後のパック、五年後のスオウは、質のいい米と南蛮の砂糖菓子につられて北条を裏切るんだ)
「考えられないわ!」嘆くように頭を抱える。「それじゃあ獣よ」
「いきもの。。。人間もみんな生き物」
「個人の研鑽次第で、ヒトは高みに行けるものじゃない」
「それでも。。。おなかは減る」
「心と態度の問題なのよ。獣と同じ生活では、ヒトは生きられないのだから」
「おんなじ。。。獣と同じものもないと、ヒトはすぐ死ぬの」
「そこまでですよん、スオウ。これ以上話しても事態は変わりそうにありません」
やれやれ、と言った様子で、焔村は大きなため息を吐いた。
「ああ。交渉は決裂だよ、焔村。話すことはない。戻れよ」
「仕方ありませんねぇん。そこなジェローナサンに影響されたあなた、このスオウに同調した僕。相容れることはないようですねん」
「まったくどこまでも気持ち悪いヤツだよ、おまえは。オレたちが必ず優勝する」
「僕はどっちでもよかったのに。面倒だなぁん」
もう一度鼻で笑って、焔村は踵を返した。
逆の方向から、「鮎川さん準備できました。すぐ出てください!」とスタッフが叫ぶ。
(じゃあ行くか。ローナ)
「ええ。勝ち試合よ」
二人はすっかり、気の晴れた顔をしていた。
謎は残っている。勝てるかも判らない。
それでも余裕をもち、ニヤニヤしながら顔を見合わせていた。
(まったく剣聖様は、兵を鼓舞するのが上手いな)
「あら。兵ではなくて、決闘者なんでしょ?」
(おまえがそう呼んでくれるなら、おれは胸を張れるよ」




