54 難題の予見者
「ローナからのSOSです!」
アンネシーラの言葉に、中村は目を丸くした。
自然と口が開く。テレパシーのことなど頭から抜け落ちていた。
「なんだそりゃ、どういうーー」
「尭史、戦意喪失。救援求む。だそうです」
だが混乱しているのはアンネシーラも同じだった。
次々と流れてくる言葉を受け取るのに精一杯で、中村の反応など構っていられなかった。
必死な様子で、ジェローナに復唱する。
「励ましてる時間も惜しそうだわ。だから私が闘おうと思うの。力を貸して。だそうーーって、えっ?」
「はあ?」
二人は固まった。混乱をすっかり通り越し、思考が止まった。
「中村、なんか変じゃん。目ぇ白黒させて」
突然挙動不審になった中村を見て、馬渡。
「あ、いや、ちょっとトイレ」
言うが早いか席を立ち、小走りに館戦席を離れる。
「なんだ、下痢したんじゃん?」
などと笑われたが、もちろん構いやしなかった。
(不可能だっての)
歩きながら、中村は念じる。
(ローナ。お前さんはまだルールも覚えてないって、昨日聞いてる。ってローナに伝えてくれ)
アンネシーラを通じて、ジェローナへと話が伝わる。
「もうとっくに覚えてるわよ。この一週間、どれだけのゲームを見せつけられたか。だそうで」
そしてまたさらに中村へと返ってくる。その繰り返しになった。
(だとしたって、カードの種類まではそう覚えてないだろ。伊豆浜のデッキどころか、鮎川の今の形だって把握してない。違うか?)
「だからあなたに助けを求めてるのよ。他に頼れる人はいないの! ひとまずサイドボードをどうすればいい?」
(そんなの、鮎川が自分でやった方がマシに決まってる! 疲れてるんだかなんだか知らねえけど、俺なんかが下手にいじるより)
「タケシ」
そこでアンネシーラが、声色を変えた。
「私からも、お願いします。助けてあげましょう」
(いやアンネ、でもよ)
「無謀を言っていることは、ローナもきっと判ってますよ。それでもやらなきゃいけないんだと思います。現に、ローナがこれだけ騒いでも、尭史さんが口を挟んでこない」
「ーーッ」
胸にしまっていたアンネシーラを取り出し、姿を見る。
いつもの、おっとりした風ではない。肝を据えた様子で、中村を見ていた。
「やりましょう、タケシ。一緒にお友達を助けましょう」
「しょーがねえなあ」
アンネシーラから目を逸らす。
あまりにも真っ直ぐな瞳が、中村には直視できなかったのだ。
(俺はいい子だなんて柄じゃねーんだけどな。たまにはそれもいいか)
短く息を吐き、きびすを返す。
「タケシ! あなたもいい子ですよ!」
アンネシーラは喜ばしげだった。
(期待はよせって。俺に出来るのは知識を貸すことだけだ。実際にプレイすることも、鮎川の手を動かすこともできない)
「それでも、ですよ。人のために自分が出来ることをする、それがいい子です。自分じゃできないことが出来たら、それは革命家や大嘘付きですよ」
(案外意思が強いもんだな、アンネって)
「それも含めたいい子です」
それは後にして、と中村。
(じゃ、伝言頼むぜ。まず、サイドボーディングの残り時間は?)
すると再び、アンネシーラを介してジェローナの言葉が返ってくる。
「残り七分よ。だそうです」
(オッケーだ。んでよ、サイドボーディングで考えるべきことってのは、大きく分けて三つだ。『自分の弱点をなくす』『相手の弱点を突く』『相手の意表を突く』基本的にこのどれかになる)
「ふむだそうです」
(一般的に、はじめの二つを目的にする方が圧倒的に多い。三つ目ってのは相手のプレイミスを誘えるというリターンが大きい分、自分のデッキパワーが落ちやすくなるためリスクも高い。昨日の月居が好例だな。アグレッシヴ・サイドボーディングって名指しされるほど珍しい)
「なるほどだそうです」
(相槌まで伝えなくていいよ、アンネ)
「あっはい」
(それを踏まえて鮎川の今のサイドボードを判断したいんだが、……ここが問題だ)
中村はふいに足を止め、声のトーンを下げる。
(ぶっちゃけ、鮎川が何を目的にしてこの15枚を選んだのか、まったく判らない)
えっ、とアンネ。素の反応が漏れた。
中村はそれにちょっと傷ついた。
(いや、だからさ。鮎川が自分でやった方がいいってのは、そういうことだ。パーミッションに対する弱点を補うものもないし、強烈な対策になるものもない。アグレッシヴ・サイドボーディングにしては、用途があまりにバラバラだ)
そしてようやく、中村は言葉を締めくくる。
(そんなカードを下手に入れるくらいなら、汎用的なカードを大量に入れた今のかたちを維持して臨んだ方がいい。俺はそんな風にも思うよ)
アンネシーラの心配そうな目が、中村に突き刺さる。
極力それを見ないように、中村はまたまくし立てた。
(まあ、相手は元々それなりの事故率を抱えたデッキだ。その辺の不運に賭けた方がーー)
「見えてきたわ」
と。
ジェローナの言葉が、遅れて中村に届いた。
「その概要と現役プレイヤーの意見。両方あってこそ、ね。理解したわ、次の勝利への道筋」
「ーーッ!?」
中村は息巻いた。
ほんの小さな一言が、彼の予想を上回ったのだ。
本当に、勝ちかねない。
瞬間的に、そう判断させるまでに。
「残り四分。その間に確認させて。伊豆浜さんの弱点を」




