89 統一された意思
「中村さん待たせてあるけど。どうする?」
「ふぁっ」
化粧室で顔を洗ってきたあと、尭史はずっと呆けていた。
(あれ、もう十分なんてとっくに過ぎてるな。入らないように言ってくれてたのか?)
「そうよ。気が利く女だと褒め称えなさい」
(さすがローナ! 日本一のおかみ! 流星映す剣聖!)
「フッフーン!」
尭史は適当なことを言ったつもりだったが、ジェローナは心底嬉しそうだった。
(こいつ、女将を女の将軍だとでも思ってねえか?)
「で、どうするの? 部屋来てもらう?」
(いや。やっぱいいや。オレから謝っとくよ。頼みたいこともあるし)
と言って、またケータイを握った。
「おう鮎川。いつでも行けるぜ」
「わり、事情が変わったんだ。他にやって欲しいことを思いついた」
「ん? まあいいけど。なんだ?」
「三決が終わったあとの北田気に、焔村戦の話を聞きに行ってほしい」
「なっ」
中村は、蛇につままれた蛙もさぞやというほど、声を震わせた。
「お、おおおおおおおおい。じょじょ冗談はよせよ。ウソだろ? ウソだよな?」
「マジで言ってんだ、中村。実際に対峙した北田気なら、焔村とスオウの能力のヒントを握ってるかもしれないだろ?」
「それはそうだが! おまえ、負けたあいつがどうなるか、知らないのか!?」
「知ってるよ。いつも悔しがって当たり散らす。ゴジラさながらに暴れまわるよな」
「じゃあ勘弁してくれよおおお」
中村は涙声だった。
「昔っからそうなんだよ。あいつは死ぬほど負けず嫌いなんだ。誰よりも負けるのを嫌うからこそ、誰よりも勝つために努力する、そういうヤツなんだよ! その源に、最高の舞台を前に負けてきたあいつに! わざわざ殴られに行けってのか!?」
「いやまあ、殴られるのが目的ではないけども」
「じゃあいいじゃねえがよお。あいつが今、どんな顔で三決してるか、見てみろよ。今すぐ懐からマシンガン出して、そこらじゅう火の海にしそうな顔だぜ!」
「そりゃずいぶん小型なマシンガンだ」
「比喩だよおおおうるせえなああああああ」
「でもそこをなんとか頼むよ、中村。日本一になるには、一つでも多く焔村の情報が欲しいんだ」
「じ、じゃあ、準々決勝で焔村と戦った佐藤と話すのでどうだ? 情報って点では一緒だろ?」
「ジェローナが焔村対佐藤をチェックしてないんだよ。一緒に考えたいし、できれば北田気の見解がいい。おまえにしか頼めないんだ。やってくれないか」
「いやでもマジで怖くて……えっなにアンネ。こんなに頼まれたらやるのがいい子だって? いや俺いい子とか柄じゃないってば」
その後しばらくゴネる。しかしアンネシーラに丸め込まれたらしく、結局。
「くそ。判ったよ! 行きゃいいんだろ行きゃ。期待すんなよおまえら。あっいやアンネ褒めても無駄だぞ」
そう言ってわざとらしくため息を吐いた。
「鮎川おめー覚えてろよ。この借りは豚ダブルじゃ済まねえからな」
「感謝するよ」
そこで電話が切れた。
(結局流されたな、中村)尭史がぼやく。
「もう尭史、中村さんいじめるの楽しんでなかった?」
(さあね。どっかの騎士様と趣味が似たのかな)
「実にいい趣味をした御方ね。きっと超絶美少女に違いないわ」
(まったくその通りでござんすよ)
「ていうかそんなにすごいの? 北田気さん。朝方の様子からは想像できないけど」
(すごいよ。意外だったか)
「まあ、そうね。精神的に円熟してるように見えたものだから」
(考えてもみろよ。今まで戦ってきたのもロクデナシばっかだったじゃねえか。推しカプ作れなくて泣きだすヤツから始まって、ネトスト、自分の意見大好きマンに、節操ないオカマ、犯罪スレスレの守銭奴だ。悔しくてゴジラになるくらい、可愛いもんだろ)
「うわあ。自分は違うって? イヤな男だこと」
(まさか。オレが一番ひでえよ)
ジェローナから直角の方向に顔を背けながら、自虐的に笑う。
(自己犠牲で周りが見えなくなるわ、カードのことしか考えねえわ。……あげくカードの女を本気で好きになっちまった)
「ひぇっ」
ジェローナは思わず顔をおおった。
「ふ、不意打ちは騎士道に反するわ! 誰に似たって言うのかしら!」
(そりゃ逆嶋さんに童貞だなんだと煽られても、なんも言い返せねえってもんだろ。さて)
尭史はすっくと立ちあがり、一つ大きく息を吸う。
「行くか」
「ん……どこへ?」
尭史はこれ見よがしに腕を組む。
(焔村のとこだよ。もう心は決まったんだ。今度はこっちから宣戦布告しよう。待ってるのも癪だろ)
まだ赤い顔をしながら、ジェローナはクスリと笑った。
「いい考えね。初めてあなたの、心技体がそろった姿を見れた気がする」
(なるほど。言いえて妙だ)
貴重品をもちジェローナを胸ポケットに入れ、尭史は扉を開けた。
※中村と北田気はいとこ同士(第4話参照)




