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47 現実からの剥離

「じゃあね、鮎川くん。決勝で会おう!」

「おまえこそ負けんじゃねえぞ」


 朝食を終えた北田気は去った。

 コーヒーを飲み終えると、尭史も部屋へと戻る。


「どれ。少し早いけど、シャワー浴びたら行くとすっか」

 尭史はそう言って、脱衣所へ。

 頭を洗ってさっぱりすると、荷物をまとめた。


 胸ポケットにジェローナを秘めて、彼は部屋を出た。

 午前九時。集合時間の十五分前に着くであろう時刻である。


(今日のスケジュールは昨日以上に余裕がある。リラックスして行きたいな)

「悪くないわね。腰を据えられて」

(お。機嫌直ったか)

「た、大差ないでしょ」

 尭史からすれば雲泥の差だったのだが、また()ねられては困るので突っ込まずにおいた。


「そうだ。いまのうちに、次の対戦の見所を教えてよ」

(ってことは昨夜の調整は聞いてなかったんだな)

「尭史以外の人と話せるの、久々だったんだもの。わかるでしょ」

(怒っちゃいないよ)


 言われてみればいまのジェローナは、かなり孤独な立場にいるんだよな。

 尭史はふとそう思ったが、すぐに頭を切り替える。



(伊豆浜さんのデッキは、一般にクロック・パーミッションと呼ばれるタイプになる。別名攪乱(かくらん)型アグロだ)

「アグロってことは攻撃型なの?」

(ノーと答えていいと思う。確かに間断無く攻撃を続けることになるんだけど、実体はむしろコントロール寄りだ)

 そこでまたスマートフォンを操作すると、胸ポケットに突っ込む。



『幻惑のマーメイド』(白)(青)

プログレーー魚人

 潜水(このカードは潜水を持たないプログレに防御されない)

 このカードがプレイヤーにダメージを与えた場合、歌声カウンターが一つ置かれる。

 歌声カウンターを四つ取り除く: 各対戦相手の魔力カウンターを二つ取り除く。

BP2500 / HR2 / RV(青の時代)



(なんと言っても軸はコイツだ。2ターン目に召喚して、1, 2体で少しずつダメージを刻む。それがクロック(Clock)と呼ばれる所以だな)

「こんな弱い生物で戦いきるの?」

 ジェローナは(いぶか)しげである。

「HR2ってことは、普通に考えて15回も殴る必要があるわけよね。他にもっといい選択肢がありそうなのに」


(いい視点だ。結論から言うと、『マーメイド』ほどクロック・パーミッションに相応しい生物はいない。実はそれくらい強いよ)

「うっそだー」


(まず最軽量の多色であることが強い。『虚空漂着』(15話参照)みたいな色を指定する除去に引っかからない。それから潜水持ち(ダイバー)であることが強い。同じ防御回避でも、制空持ち(フライヤー)以上に対策が難しい)

「ふむふむ」

(さらに魔力ロスが強い。他の妨害カードと組み合わせることで、相手の行動への束縛を強めることができる。おまけにRVシンボルが強い。デッキの構造上増えてしまいがちな時代カードで復活することができる。これだけのメリットを持ちながら標準的なBPを持ってるんだ。弱いとは口が裂けても言えない)


「なるほどね。単体の強さはよく判ったわ。けどやっぱり打点の低さは問題じゃないの?」

(疑問はもっともだけど、このデッキはほとんど弱点にしないんだ)

 尭史は続ける。

(早い段階でコイツを召喚した後は、相手のアクションをとにかく無効にしていく。そうすることで、相手に何もさせず勝負を決めちまうわけだな。そのうち相手が一挙手一投足に許可(Permission)を求めるくらいだから、名前から推して知れる)


「なんだか、まるで隙がないみたいに聞こえるわ」

(そんなことはねえよ。勝ち筋――つまり勝つための戦略が一つに絞られてるから、ドローが噛み合わないとジリ貧になって負ける。単純に言えば、いつになっても『幻惑のマーメイド』が引けなかったり、逆に序盤に引きすぎちゃったらどうしようもないだろ?)

「あ、そっか」

(他にも、ウィニー……早崎みたいな、2コスト以下でステータスの高い生物でガンガン殴ってくタイプにも相性的に不利だ。妨害が間に合わない)

「そのへんがコントロールっぽいわけね。昨日の定義からして」


(そりゃ弱点が少ないってのも、確かなんだけどさ。でもこれも底力が高くないってことになるわけで)

「根暗くん的と」

(そ。器用貧乏でパワーに劣る。だから無敵とは決して言えないさ)


 そもそも、と尭史は続ける。

(こういうハンパに受身なデッキにこそ、トップ操作の能力はかなり上手く働く。だから相手にとって分が悪くはないんだ)

「どうして?」

(相手の妨害手段が有限だから。伊豆浜さんが音を上げるまで、こっちが脅威を連発する。そうすれば自然と勝てる見込みが高い)

「なんか判ったような、判らないような」


(この辺は詳しく話すと、いくらでも長くなっちゃうんだよな……。根幹になるのは、こっちが出す脅威とむこうが出す妨害は、それぞれ手札を一枚ずつ消費する結果をもたらすってことかな。たとえばオレが『肥大化した群れ』(33話参照)を顕現したとする。それを無効にするために、伊豆浜さんは『時代性の破棄』といったカードを使用せざるを得ない)



『時代性の破棄』(白)(1)

スプレー

 点数で見たコストが4以上の召喚または顕現を1つを選ぶ。それを無効にする。



(言い換えれば、伊豆浜さんはこちらの脅威に適した妨害方法を手札に抱えてなきゃいけないんだ。ローナなら、意味がそろそろ判ってきたんじゃないか?)

「……相手が丁度いい妨害を引き込めるかは運次第だけど、こっちは次々に脅威を手札に持ってこれる?」

 さすが、と尭史は笑った。


(何も考えずに強力なカードを毎ターン繰り出してれば、相手が噛み合わないドローをした分だけこっちの有利が積み重なる。だからまあ、そのうち勝てるんだ。かと言ってホントにそうしたら、また別の問題が出てきちゃうよな)

「そうね。イタズラに能力を使うことになるわ」

(冗談抜きで、伊豆浜さんにことごとく噛み合ったプレイングをされると、一試合で10回は平気で浪費しかねない。フルカウントで計50回使っちゃいました、なんて可能性もゼロじゃないんだ)

「笑えない話ね」


(まとめようか。今回のマッチは、勝ち負けが問題じゃない。これまでと違ってデッキ相性は揺るぎがない。だから負けはしないだろう)

 ちょっと咳きこんでみる尭史。

(そうじゃなく、伊豆浜さんが抱える妨害カードをいかに読み取って、その隙を突く切り札を使えるかだ。手の内を読み、どれだけ能力を節約できるか! 焦点はそこだ)


「なんて言うのかしらね。いよいよ想像できない領域って感じだわ」

 大きな瞳に似合わず、眉間にしわが寄る。

「これまでとは別の意味で難しい戦いって感じかしら」


(言いえて妙だな。コントロールを握った上で、可能な限り少ないドローで勝つべきマッチなんて、オレも初めてだ。ひょっとすると今日の三戦は、オレの知ってるTCGにはならないのかも知れないな)



 そのときふと、早崎の顔が浮かんだ。

 夜のではない。午前中、二回戦が終わったときの姿だ。

『二十年以上にわたるTCGの研究を、すべて蔑ろにしている』

 口下手な彼にしては珍しく、はっきりとそう言っていた。


 ああそうか。尭史は思う。

 昨日までの戦いだって、部外者から見たらTCGじゃないよな。

 先週の中村も言っていた。バカげてる、と。

 ジェローナを手にしたときから、オレはカードゲームなんてしちゃいなかったんだろう。



 ――そこまで考えが至ったとき、彼は目的地にたどり着いていた。

 会場、正面玄関。

 ドラフトか即売会の参加者であろう、人入りはすでにそこそこだった。


 ぼおっとしながら、昨日と同じように控室へと足を向ける。

 その(もも)に、こつんと。

 小さなスチール缶が投げつけられた。


「サマ師は帰れ!」

 がらの悪い男たちが、そう野次を飛ばしていた。

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