30 遠隔、不在
「ご覧いただいておりますように、今回のマッチでは、一部ジャッジの態勢を強化してお送りしております。これらは本来の競技ルールで指定されてはおりません。しかしいずれも、当該プレイヤーの了承を得ております! 今回適用しているテーブルは、鮎川対馬渡、および増子対逆嶋……」
ピンクのイヤホンから、司会の声が漏れる。
少女はその声に息を詰めていた。
静かな病室、派手なイヤホン。
ジャックが刺さったパソコン、画面に映るTCGの実況動画。
それを観るのは儚げな少女。
すべてがまとまらず、とっ散らかった風である。
「いいから、お兄ちゃんを映してよ」
苛立った風にこぼす。
てんでバラバラな自分の体裁など。鮎川伊奈はまるで気にしていなかった。
愚痴が通じたかのように、動画には尭史の試合が映される。
先攻2ターン目に馬渡がFmを伸ばす一方、後攻の尭史は何もしない。
「どうしたんだろ。これも戦略……じゃなさそうだなあ」
伊奈にはS.N.o.W.のルールが判らぬ。
伊奈は、ふつうの中学生である。絵筆を持ち、猫と遊んで暮して来た。
けれども兄の様子に対しては、人一倍に敏感であった。
尭史の試合は――公式生放送に流れている限りで――すべて視聴している。
一、二回戦とも把握済みだし、そこでの尭史は比較的調子が良さそうだった。
「でも」
今は違う。なにか良からぬものを背負いこんだように、覇気がなかった。
ベッドの上でひとり気を揉む。ネットを介してでは、その正体がまるで判らない。
見守り、祈るほかには。出来ることなどなにもなかった。
伊奈の肩が控えめに叩かれる。
キッと目を向けると、そこには両親が居た。
イヤホンを片方だけ外す。
「ノックしたのよ。返事がないものだから」
母が言う。張りのない猫なで声がうっとうしかった。
「尭史はいないのか。何をやっているんだ、あいつは」
父の態度は、母とはどこか対照的だった。
伊奈はそっぽを向く。彼女は両親が嫌いだった。
二人は自分のことは甘えさせてくれる。だが尭史にはそうではない。
兄弟間差別をしているのを隠そうともしない。
物質的には自分が得をしているが、どうでもよかった。
大好きな兄に冷たく当たることが何より許せなかった。
「お兄ちゃんなら」
だから、当てつけのように。
伊奈は思い切り、低く冷たい声で言った。
「ここだよ。カードの大会」
伊奈の指先、ラップトップの画面。
そこには紙切れを手繰る青年の姿があった。
「あいつは、まだカードなんてやってたのか」
「でも全国大会だよ。いまベスト8を決めてるの。すごいよ」
「紙切れの日本一がなんなのよ。時間もお金も無駄にして」
「……ッ、……!」
伊奈は激怒したかった。
軽蔑させるために、兄の所在を教えたのではなかったからだ。
頂点を取るべく頑張っている姿を、褒めてあげて欲しかった。
かといって、肉親に対して声を荒げるには。
彼女は弱すぎたし、穏やかすぎた。
だから悔しげに唇を噛むことしかできなかった。
「そんなことより、伊奈。調子はどうだ?」
(息子が全国で闘ってるのが、『そんなこと』なんて!)
それでもやはり、思いを胸中から出すことはできない。
恨めしさを秘めながら。いつも通りに受け答えをしていた。
そんな時だった。
「……ということで、伊豆浜対吹浦の一本目は、伊豆浜選手が勝利を収めました~~~~ッ! 他のテーブルでも、一本目が終わりつつあるようですねっ!」
外された片方のイヤホンから、実況の声がする。
「優勝者を占う大事な一戦。栄光と600万の賞金への一歩を踏み出すのは、誰になるのでしょうかァー!」
その言葉を両親は疑った。
「いま、何て言った?」
「600万円ですって」
穴が開くほど、画面を見る。
そこには確かに、『実質賞金600万』のテロップが躍っていた。
(この人たち、目の色変えるほど金の亡者してたかなぁ)
疑問ではあったが、今はどうでもいい。
兄を見る目が変わらないかと、伊奈は口を開いた。
「そうだよ。日本一になったら、賞金たくさん貰えるんだって」
二人の首がぐるりと回る。皿のような目をして、伊奈を見る。
「そうか、そうかあ」
「それはすごいわねえ」
平坦な声が続いた。
「……え?」
そんなものは、もちろん。伊奈が期待した反応ではなかった。
温かみのない声色に、顔が強張る。
「なら是非勝ってもらわないといけないわ」
「そうだな。優勝させないわけにはいかない」
何かが違う。
子の頑張りに対して親が示す反応では、ない。
言葉にこそできなかったが。伊奈ははっきりと、そう感じ取った。
「そういうことなら、伊奈。明日は父さんたち、尭史の応援に行くよ」
「寂しくさせちゃうわねえ。ごめんねえ」
「いや、それは。いいんだけど」
本当に、応援なのだろうか。
薄ら寒いものを感じたものの、これも口には出せなかった。
「そもそもこの試合はどうなんだ? 勝てそうなのか?」
父が画面を覗き込む。
「ちょ、ちょっとまって」
言いながらイヤホンを外す。
その瞬間。
けたたましい実況の声が、スピーカーから響いた。
「ああーッと! 鮎川対馬渡のテーブルも、一本目が終わりました! 勝者は馬渡大地選手だア~~~~ッ!!」




