38 天使の贈り物
滅多な事を訊かれるのではないかと尭史は身構えていた。
だが実際そんなことはなく、インタヴューはつつがなく終わった。
(選手を気遣えてこそプロってことなのかな)
面談室を出た後、ぼんやりと思う。
そのことはすぐに、あまり好ましくない形で再認識させられた。
「待って!」
絞り出したようなウィスパーヴォイスで、尭史はその場に固まる。
「月居?」
首だけで振り返って、声の主を確かめた。
「そこ、出ないで。待ち伏せされてっから」
「待ちっ?」
言いながら、胸からジェローナを取り出して曲がり角の先を見させる。
「チェックシャツがたくさんいる。ホントなんじゃない」
タブレットPCやコピー用紙を手にしながら、一様に誰かを探しているようだった。
「それはなに、鮎川くん?」
不思議そうな月居。
「あ、いや。オレなりの挑発」
「んなことしてねーで」
そう言って紙袋を手渡す。
「これはなに、月居さん?」
不思議そうな月居の口真似をする尭史。
「いーーから全部着て。逃げっがら」
「あっはい」
紙袋を開ける。
「グラサンにピンクのかつら、それに白いパーカー。……これ全部女物だよね」
「はーやーく着っちめーよ! 鮎川くん細いからぃけんべ!」
言う通りにする。なるほど入らないこともなかった。
ただサングラスのフレームは歪んでいたし、パーカーの袖も足りない。
前身ごろのポケットに手を突っ込んで、一応誤魔化す。
(なんか胸んとこダボダボする。ってかいい匂いする。やばい、なんかやばい)
心なしパーカーを下へ引っ張った。
「じゃ、こっち」
来た道を引き返す。
疑問を口にする暇もなく、尭史は月居を追従した。
細い廊下と太い廊下を交互に進み、広い建物を端から端へ。
「ちょっと寄り道していいか?」
途中尭史がそう言って、エスカレーターで三階へ。
「ドコ行くのー」
「いや、また二階に戻る」
「……? ……、……ああ! 頭いーな鮎川くん」
「キートン先生の受け売りだよ」
元いた二階に戻ったところで、背後を観察する。尾行がいないことを確認した。
「だいじょぶそうだね。したら、どーすっかな」
「どうってなんだ?」
「逃げた後のことはなんも考えてねーからさ」
「それもそうだなあ。だったらちゃちゃっとメシ済ませないと」
「念入れんならこっからバス乗ってけるよ」
「あーそっか。安易にみなとみらいぶらつくのもおっかねえよな」
「鮎川くんどーしたい?」
声のトーンがわずかに高くなったのにも、尭史は気付かない。
「どうって。コンビニで弁当とか買ってすぐホテル行くのが一番かな」
「ええええっ!?」
ボッ、と赤くなる月居。
「弁当『とか』っ!? すぐホテル!! そそそそれはちょっと早いべ……っ」
「早い? 確かにまだ五時前だけど。ひょっとして晩飯付き合ってくれんの?」
「は、はい……っ」
深く頷く月居。
「そりゃ嬉しいね。じゃ遠く行かせるのも悪いし、このへんで済ませようか」
「い、行きたいとこあるなら、付いてくよっ?」
「横浜の予備知識なんてないからなあ。他のトコ行けばS.N.o.W.プレイヤーがいないとも限らないし、適当なとこ入ろう」
「うん!」
周囲を警戒しながら建物を出る。外し忘れたピンクのウィッグは月居が掠めた。
数分足早に歩いて、複合ビルへ。
ふと尭史の目に入ったカフェバーへと、二人は足を向けた。
入った途端に店員が応対し、カップルシートへ案内される。
「わっ。綺麗だね、鮎川くん」
曇りないガラス越しに、桜木町の街並みが一望できる。
「あと一、二時間もすれば、いい夜景が見れそうだ」
そんなことを言いながら、鈍角に並んだ二つの椅子に、それぞれ腰かけた。
店員から受け取った品書きを見ながら、尭史は口を開いた。
「こんなところまで追ってくるようなヤツもいないだろ。ありがとな、月居。助かった」
「わたしだって。こーんなお店全然入らないから、すっごく嬉しいよ」
「そうなのか? さっき随分手際良かったし、てっきり横浜よく来るのかって」
「あれはただ、イベントで会場に来たことがあるだけなんだー。そーゆ時は疲れてすぅぐ帰っちゃうから、この辺は詳しくないんだよ」
とりあえず、と二人はそこでドリンクを頼んだ。
「それで、一体ナニゴトなんだ? なんかもう、連れられるがままにここまで来ちゃったけど」
「あっそうだね。今ちょっと、S.N.o.W.界隈でちょっと騒ぎが起きてんだ)
少し身を寄せながら、月居は自分のケータイを見せる。
「……こりゃひでーな」
2chだけではない。中小掲示板や、SNS。
S.N.o.W.に関する、あらゆるコミュニティで。
尭史の試合に関する是非が、議論を呼んでいた。
イカサマだという意見はやはり多かった。
専用構築の為されていないデッキで『清涼で甘美な日々』を達成するなど、宝くじを当てるより難しいと。
方法は一切不明だが、何がしかの不正行為をしているに違いないと。
ただの神ドローだとする意見も多かった。
大会史上類を観ない監視体制の中、小細工が通用するはずはないと。
鮎川尭史はいまや、一人で改革を成し遂げる男になったのだと。
「どこもかしこもこんな状態でさ。ちょっといらいらしてたっけ」
ほのかに寂しさを漂わせながら、月居は話す。
「なんとなく眺めてた時に、ふと鮎川くんに突撃するって書き込みを見つけたから。気になって、ちょっと張り込んでたんだー」
「マジか」
いくら尭史が鈍いとはいえ、それに驚かずにはいられなかった。
たまたま書き込みを見つけた、それはまだ有り得る話だ。
だがそれで心配して、自分を待っていてくれたとは。
あまつさえ自分のコスプレ用具で変装するという、機転まで効かせてくれた。
(ここまで優しく、気が利く人だったのか。月居は?)
月居を見つめてみると、イタズラっぽく笑って見せた。
「わたしは鮎川くんのこと、信じてるよ。どーなっても応援すっから」
その言葉は重く響いた。
月居はジェローナと違い、S.N.o.W.をよく理解している。
だから気休めを飛び越えたのだ。
「月居」
くすぶっていた感情が湧きあがる気持ちがした。




