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かみどろ! -異界転写の女騎士-  作者: 賀来大士
二日目: 準決勝A
65/106

65 心の守り手

 会場がごった返す昼時を狙って、尭史は外に出た。

 ついさっきまでは、ずっと控え室に引きこもっているつもりだった。だが焔村の話を聞いた後だと、あの控え室にいる気がどうにも失せてしまっていた。


 昨夜から持ったままの月居の借り物を身に着けながら、レイヤー達に紛れ込んだ。幸運なことに、それでフーリガン達の目に止まらずに済んだ。


 とはいえ当てはなかった。何者かと鉢合わせそうな、根拠のない漠然とした不安だけはあった。

 どこか店に行く気にはなれなかった。逃げ場がないのは困る。そう思った。

 会場から離れるにつれ、人が減るにつれて、かつらやサングラスを外していく。

 人のいない方、いない方へと歩いて、……ふと気が付くと見覚えのある場所に来ていた。



 一回戦が終わった後、月居と話した倉庫地帯。

 猫一匹いない。青年の求めるままを描いたように、落ち着いた空気。

 埃っぽいような海風が一つ、くすぐるように通り過ぎた。

 昨日とまるで変わらない、穏やかな風だった。



 そのうえ。

「や、鮎川くん」

 示し合わせたかのように。

 そこに月居がいたことまで、変わらなかった。 

「偶然だね」


 月居は昨日と違い、地べたではなくコンテナの上に座っていた。

 大きなスカートと麦わら帽子がそよ風で揺れる。


「何してんだよ、こんなとこで」

 ごく平坦な声が出た。尭史自身、自分の声で驚いたほどだった。

 月居と会う約束なんて、さっぱりしていなかったというのに。


「鮎川くん来てくれそうな、気ぃしてたんだー」

 月居はにこやかな様子で、足を広げた。

 学校の小テストでいい点を取ったような喜び方だ。尭史はそう思った。

 高校の教室での月居を知っているわけではないが、ちょっと恥ずかしそうな様子がぴったりだった。


「そいつは、奇遇だ。おれもそんな気がしてたよ、たぶん」

「たぶん?」

「それも併せて奇遇ってこと」

「ん~?」

「どっから登ったんだよ、パンツ見えるぞ」

「そっち。見たかったら登らなくてもいいよ」

 悪戯っぽい笑顔で手櫛をひとつ下ろした。



「鮎川くん、緊張してる?」

 コンテナをよじ登った尭史が隣に座ると、月居が言った。 


「まあ、そうだね。してないって言ったら嘘になるよ」

「素直に言いなよ」

 笑いながら、拳を当ててくる。力はなく、単に尭史の肩に当たっただけだった。


「いや、本当に。緊張で死にそうとか、そういうのはないんだけど」

「けど?」

 言葉を選んでいると、月居は大きな眼で尭史をのぞき込んだ。

 なるほど穴が開きそうだ、などと適当なことを思った。

「いや、なんてーかな。つまり……なんのために勝つんだっけな、とか思っちゃって」


 すると月居は口をとがらせて、きょとんとした。

 そりゃそうだ。尭史はそう思った。

 なんでもない、気にしないでくれーーそう言うつもりで、また口を開いて。



「楽しむためでしょーよ?」

 月居に、先を越された。

 その何気ない一言は、まさに尭史の脳天を貫いた。



「私の知ってる鮎川君は、いつだってSNoWを全力で楽しむ人だよ。全国で得る名声とか、賞金とか、そういうのには目もくれないで。純粋にゲームに打ち込む、まっすぐな人。自分が勝つこと、仲間が勝つことを、誰より喜べる人だ」



 言い終わるまで、尭史は月居から目が逸らせなかった。

 図星だったのだ。


 この一週間、ずっとSNoWが楽しくなかった。

 伊奈を救うこと、優勝することだけを求めては、他のすべてを犠牲にしていた。


 寝ても覚めてもカードのことを考えて。

 喜び勇んでゲームに臨む。

 自他共に認める生き様を、いつのまにか棄て去っていた。


「おれ、そんなに?」

 苦し紛れに出した声は、鈍臭くどもっていて。

 月居は無邪気に笑いだした。

「へへ、うん。鮎川君さ、昨日から勝っても笑ってなくない? 土浦来てくれるときは、強い人に勝ったら……ううん、戦ってるだけでも、ニヤニヤしてるのに」

「ニヤニヤね」

「笑うの下手なんだもん」思い出したようにまた笑う。

 その笑顔が目に入らないほど、尭史はまだ衝撃を感じていた。



『ねえ、お兄ちゃん。楽しんできてね。それから』

  ふいに伊奈の言葉も、頭に蘇ってきた。

 つい一昨日の驚きが、また心に降ってきた気さえした。

『来年も、再来年も、出場してね。ずっと、楽しんで』



「そうだーーそうだよな」

 伊奈の思いをも噛みしめるように、尭史は言った。

「難しいゲームこそ楽しむのが、いつものおれだった」


 尭史は上を向いた。まっすぐ自分を見つめる月居には気づかないまま、青空に向き合った。

「やるよ。いつもみたいに、面白がって。そしてだ! そして、勝ってくる」


 笑顔のままの月居は、目を細めたままで。

「うんっ」

 どこか嬉しそうに、膝を抱いた。

「それでこそ鮎川くんだよ。私が、よく知ってる」

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