28 払拭の光
本人確認が済むと、これまでと同じ控室に通された。朝に比べるとがらんどうとしていたが、のんびりとしてはいられない。比較的高齢なスタッフが来て、尭史に話しかけてきた。
「鮎川さん。お話があります。試合前の貴重なお時間、少々頂いてもよろしいでしょうか」
「……?」
心当たりのない尭史。ただ、無言でスタッフと目を合わせた。
「単刀直入に申し上げます。鮎川さんのゲームに、不正の疑いが出ております。そのため、次の対戦では特別に監視を強化させて頂きたいのです」
(ああ。そうきたか)
心の中で呟いた。
「どういうことでしょうか。つまり、疑いが出ているというのは?」
「前回・前々回の試合内容に、疑問を抱く審判がおりまして。またプレイヤー数名から同様の意見を頂いております」
「なるほど」
不思議じゃないな、と思う。
ジェローナのことを知らなければ、尭史も同じ意見を持っていただろうからだ。
「事情はお察ししますが、不正はありませんよ。神に、いや。創生導師に誓っていい」
その創生導師のイタズラなんだから、と内心笑う。
「ええ。運営側としてもそう信じております。事実、記録映像にも不審な挙動は確認されていません」
「だったら……」
「ですのでこれは指示ではありません。超規約的なお願いです。お断りしても問題ありません。が」
スタッフはあえて言葉を遮ったように見えた。
「鮎川さんの疑いを完全に晴らすためにも、協力して頂けませんか?」
(そういうことか)
今度はジェローナにも判るよう、思いを念じる。
(オレに対する目を厳しくして、それでも勝てたら。その時はイカサマなんて無いってことになるのか)
「いいんじゃない? こっちとしても好都合でしょう」
それを聞いて、尭史は思いを固めた。
「疑念が晴れるなら、オレとしてもヤブサカじゃないです。それで具体的には?」
「ありがとうございます。まず、審判を二人増やします。一人は挙動の確認。一人はデッキのシャッフル・ドローを鮎川さんの代わりに行います」
「オレが直接デッキに触れないようにするってことですか」
肝を冷やす尭史。
「大丈夫よ。結果的に尭史がドローするのであれば、能力は適応されるから」
(マジかよ。すげー便利だな)
「そんなに不思議? 私だってデッキに触れてるわけじゃないでしょうに」
(まあそうなんだけどさ)
杞憂を知って、尭史は快諾した。
「それともう一つ。撮影用とは別の、監視カメラを設置させて欲しいのです」
「いいですよ。それで潔白の証になるなら」
「他のプレイヤーも納得するはずです」
スタッフはお辞儀をして去った。
その後更に話を持ちかけられるということはなかった。
さすがに気を遣ったのだろう。尭史はそう判断した。
「いよいよついにって感じね」
待ちきれない様子のジェローナ。
「武者震いしてきちゃった。ワクがムネムネよ」
(そうか)
「え」
その後しばらく待っても、尭史は黙ったままだった。
「いや、あの。今のはもっと軽やかに笑い飛ばすトコなんだけどなー?」
(ん、そうだったか)
「おまえ武士じゃなくて騎士だろ、とか」
(たしかに)
「……ココロがワクワクなのか、ムネがドキドキなのか。混ざりすぎだろ、とか」
(なるほど)
「実はこうして自分で自分のボケを解説するの、すごく恥ずかしかったり」
(苦労かけるな)
ジェローナは静かに、手で口を覆った。
(そうだったわ)
思わず口にしそうになる。彼女は自らの失態を悟っていた。
(馬渡さんとの不利を一番悩んでるのも。勝利に対して責務を感じているのも! 他でもない、尭史自身じゃない)
自分の顔を自分で殴る。つい先ほどの言葉を恥じた。
常に他人について考えること。それを怠って何が騎士か!
己にそれを戒め、叩き込まないわけにはいかなかった。
(こんな土壇場にいながら、同時に不正を疑われるなんて。不安にならないほうがおかしいわ)
静かに深呼吸する。隣人を励ますのに、自分が弱気ではいけない。
根拠のない自信を見せつけようと、目をぎらつかせた。
「尭史。あなたは大丈夫。この私がそばにいるんだから、きっと耐えきれるわ」
この試合、自分は前にも増して役に立たない。
ジェローナはそんなこと、もう十分承知している。
それでも彼女はこう言う他ない。
より効果的な檄など知らなかった。
「だから自信をもって。冷静になれば勝てる相手よ」
尭史の背筋が知らずに伸びた。
(なんだよ、まったく。おまえってやつは)
ジェローナを両手で持つ。抱きかかえるかのように。
(それもボケだってか。徹底的に生意気なヤツだ)
「そこが魅力だと思うでしょ?)
(ホント、おまえってやつは)
「それ何回言うのよっ」
(言わせろよ。オレにいくつ借りを作る気だ?)
濁りかけた尭史の眼に、光が戻っていた。
ときどき、と思う。
――ローナの能力以上に、言葉をありがたく感じちまう。
「……ッ!」
妙に恥ずかしくなって、考えを振り払う。
自然と頬を平手で叩いていた。
「ちょっと。私の真似のつもり?」
(なんのことだよ)
「呆れた。見てなかったのね」
(さ、行くぜ)
選手入場が叫ばれる。
16人のオタクが、本会場へと歩き出した。




