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かみどろ! -異界転写の女騎士-  作者: 賀来大士
二日目: 準決勝A
63/106

63 上位の人間、焔村

 飄々(ひょうひょう)とした物腰は、昨日とまるで変わっていない。

「もう気付いているものだとばかり思ってましたけどねん」

 そう言うと許可もなく、尭史の向かいに座った。


「鈍感で悪かったわね」

「アンテナにはこた…個人差があるようですし、そんなもんですよん」

「ああ、そう」

 かつてないほど憮然している。ジェローナの声は小さかった。


「突然お邪魔した非礼はお詫びしますよん、『流星映す剣聖、ジェローナ・メイル』。なにも取って食べにきたわけじゃありませんし、悪く思わないでくださいよん」

「そんなこと言えた口か、焔村? 悪く思われたくないなら、まずすることがあるだろ」

「判ってますよん」

 くねくねした腕を胸元に滑らせると、焔村は一枚のカードを取り出した。

「ほら、ご挨拶ですよん! スオウ」


 その一枚は、いまのジェローナのようにハードローダーに入れられていた。

 透明で堅いポリ塩化ビニルの中は、灰色のスリーブがあるだけ。

 ホイル加工のスリーブに縁取りのあるスリーブを重ねられたジェローナに比べると、明らかに地味だった。


「。。。」

 その中にいたのは、幼女。

 ぶかぶかの小袖は裾が汚れ、長い髪もどこか埃っぽい。

 じっとしたまま、大きな瞳でジェローナを見ていた。

 八、九歳のようにジェローナは思えたが、確信は持てなかった。あどけなさがまるで見えなかった。


「『悲壮破りの軍師、スオウ』ですのん。ジェローナサンと同じ、別のメンブレンから生きた姿を映された子だ。僕は勝手に、異世界()()と読んでますがねん」

「転写、か。そうだな。元のメンブレンのジェローナは、依然そっちにいるんだもんな」


「それより、この子は? どういう子なの?」ジェローナが問う。

「ごめんなさいねん。気難しい子で」

「『終わらない戦国』編における重要キャラクターだ。両親を亡くした麒麟(きりん)児だよ。ある時突然小田原に現れ、その計略で後北条氏の瓦解(がかい)を阻止した」

「詳しいですねん、鮎川サン」

「普通だろ」ぶっきらぼうに言った。


「もとが孤児(みなしご)ですからねん。あまり礼儀を知らずに育ってきたんですよん。なかなか覚えてくれなくて、すみませんねん」

「それは、いいけど」

「仲良くしてあげてくださいねん」

「え、ええ」


 急にジェローナが面食らっていた。尭史にはそう見えたが、いまそれには触れずにおいた。

「まあ、わかったよ。そのスオウがローナと同じ、異世界転写されたカードってのは。それで? 結局なんの用なんだ、焔村」

 尭史は珍しく脚を組む。

「接触しないまま、そのスオウの存在をオレたちが気付かないようにしていた方が、決勝で当たった場合に有利だったろうにさ」


「ええ、そうですねん。もちろん、こちらの手の内を開かしてでも話しておきたいことがありました」

 スオウをひとつ撫でると、机の上から尭史へ身を乗り出した。


「鮎川サン。900万円、欲しくないですのん?」


 尭史はできるだけ、平静を装った。

「なんだ。そりゃ、欲しいけど」

「もし僕と決勝でマッチしたら。ID、しませんのん?」

 尭史の手はいま、準決勝の最中ほどに震えていた。


「僕はね、お金なんてそんなに要らないんですよん。それより、優勝と準優勝の証であるプロモーションカードが欲しい。だから――」

「建前だろ、それ」


 尭史の声は、虚勢を張ったのが見え透いていた。

「ほん」

 ふざけたような焔村の一言さえ、耳に残るような有様だった。


「SNoWに対して不満があるとか言うんじゃないか? それを発信するための、立場が欲しいんだろう」

「鮎川サン、あなたは何を」

 それでも尭史は、言わざるを得なかった。

「『サリストム』のKNDは、お前だな?」



 しばらく、部屋は静かになった。

 束の間の穏やかさの中で、焔村はひとつゆっくりと、まばたきをした。



「そんな名前を使ったことも、ありましたねん」

 焔村が次に口を開いたとき、尭史は背筋が寒くなった。

 そう言ったとき、彼はまた元のヘラヘラ顔をしていたからであった。


「でも、だからなんですのん? 鮎川サンはあのゲームのプレイヤー?」

「いや、違う、けど」

「なら尚更だ。それに問題は、そこじゃないはずですよん」

 細い目とにやにや顔が、いっそう歪んだような気がした。


「いいですか。僕は900万が欲しくないかと訊いたんだ」

「なに?」

「妹さん。ずいぶん長いこと、入院してるみたいですねえ」



「てめえぇッ!!」



 虚を突かれた青年の衝動は、怒りに転じた。

 気が付くと尭史は立ち上がっていた。

 骨ばった拳は、血のにじむほど握られていた。


「あら、僕が知ってるのはそれだけですよん」

 ジェローナもまた、焔村を睨みつけるなか。

 対する焔村は、まだニヤニヤした態度を崩してはいなかった。

「どうかされたんですか? 妹さん。それはお金さえあればなんとかなることですかねん?」

「――ッ!」


 尭史は焔村の胸倉を掴んだ。焔村の重さを感じないほど、(はらわた)が煮えくり返っていた。

 だが、そこから――なんの言葉も紡げなかった。


「なんですのん。おろしてください」

 ゆっくり手をかける。焔村は胸元を払った。

「まあ別に、いま返事をしろなんて言いません。鮎川さんの決勝行きが決まったら、でいいですのん」


「自分は負けないと言いたいの?」ジェローナが口を挟む。

「負けませんよん。昨年優勝者が相手だろうが、ここまで勝ててしまえば僕は止まらない。正直なところ、まともに戦って鮎川サンに負ける気もしてなませんよん」


 尭史の小さな舌打ちも気にせず、焔村は続ける。

「かといって、積極的に勝負したいわけでもないですしねん。転写FFの能力には共通して、回数制限がありますし」

「もったいないから戦わずにおきましょうって? 大した経済観念ね」

 ジェローナに笑いかけて、焔村はそこを立ち上がった。


「ああ、そうだ。あんまり印象悪くしてもなんですねん」

 振り向こうとしたところで、焔村は動きを止める。

「一つ教えてあげましょ。次の鮎川サンの相手、逆嶋サンも、また別の持ち主ですよん。鮎川サンね、彼にストレート負けしたっておかしくない」

 けど、と大げさに手を広げる。

「もし勝てたら、また返事を訊きに来ますよん。じゃ行きましょうか、スオウ?」


 テーブルの上のハードローダーを指の間に挟むと、焔村はステップを踏んでいった。

 尭史はまだ、どこか呆然としていた。

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