51 計算された放逐
「バカ言わないで!」
そう言ってすぐ、ジェローナはきまりが悪くなった。
つい反射的に叱咤してしまった、だがこんな態度を見せたくはなかったのだ。
とはいえすぐに言い分を撤回できるほど、彼女の生き方は曲がっていなかった。
「昨夜自分で話していたでしょう。あのカードは……『清涼で甘美な日々』は、使っちゃいけないんだって。まさか忘れたわけじゃないでしょう?」
(当たり前だ。言われなくたって)
「だったら!」
(だけどいいよ。考えるの、もう嫌なんだ)
「……ッ!」
頭がカッとなるのを感じた。
ついさっき抑え込んだはずの気持ちが、また湧いて出るようだった。
「恥を知りなさい。あなたには、妹さんの命が掛かっているのよ! 嫌だなんて、なんて軟弱な」
少女としてのジェローナにとっては、これも言いたくはないことだった。
しかし騎士としての彼女が、抑え込ませはしなかったのだ。
(勝ちを放棄したわけじゃねえよ別に。これだけの時代カードを並べさせちまった以上、今が攻め時だと判断しただけだ)
「だったら他にもっと良い攻め方があるんじゃないの!?」
(それを判断するのはおまえじゃない。オレだ)
「そんな言い方って!」
甲高い声にか眉をひそめる。そしてテーブルの脇を見た。
ジェローナが釣られると、審判が厳めしい顔をしていた。
(なによその態度。迷惑だから早くしろって?)
横柄だ、とジェローナは思う。不満を言いたくて仕方がなかった。
しかし尭史の言い分は一応筋が通っている。何を言ったものかまるで思いつかなかった。
ただ、ちらと尭史に背くことを閃いた。
(いくら尭史に判断力があっても、最終的に能力を使うかどうかは私が決める。指示を放棄して他のカードを持ってくることも、通常のドローをさせることも可能だわ)
ここで能力の無駄遣いをさせるくらいなら、そうしたいところではあった。
……ただ。
『攻め時』に相応しいカードなど彼女は知らなかった。これまで彼女が見てきた他の決まり手――『不平等統制』や『連鎖する変異』『夜半の暁担い、ヴィシャス』といったカードが有効に働くのかどうかも判らない。それらで攻められないで負けたとしたら本末転倒だ。
かといって通常のドローをさせるのも気が引けた。引きが悪くなっている今、『攻め時』にぴったりの一枚を引ける確率はごくわずかだろう。
(なんと嫌になる!)
結局のところ、『清涼で甘美な日々』を持ってくるほかなかった。
歯を立てた唇がじわりと痛む。
「すみません、ターン貰います。プラグからメイン入ります」
「どうぞ」
「『清涼で甘美な日々』を」
最初に反応したのはむしろ審判だった。
まぎれもなく尭史にカードを手渡した男が、自分自身を疑うかのように目線を手のひらに落とした。
もちろん彼に所以はなく、ジェローナの能力によるものだったが。
そして慌ててデッキに手をかける。十枚のカードを数える。尭史も自然に手が伸びかける。
「待ちなさい」
それを伊豆浜が止めた。まるで女性のような指先。
「誰が通すものですか、昨日の戦いを知っているのに」
右手を一旦引くと、手札の一枚を見せつけた。
「『無限弾倉の機関銃』を無視してまで、取っておいたこの一枚。『大いなる拒絶』! 使わせてもらうわ」
『大いなる拒絶』(白)(青)(X)
スプレー
Fmになるとき、アンステディされる。
対戦相手による召喚か顕現一つを対象とする。それを無効にする。
Xはあなたの墓地にある他の『大いなる拒絶』の枚数の二倍に等しい。
「『清涼で甘美な日々』を無効にします」
それを聞いた尭史は、目の前が真っ白になるのを感じた。
◆
『しかしパーミッション使いってのはすげえよなあ』
昨晩。
ホテルで調整を手伝っていた中村は、そう話した。
『すごいって、何がだよ』
『そりゃ、プレイングが難しくて並のプレイヤーじゃ使えないこともそうだし。全国大会っつー最高に緊張する場面で、それを使おうっつー決断力もすげえ」
ああ、そういうことね。尭史は相槌を打つ。
『もし俺が全国とか出るとして、使えるのはバーンみてえな。相手の都合を考える必要が極端に少ないデッキだけだと思うから、すげえなって』
『こういう場で実力を発揮できるかどうかは、単純に経験の差だよな』
『S.N.o.W.でどれだけ遊んだかか』
中村の言葉に、尭史は首を振った。
『S.N.o.W.のプレイ経験の差が影響するのは前者だけじゃねえかな。より多く・詳しくカードと向き合えるか』
『後者はそれとは別だってか?』
『オレはそう思うね。土壇場でしっかりと実力を発揮できるのは、土壇場を多く踏んできたヤツだ』
『そりゃいわゆる人生経験ってヤツかよ。鮎川、案外暑苦しいな』
『人生経験って言葉で片づけていいのかは、オレには判んねえけど』
何が言いてえかって、と言葉を切る。
『勝負事の経験数だ。部活でも、受験でも、ゲームでも。賭博もそうなのかな。なんでもいいけど、本気になれて、かつチャンスの限られた大一番。それらの合計が多いヤツほど、デカい舞台でも平常心でいられるように思う』
『ふうん。まあ、一度全国に出てるお前が言うんだから、そうなんだろうな』
『いや、もっとも、口だけなのが恥だけど。二年前のデッキなんか、珍しいコンボで初見殺ししただけだし……オレもまだまだだ』
二回戦でも初歩的な色事故しかけたし、と笑う。
『するとその点、パーミッションを……というか、最高レベルに相手の動きに対応するタイプのデッキを使うような人間は、大一番を数多く経験してるってことか』
『その通りか、でなきゃただの考えなしだ。オレの見込みではね』
『今大会で言うと伊豆浜も、そして焔村も。二人がそれに該当する、か?』
『二人とも考えなしだったら良かったんだけどな』
でもベスト8だからなあ。尭史は肩をすくめた。
『つっても、鮎川の言う勝負事の経験の違いが、勝敗の決定的要素とは言えねーだろ。頑張ってもらわねえと』
『まあね。今回はローナもいることだし、必ずしも不利じゃない。相手の妨害のほころびを見極めながら、個々のカードパワーで圧倒し続ければ、多少のミスは帳消しにできる』
『多少のミス、ね』
『緊張が生むようなヤツさ。もっとも、一ターン丸々無駄にするような、手痛いミスしちまったらアウトだけど』
『攻め急がなきゃ大丈夫じゃねえの?』
『簡単に言うなよ』
困ったように笑う尭史。
そのそばでは、ジェローナがアンネシーラとの会話に嬌声を上げていた。
男二人の声など、彼女の耳にはまるで入っていなかったーーだから。
『清涼で甘美な日々』の失敗が、『多少』の範囲を逸脱していることなど。
ジェローナは、まるで知らなかったのだ。




