53 激戦の戦域
伊豆浜庄兵衛にとって、生きることとは激しさを求めることである。
荒々しさや、危うさ。力強さ、目まぐるしさあってこその生命だと、彼は信じていた。
激しさは穏やかさと対をなす。そして穏やかさは、安定や平静から生まれる。日常、あるいは秩序それ自体が、穏やかさとさえ言える。彼はそう考えていた。
だから、逆算的に。
伊豆浜はいつだって、奇特や騒乱を欲していた。異常、あるいは混沌が、激しさそのものにさえ成りうる。彼はそう感じていた。
(それゆえ、明日の命も保証できないような戦いの地に身を置いた。……とかだったら、格好よかったんでしょうけどね)
齢30を過ぎた今でも。彼は、この平和な日本に住み続けている。
若い頃こそ、より危険な国に移住したいと考えることもあったが。
口先ばかり達者で、そこまでの極端さはなかったのだ。
(これだけ平和な国に生まれちゃ、毒されもするわ。猟奇的にもならないし、命のやりとりに飢えもしない。身の安全の上に成り立った慎ましい激しさで、満足できるようになっちゃうのよねえ)
言ってみれば、趣味の範囲。
生活に支障が出ない範囲での「激しさ」さえあれば、伊豆浜は充分だった。
ボクシングに将棋、登山やポーカー。
彼の趣味はゲームに限らず、実に幅広い。
身体を使うか、頭を使うかさえも彼は厭わないのだ
ただ、何かと全力で激しくぶつかり合うことだけを望んでいた。
そんな伊豆浜は。
あるいは、だからこそ。
激しさの中の「淀み」に、時々感づくことがあった。
(いわば、緊張の途切れってやつね)
全力のぶつかり合いの中の、殺気の乱れ。
油断のような、慢心のような。
相手の心の隙のようなもの。
それが稀に、彼の直感に流れてくるのだ。
いつもではないし、操れるでもない。
しかしそれに気づいたときは、絶対に外れなかった。
更に言えば。
ボクシングでも、将棋でも。奇妙なことだが、登山やポーカーでも。
さらにはSNoWでも。
その直感はいつだって、逆転のきっかけになったのだった。
(今回も、まさにそれだったわね)
デッキ入れ替えをしながら、彼は思う。
(『眼窩の狙い撃ち』を打ち消した後から、尭史ちゃんに「淀み」が生まれてたわ)
あの場面でコントロール使いが当然感じるべき危機感とは、どこか違う。
何かを企んでいるかのような違和感。
そしてそれは実際、最速での『甘美で清涼な日々』顕現として発露した。
ゆえの『大いなる拒絶』温存だったのである。
(結果として、きっとそれで正解だったんでしょうけど。それにしても)
一つだけ、引っかかる点があった。
尭史が、直前になって『日々』を引いてきたことだ。
(『狙い撃ち』を使った地点ですでに『日々』を手札に抱えていたなら、あの「淀み」はごく自然よ。でも尭史ちゃんは明らかに、引いたターンにあれを使ってた)
それでは、まるで。
自分がドローするカードを、事前に知っていたかのようではないか?
できれば考えたくない可能性ではあった。だが目前にすると、そういうわけにもいかない。
(三回戦がアレだったし、もしかしたらとは思ってたけど。これはいよいよ、イカサマっていうのも本当かもしれないわね)
疑わしさは募ったが。
しかし伊豆浜には、真偽など些細なことだった。
イカサマしているならしているで、より強い激しさとして対峙する。
その上で勝利をもぎ取れば、伊豆浜の心はより満たされるはずだった。
(つまるとこ。私の前ではなんでもアリよ、尭史ちゃん。豪運でもイカサマでもなんでもいい。あなたの全力を見せて頂戴。その上でーー叩き潰してあげるから!)
あくまでストイックに。それでいて力強く。
伊豆浜はサイドボーディングを終え、静かに二本目の始まりを待った。
◆
そんな伊豆浜に比べれば、尭史の自尊心など希薄だった。
言ってみれば伊豆浜は自信家である。自分の力を高く評価しているからこそ、激しさに身を置けるのだ。
一方尭史は、それほど自分を愛していなかった。
多感な時期、彼は劣等感に苛まれて育った。
学校に行けば運動能力の低さが露呈し、卑屈になりがちだった。
放課後になれば小遣いの少なさが災いして、ゲームはおろかTCGでさえ勝てない頃があった。
家に帰っても親から兄妹間差別を受け、心が暖まることはなかった。
そうして形作られた尭史の自信など、ひどく脆い。
一回りも歳が上の伊豆浜のそれとは、まるで比にならない。
(もうダメだ。勝てねえよ)
それはちょうど。
二本目を待たずに、砕け散るほどであった。
ジェローナが怒鳴るより早く、尭史はひとりごち続けた。
(序盤からテンポを奪われ続けて。虎の子の『日々』を使おうにも、カウンターされる有様だ。オレにはもう、手が出せない)
虚ろな瞳がジェローナの足下をたゆたう。
いつになく生気の抜けた、悲しげな色に沈んでいた。
「尭史、あなたは」
振り上げた拳をほどくように。
ジェローナは、撫でるような声で言った。
「頑張ってきたわ。ずっとそばにいた私が言うんだもの、間違いない。その努力をここで無駄にしちゃ、もったいないじゃない」
(だからそれも、TCGを判ってないヤツのセリフなんだよ。一本目さえ取れなかったんだ。まして、サイドボードで個別対策してくる二本目なんて、取れるはずもない)
「やってみなきゃ判らないでしょ。この対戦は尭史の有利が揺るがないって、自分で言ってたくらいじゃない!」
「やってみたから判ったんだよ。伊豆浜さんは見透かしてるんだ。トップ操作まで含めて、全部」
「そんなこと!」
叫んで、止まる。
ジェローナは気づいた。尭史の様子が、まるで変わっていなかったことに。
(これで無理に闘わせても、そうよ。きっと上手くいかないわ)
ジェローナの中で、覚悟が決まる。
止めた言葉のその先を、咄嗟に変えた。
「そんなこと、私にはやっぱり判らないわ。ええ、TCGのことなんて知らないもの」
そうだろ、という答えを、彼女はすかさず遮った。
「諦める理屈が判らない。だから、私が代わりに闘う」




