40 エルフの先触れ
それから尭史は指定のホテルに直行した。
家に帰ってもよかったが、両親と会ってストレスを溜めるのが嫌でやめた。
月居に借りっぱなしのコスプレ道具を外すと、すぐにケータイを取り出す。そして中村に連絡をとる。
メッセージを送ると三分ほどで返信が来た。
『これから部屋来てくれよ。デッキいじりたいから』
『月居を連れ込んでるんじゃないのか』
『何言ってんだ」
『さっきまでメシ喰ってたんだろ?』
『また覗いてたのかよ』
『いや、カマかけた』
『おまえさあ……』
『三十分で着くぜ☆』
文句は来た後でいいか。尭史はケータイを放った。
「そういえばジェローナ、さっきから何も喋ってなくないか?」
「べつに」
「ほっといたことは、謝るけどさ。シャワー浴びてくるぞ」
「どうぞ」
尭史は脱衣所へ。机に置かれたジェローナは、一人座り込んでいた。
二十分余りののち、尭史はバスローブを着て出てきた。
赤い炭酸を飲んでいたところでインターホンが鳴る。
「よう、時の男! S.N.o.W.勢はおまえの話で持ちきりだぜ」
「そうみたいだな。まさかパパラッチに困る日が来るとは思いもよらなかった」
「一度でいいから言いたいね、そのセリフ。ほら餞別だ」
「なんだこれ。全部ウコンかよ」
「おごりじゃないぜ。情報量の前払いだ。大会終わったら、月居の具合聞かせろよ」
「ばーか」
小突きたくなるアホらしさが、今は尭史の気を休めた。
部屋に招き入れると、二人でシングルベッドの上にあぐらをかいた。
「それでミスターウォターフォール? これから何をする気だ」
「おまえそれ直訳したら滝男だろ」
「どれくらい枚数差し替えるんだ」
「19枚」
「上限いっぱいか」
スクロールカップでは、日をまたぐ際にデッキの一部を組み替えてよいことになっている。
その枚数は、メインデッキとサイドボードを足した枚数の二割切り上げ。
80足す15枚である尭史の場合、19枚が限度だった。
「しっかり結果を出した今となっては、もうそのデッキが馬鹿げてるとは言わねえよ。もちろん不正も疑っちゃいねえ。でも」
言葉と裏腹に釈然としない様子で言う。
「それでもなお、何を以って改善とするのかはさっぱりだ。スパーリングを手伝うこと以外、俺にできることあんのか?」
「そうだな……、とりあえず『獰猛な中隊長』持ってるか?」
訊きながら考える。中村の言うことはもっともだった。
ジェローナのことを信じて貰わない限り、一方的に指示を出すことしかできない。
それだと金曜日までの作業となんら変わらないのである。
(三人寄ればなんとやらだ。本当は他人の意見も貰いたいところなんだよな)
「尭史、ちょっと」
そんなときだった。ジェローナが、余所余所しげに声を上げた。
「今朝の焔村さんと同じ違和感があるんだけど」
ぎょっとして、机に顔を向ける。
(なんだ、何を言ってる?)
「そのままよ。気配っていうか、引力みたいなのを感じるの」
カーテンをめくり、ベッドの下を覗く。べつに誰も居ない。
「何やってんの鮎川」
中村がぼさっと尋ねた。
「いや、うーん」
「なんだよ。煮え切らねえな」
「誰かに見られてるような気がしてさ」
咄嗟に吐いた嘘。だがそれを聞いた途端、ジェローナは指を鳴らした。
「それよ! 視線みたいなものを感じるの」
(おいおいおっかねえなあ)
「おっかなくないのにわざわざ口挟まないわよ」
(なにピリピリしてんだ?)
それはさておいて、尭史はよく考えてみる。
(ここは密室だ。オレと鮎川のほかに誰かがいるはずがない。それを除けばローナだけ――)
そこで、ハッとする。
人間じゃないとしたら?
「『獰猛な中隊長』なんて、やっぱ手元にねえよ。いつのカードだ?」
手持ちを一通り確認した中村が言う。
「いま持ってるカードって、それだけか?」
「ああ、そうだけど」
「未開封のパックは?」
「あん?」眉をひそめる中村。
「いまあるのは、これだけだぜ?」
ナナメ掛けの底から、ボックスを取り出す。
「ドラフトの全勝景品、最新31弾・24パックだっ!」
胸を張り、自慢げな中村。
「よし、開けよう」
「なんですとぉー!」
尭史が手を伸ばすと、素早くひったくる。
「いや、おま鮎川、お前さあ! そこはもうちょっと労ってくれてもよくねえかなあ!」
「はいはい」
「4-0だぜ! 16人に一人の結果なんだぜ! すごいだろおっ?」
「つよいつよい」
「市場出回ってないし、これからオークション流すつもりだったんだけど!?」
「でもどうせまた買うんだろ? 箱で」
「まあそうなんだけどさあ!」
まるでマンガのように、ぐぬぬと歯を食いしばる。
「せっかくの景品なんだし、やっぱ開けようぜ。いますぐ」
「そう言われるとそうんだんだけどよぉ」
「さあ並べよう、ここに24パックをさ」
「釈然としねえな……発売前のカードはどうせ本大会じゃ使えないくせに」
などと言いつつ、中村はシュリンクビニールを破る。
ほどなくして、プレイマットの上に24のパックが並べられる。
尭史はそれらに、まるでダウジングするようにジェローナを滑らせる。
「鮎川お前さっきからおかしいぞ」
「いいから見てろって」
有無を言わさぬ様子で、尭史は探り続ける。
「……これね」
そしてついに、たった一つのパックを絞り込んだ。
「これだけが、明らかに違う気配を発してるわ。開けさせて」
「ってことで最初にこれを開けてみよう」
「どういうわけかサッパリだけどさ」
抵抗するのはあきらめたのか、中村は言われた通りにする。
(案外流されやすいっていうか、押しに弱いヤツだったんだな)
そんなことを思いながら、尭史は袋の破かれる音を聞いていた。
結果は思った通りだった。
「あ、あのぅ……こんばんは」
中村の手の中。
四枚のカードに挟まれて、金髪のエルフがか細い声を出した。
「初めまして。アンネシーラ、といいます。やさしくしてください」




