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88 人生は続く

 尭史はとっさにジェローナの方を見た。

「ん、なに? アンネになら連絡したわよ。十分くらいで来るって」


「ってことは、伊奈が言ったのか? いま? うぬぼれるなって?」

「そうだよ。他の人なわけないでしょ」

「いやまあ」

 尭史は心の中でぼやく。

 ……午前中にも別のヤツに、同じようなこと言われたんだけど。


「なんだ。なんかしたっけオレ? あっこないだ行ったとき勝手に絵筆洗ったからか?」

「それはどうもありがとう! 関係ないよ!」

「ああっあいや伊奈さんなんかすみません!」


「尭史ってホント、根本的にビビリよね」

 傍観(ぼうかん)に入っていたジェローナは何食わぬ顔をしている。

(うっせ!)

 


「ずっと生放送を見てたんだよ」

「あ、そ、そうだったのか」

「前からそうだよ。応援してるんだからね」

「いつもありがとう……ございます?」


「そしたら今日はなに!」

 バァン! という音が電話越しに聞こえてくる。熱血教師が黒板を平手打ちしたかのようだった。

(なにを叩いたんだ)

 尭史はさらにビクビクする。


「あんな顔でプレイして! 全然楽しそうじゃなかった!」

「うッ!?」


「よく見てるわね、妹さん」

 尭史が狼狽(ろうばい)している間に、ジェローナが口をはさむ。

「あなたが守りたがる家族ってだけある」


「画質だ、画質が悪くてそう見えたんじゃないか。ほら、病院じゃ大した回線入らないだろ」

「くだらないこと言わないでよ! 準々決勝なんか、魂が抜けたようだったもん。今まではもっと楽しそうにしてたんだから。見間違いのレベルじゃないよ」


「だ、だったらなんだよ」

 尭史の眼は泳ぎに泳いでいる。

「オレがどうプレイしようが、勝手だろ。なにがうぬぼれだって言うんだよ」


「ねえ。私ね、知ってるんだよ。その大会で日本一になった人は、たくさん賞金がもらえることも」

 間を置いて、伊奈が言う。

 静かだが、(しん)のある声で。

「お母さんたちが昨日、すごい気迫になって、応援行くって言いだしたのも」


 尭史は息をのんだ。次いで生唾(なまつば)を飲み込んだ。

「確かに今日、来てたよ」

 なんとかそれだけ言った。


「信じられなかったよ、私。絶対今まで、反対してたでしょ。なのに急に、手のひら返したみたいに」

「そんなこと、ないよ。今までだって」

「嘘。賞金が出るってこと、私が昨日教えたんだよ。前から応援してたなら、知らないはずないよ」

「それ、は」


「すごく変な戦い方をしだしたお兄ちゃんと、金額を知って急に態度を変えたお母さんたち。それだけじゃないよ。先週の日曜日から、みんな様子がおかしいの。ねえ、これって偶然? 私になにか隠してない?」

「偶然、だよ」

 自分の言葉に説得力がないことに、尭史はもう自分でも気づいていた。


「ここからは私の推測だけど」

「……待てよ」

「お兄ちゃん、お金のために大会行ってない? そしてそのお金を、私の」

「違うッ!」


 伊奈が驚いたのが、尭史には顔を見なくても判った。

「その先は、言うな。おまえは考えなくていい。勘違いだよ」

「ううん。言うよ。言うなって言うならなおさら。違うって言うならそういうことでしょう。私が一番考えなきゃいけないこと、だよね」

「――ッ!」

 すぐに立ち直ったのだということも、判った。

 伊奈が大きく息を吸った音がした。


「ねえ、お兄ちゃん。お兄ちゃんが頑張ってくれたら、私にはなにかいいことがあるんだと思う。たぶん、この病院から出られるの」

 尭史は答えない。


「でもそれが、お兄ちゃんがなにかを犠牲にしてのものだったら、私は素直に喜べないよ」

 尭史は答えない。


「カードのこと全然わかんないけど、お兄ちゃんが普通じゃない勝ち方をしてるのは判るんだよ。きっとそのせいで、お兄ちゃんを嫌いになった人が増えちゃったってことも知ってるの。お兄ちゃんにひどいことしようとする書き込みだって見てるんだよ」

 尭史は答えない。


「それで退院できたとして、()()()()()()()()()()()? 私のせいでお兄ちゃんがみんなに嫌われて、いやがらせを受けたりもして、大好きだったカードゲームをやりづらくなって。みんな知ってて、それでものほほんと過ごすなんて、できないよ」

 尭史は答えない。


「お兄ちゃんがお兄ちゃんじゃなくなってくようで、嫌だよ。お兄ちゃんの中のなにかが死んじゃったみたいだった。お兄ちゃんらしさを私が、殺しちゃった気さえするの。すごく、悲しい。こいうの、罪悪感って言うのかな」

 尭史は答えない。


「こんな気持ちを、ずっと、ずうっと、抱えながら生きろって言うの? そんなに私が、無知で、傲慢(ごうまん)で、鈍感のニブチンで、恩知らずでジコチューで考えなしで見苦しくて――お兄ちゃんを愛してないとでも思う?」



 尭史は、答えられなかった。

 対戦相手に何を言われようが、運営からどれだけ疑われようが、大衆になじられようが、TCGを捨てる運命を知ろうが、涙だけは見せなかった尭史が。

 今は隠すこともなく、泣いていた。



「でも、金が、なかったら、おまえは」

 つっかえながら、かろうじて言った。

「それでお兄ちゃんが苦しむ姿は絶対に見たくない」

「オレはいいんだ! 嫌われる程度の覚悟はできてる!」

「だとしても、お兄ちゃんは苦しんでる! それじゃダメなの」

 尭史は(むせ)び、割れそうなほどにケータイを(にぎ)った。


「いいのかな。こんなときにオレ、楽しもうとしたって」

「いいんだよ。苦しみが美徳、それで誰かを救えるなんて思うのは、それこそうぬぼれだよ」

 尭史はもう、声を抑えることもできなかった。


「お兄ちゃんは苦しむために生きてるんじゃないでしょう。黙って抱えて、(つぶ)れてほしくない」

 伊奈も泣き出していた。

「私だってお兄ちゃんが大好きなの」


「ありがとう、伊奈。オレも愛してる」

 しばらくして、尭史はそう言った。


「私のために頑張ってくれるのは、嬉しいんだよ。でもお兄ちゃんにはやっぱり、好きなものを楽しんでほしいよ。そのあとで、よかったねって、お祝いさせてよ」

「それ、は」



 涙を(ぬぐ)いながら。

(ローナ。いや、『流星映す剣聖、ジェローナ・メイル』。真の騎士と見込んで、答えてくれ)

 尭史はジェローナに向き直った。


(この世に命より重い誇りはあるか?)


「あるわ」即答だった。


(平行世界を越えたとしても、その重さは変わらないのか?)

「聖染騎士の誇りは変わらない」

(普通の女の子にも、誇りは芽生えるのか?)

「妹さんの言葉がすべてよ」

(それを踏みにじっちゃ、いけないな)


「そうよ。あなたを苦しませないことが彼女の誇りなら、その尊厳を守りましょう」


 ジェローナ・メイルは腕を組んだ。

 味方を鼓舞する強いまなざしに、揺るがぬ自信を湛える白い歯。

 敵軍に居城を包囲されたときに見せた、威風堂々たる剣聖の姿が、そこにあった。


「信じなさい。必ずあなたを優勝させる。それで全部上手くいく。妹さんの誇りも命も、私が守ってみせる!」



 尭史はもう泣いていなかった。

 赤い目をしながら、その顔つきは覚悟に満ちていた。

「判った。おまえが言った通りにするよ、伊奈。オレが好きなものを、オレが楽しんでくる」

「うん! そうしてきて」


「けどおまえのためなら、オレはなんでもするつもりだ」

「知ってるよ、そんなこと」

 伊奈はきっと笑っている。そう想うと、尭史も自然と笑っていた。

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