75 幼年期の怪物
同じ頃。
焔村光秀は薄ら目で、尭史と逆嶋の卓を見ていた。
彼がいるのは、ベスト4進出者のための特等席。実況や解説員と同列に位置している。二人を挟んだ先には北田気もいて、熱心にコメントをしていた。
サイドボーティング中の今は、映像を再生しながら一本目を振り返っている。
他の三人は侃々諤々といった様子であるが、『持ち主』である焔村からすれば、まったく的外れな会話でしかない。表面的に難しげな顔を作りながら、話は適当に聞き流していた。
(何度見てみても、ぜぇんぜぇん見えませぇんねぇん)
ちらちらと目を向ける先、試合中の場は、濃い霧のようなものに覆われている。
時折二人の人影がうっすら透ける程度で、表情などはいっさい判らない。
(でもこっちは見えるんですよねぇん)
実況のための中継画面に目を向ける。
カメラを通した映像は、何も奇妙な点がない。
霧などはない。すっかり晴れている。ジェローナとセディアルが立体的に見えるということもない。
また些細なところで言えば、ゲームには余計な会話が一切聞こえない。
そしてそれ以上に焔村の関心を引くのは、そこに審判がいるということであった。
(あの中、どぇ見たって人影が二つしかねぇんですよねぇん)
目の前に審判は居ない。
しかし、映像の中には居る。
実況などの口振りからしても、やはり居る。
(『持ち主』にだけ、認識が歪められる。あるいは正しく届く。どちらが正式なのか……は、イギリスの哲学者が好きそうなテーマですねん。まあどっちでもいいんですけどぉ~)
「。。。」
(そういうことですかねん? スオウ、これってありえるでんしょうか)
スオウはすぐ、三度うなずく。
「ありえる。。。創世導師の演出」
(それしか考えられませんよねぇ。持ち主同士の口げんかでもさせたいのかしらん)
焔村はぐ、と背を伸ばす。それ以外の結論は思いつきそうにない、と割り切った。
(まあ発端も方法も保留でいい。創世導師が絡んでちゃあ、全部理解するのは土台不可能でしょうしねん。それよ~りも~~、効果と応用を考えたいでっすん)
ちらと生放送側の様子を窺ってから、すぐ意識を戻す。
(逆嶋サンの性格と鮎川サンのプレイが衝突して、二人が……というか逆嶋さんが、黙っているハズはありません。まして絶対に取りたかった一本目を奪われたのだから。あの映像のように静かに負けを認めるなんて! とても信じられませんのん)
それを聞いたスオウは、はっとした様子を見せる。
「きけない。。。姿と一緒」
(ええ。ぼくもそう思いますよん、スオウ。あの中の会話は、実のところぼくたちには届かない。あの演出を通して、視覚や聴覚の情報は、創世導師に削られる。ゆえに常人には関知できなくなる。逆を言えばーーあの空間の中では、対戦相手に何でも言える)
お客さんにも審判にも聞かれませんからねん。そう言う口角はすこし上がっていて。
「だいじ??? それ」
しかし、スオウには理解されなかった。
(うーん。意外と使い道があるかも知れない、程度の事ではありますけどねん。それに逆嶋サンが勝ってくれれば、杞憂に終わることですしぃ)
「。。。」
スオウはキョトンとして、丸い目で焔村を見上げる。
(不思議そうな顔ですねん?)
「いいの。。。どっちでも」
(どちらが勝つかですか? いいですよん)
焔村はあっけらかんと答える。
(そりゃあ、逆嶋サンが勝ってくれるっていうのが、最初のシナリオではありますよん。でも鮎川サンになったら、それはそれで面白い)
「うん。。。きっとそう」
(もし鮎川さんが戦わないでくれるなら、むしろ逆嶋さんより好都合かもしれませんねん。もし戦うなら……ちょっとオアズケされちゃいますけど。それでもこの状況では、ぼくらが負けたりしないでしょん?)
「えんしゅつ。。。邪魔かも」
(まあ、あの空間がプレイや能力を妨害してきたら、確かにわかりませんけどねん。さすがに無いと思いたいとこすん)
スオウは軽く頭を掻く。ひょっとして冗談のつもりだったのかと、焔村はふと思った。
ここで選手のサイドボーティングが終わった。
画面の中では、準々決勝と同じように、審判がデッキをシャッフルしている。
空間の中には相変わらず、その人影はない。
(そういえば鮎川サンって、なんであんなデッキを選んだんでしょうねん)
焔村はぼんやりとこぼす。
「いまさら??? そんなこと」
(それはまあ、そうなんですけどん。ふと準々決勝の様子を思い出すと、デッキと人柄の相性がイマイチ良くなさそうだな、なぁんて)
「???」
スオウは身を乗り出す。カードのイラスト枠いっぱいに顔が出てきて、焔村は微笑んだ。
(この大会を通じて彼がとってきた戦略って、要するに初見殺しの連続なんですよん。あの手この手で、理不尽な勝ちをかっさらっていく。対策の取りようのない押しつけを繰り返す。対話なんてシカトってことですねん)
スオウは小首をかしげる。
「ぼうぎん??? 例えば」
(将棋の棒銀戦法ですのん? うーん、どうでしょん。そもそもマトモに勝負しないって風ですからねん。正面切った戦いで決着をつけようとせず、ひたすら敵将の暗殺を狙う、と言うのが良いでしょかう)
「ひれつ。。。きたない」
(そうなんです)
焔村は何度も頷いて見せる。
(それこそ彼が嫌われる理由というわけですのん)
すると今度はスオウが、むすっとした顔でうなずく。
「よくないこと。。。ダメって言われた」
(でしょうねえ。北条氏の名を下げるような行いは、堅く禁じられたと思いますん。戦争っていうのは、決して結果だけを参照されるものではありませんし」
「おのれ。。。わかんなかった」
(スオウが自分のことをおのれって呼ぶの、ぼくはまだ慣れませんよ)
焔村はうっかり、フフッと声を漏らす。
(それはそれとして。……勝利っていうのは、それだけでは勝利でしかないってことですのん。試合に勝って勝負に負けては意味がない。大抵のことには、勝敗より優先すべき目的がある。そういうものを見失ってはいけないのんだ。スオウ、前の世界で聞かされていたのは、そういうことじゃないかと予想しますよん)
判ったのかどうか、スオウはひたむきに焔村を見つめる。
(おおっと、鮎川サンの話だった。あの戦法がマナーレベルで卑劣だってことは、彼自身気づいてるハズなんですのん。そして、性格的に見て、そういうのを誰よりも嫌いそうな人柄でもあるんです。あのデッキを好むのはもっと、心臓に毛が生えたような人間。それこそ可視の損得に執着する、逆嶋サンのような人なんですんが)
もうマリガンも済んだ。焔村の目線は中継に移っている。
それでもスオウへの投げかけはやめない。
(もちろん他に勝てるデッキの選択肢はあったっし、その中にジェローナサンの能力を活かせるものも含まれている。にもかかわらずアレを使っているというのが、やはり不可解に過ぎるんですのん)
後半はほとんどボヤきに近く、諦めの色も含んでいた。
そうした微細な感情を、まだスオウは読みとれない。
ゆえに彼女は、真面目に考えた。
幼い顔に、精いっぱいシワをよせて。
「あせり??? 時間なかったとか」
そうしてしぼり出た一言は、何気ないようで。
「それだ」
実は焔村が声をあげるほどの、ひらめきであった。
(そうだ、その可能性がありました。ぼくらが持ち主となった順番なんて、考えても意味がないと思ってました。でも、彼が本当の意味で三人目ということなら! ジェローナとの組み合わせを吟味する時間も、デッキを練る余裕も、共になかったのなら。あの選択は、非常に自然です。……のん)
束の間、目の前の試合のことが頭から抜けた。焔村にとって、それほど衝撃的だった。
(ぼくらは――本気でゲームをする人間は、綿密に準備をするのが、当たり前なんです。だから気づかなかったんでしょうねん。鮎川サンも他に、事前に用意していたデッキがあったでしょう。だけど大会の直前に生きるFFを得たことで、予定が狂った!)
焔村の得心は、言葉に直して確信となった。
(うん、きっとそれで間違いない。ナイスですよん、スオウ。よく気づきました)
それを聞いたスオウは、寄せたシワを反動にするように、頬を緩ませるのだった。




