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かみどろ! -異界転写の女騎士-  作者: 賀来大士
二日目: 準々決勝
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53/106

53 激戦の戦域

 伊豆浜庄兵衛にとって、生きることとは激しさを求めることである。

 荒々しさや、危うさ。力強さ、目まぐるしさあってこその生命だと、彼は信じていた。

 

 激しさは穏やかさと対をなす。そして穏やかさは、安定や平静から生まれる。日常、あるいは秩序それ自体が、穏やかさとさえ言える。彼はそう考えていた。


 だから、逆算的に。

 伊豆浜はいつだって、奇特や騒乱を欲していた。異常、あるいは混沌が、激しさそのものにさえ成りうる。彼はそう感じていた。



(それゆえ、明日の命も保証できないような戦いの地に身を置いた。……とかだったら、格好よかったんでしょうけどね)

 齢30を過ぎた今でも。彼は、この平和な日本に住み続けている。

 若い頃こそ、より危険な国に移住したいと考えることもあったが。

 口先ばかり達者で、そこまでの極端さはなかったのだ。


(これだけ平和な国に生まれちゃ、毒されもするわ。猟奇的にもならないし、命のやりとりに飢えもしない。身の安全の上に成り立った慎ましい激しさで、満足できるようになっちゃうのよねえ)


 言ってみれば、趣味の範囲。

 生活に支障が出ない範囲での「激しさ」さえあれば、伊豆浜は充分だった。

 ボクシングに将棋、登山やポーカー。

 彼の趣味はゲームに限らず、実に幅広い。

 身体を使うか、頭を使うかさえも彼は厭わないのだ

 ただ、何かと全力で激しくぶつかり合うことだけを望んでいた。



 そんな伊豆浜は。

 あるいは、だからこそ。

 激しさの中の「淀み」に、時々感づくことがあった。


(いわば、緊張の途切れってやつね)

 全力のぶつかり合いの中の、殺気の乱れ。

 油断のような、慢心のような。

 相手の心の隙のようなもの。

 それが稀に、彼の直感に流れてくるのだ。


 いつもではないし、操れるでもない。

 しかしそれに気づいたときは、絶対に外れなかった。


 更に言えば。

 ボクシングでも、将棋でも。奇妙なことだが、登山やポーカーでも。

 さらにはSNoWでも。

 その直感はいつだって、逆転のきっかけになったのだった。



(今回も、まさにそれだったわね)

 デッキ(サイド)入れ(ボー)替え(ディング)をしながら、彼は思う。

(『眼窩の狙い撃ち』を打ち消した後から、尭史ちゃんに「淀み」が生まれてたわ)

 

 あの場面でコントロール使いが当然感じるべき危機感とは、どこか違う。

 何かを企んでいるかのような違和感。

 そしてそれは実際、最速での『甘美で清涼な日々』顕現として発露した。

 ゆえの『大いなる拒絶』温存(キープ)だったのである。


(結果として、きっとそれで正解だったんでしょうけど。それにしても)

 一つだけ、引っかかる点があった。

 尭史が、直前になって『日々』を引いてきたことだ。


(『狙い撃ち』を使った地点ですでに『日々』を手札に抱えていたなら、あの「淀み」はごく自然よ。でも尭史ちゃんは明らかに、引いたターンにあれを使ってた)


 それでは、まるで。

 自分がドローするカードを、事前に知っていたかのようではないか?

 できれば考えたくない可能性ではあった。だが目前にすると、そういうわけにもいかない。


(三回戦がアレだったし、もしかしたらとは思ってたけど。これはいよいよ、イカサマっていうのも本当かもしれないわね)

 疑わしさは募ったが。

 しかし伊豆浜には、真偽など些細なことだった。


 イカサマしているならしているで、より強い激しさとして対峙する。

 その上で勝利をもぎ取れば、伊豆浜の心はより満たされるはずだった。


(つまるとこ。私の前ではなんでもアリよ、尭史ちゃん。豪運でもイカサマでもなんでもいい。あなたの全力を見せて頂戴。その上でーー叩き潰してあげるから!)


 あくまでストイックに。それでいて力強く。

 伊豆浜はサイドボーディングを終え、静かに二本目の始まりを待った。





 そんな伊豆浜に比べれば、尭史の自尊心など希薄だった。

 言ってみれば伊豆浜は自信家である。自分の力を高く評価しているからこそ、激しさに身を置けるのだ。


 一方尭史は、それほど自分を愛していなかった。

 多感な時期、彼は劣等感に(さいな)まれて育った。


 学校に行けば運動能力の低さが露呈し、卑屈になりがちだった。

 放課後になれば小遣いの少なさが災いして、ゲームはおろかTCGでさえ勝てない頃があった。

 家に帰っても親から兄妹間差別を受け、心が暖まることはなかった。


 そうして形作られた尭史の自信など、ひどく脆い。

 一回りも歳が上の伊豆浜のそれとは、まるで比にならない。


(もうダメだ。勝てねえよ)

 それはちょうど。

 二本目を待たずに、砕け散るほどであった。


 ジェローナが怒鳴るより早く、尭史はひとりごち続けた。

(序盤からテンポを奪われ続けて。虎の子の『日々』を使おうにも、カウンターされる有様だ。オレにはもう、手が出せない)


 虚ろな瞳がジェローナの足下をたゆたう。

 いつになく生気の抜けた、悲しげな色に沈んでいた。


「尭史、あなたは」

 振り上げた拳をほどくように。

 ジェローナは、撫でるような声で言った。


「頑張ってきたわ。ずっとそばにいた私が言うんだもの、間違いない。その努力をここで無駄にしちゃ、もったいないじゃない」

(だからそれも、TCGを判ってないヤツのセリフなんだよ。一本目さえ取れなかったんだ。まして、サイドボードで個別対策してくる二本目なんて、取れるはずもない)

「やってみなきゃ判らないでしょ。この対戦は尭史の有利が揺るがないって、自分で言ってたくらいじゃない!」

「やってみたから判ったんだよ。伊豆浜さんは見透かしてるんだ。トップ操作まで含めて、全部」

「そんなこと!」


 叫んで、止まる。

 ジェローナは気づいた。尭史の様子が、まるで変わっていなかったことに。

(これで無理に闘わせても、そうよ。きっと上手くいかないわ)


 ジェローナの中で、覚悟が決まる。

 止めた言葉のその先を、咄嗟に変えた。


「そんなこと、私にはやっぱり判らないわ。ええ、TCGのことなんて知らないもの」

 そうだろ、という答えを、彼女はすかさず遮った。


「諦める理屈が判らない。だから、私が代わりに闘う」

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