14 戸惑い
「いや、おめーも隅におけないじゃん?」
「なんのことだよ」
「とぼけんなよ。見てたぜ、月居妙と抱き合ってるトコ」
「!?」
目玉が飛び出る思いがした。
「いや、バカ言うなよ! あれは偶然月居が倒れてきただけで」
「とぼけんなって。二人っきりで海眺めてたことまで偶然ってこともねえだろ」
「そ、それはあいつが忘れ物したから」
「それにこっちに戻ってきた月居の顔、まるでコミケ帰りみたいに緩んでたぜ」
「比喩対象まで腐女子かよ。とことん歪みねえなあいつ!」
「おっと、話題を逸らそうったってそうはいかないぜ」
「この出歯亀め」
「はっはっは。それでおまえの好みが『無垢なるホモ好き』だと判ったんだから、価値相応だね」
「違うと言うに」
「ムキになるほど怪しいねえ」
心底可笑しそうな中村。他のプレイヤーたちから奇異の目を向けられているほど、笑いこける。
「ま、その話は後にするか。おめーに話す気がねえならよ。それより一回戦の前半が全部終了してるけど。もう知ってるか?」
まだだ、と尭史が不満そうに答えると、鮎川は更新されたトーナメント表へと案内した。
「おめーの二回戦の相手は、札幌選考会の優勝者・早崎だな」
「北海道内の獲得ポイントランク四位。なかなかの実力者だ。得意は早めのビートダウンで、選考会も赤単で勝ち抜いたはずだ」
「お。さすがに詳しいな」中村が感心する。
「ただ、さっきのゴタゴタで今日握ってるデッキをまだ知らないんだよな。2chに情報流れてるかな」
「わりいな、チェックしとけば良かったな」
「謝ることじゃないだろ。応援に来てくれただけでも。……覗きした分、礼は言わないけど」
「こちとら、おめーの応援のためだけに来たわけでもねーけどな」
ぴら、と一枚の紙片を見せる。
「ドラフト第二部の整理券、運良く当選したからよ」
ちょうどそのとき、中村の肩を叩く男がいた。
「中村。第二部の参加者はそろそろ集合だとよ」
月居対尭史の試合を観戦していた男だった。隣にはもう一人。
「そっか、サンキュー。あ鮎川、コイツは鈴木。こっちは馬渡。どっちも高校んときのダチ」
三人は軽く挨拶する。
「馬渡は本戦参加してんだ。二人とも勝ち進めば、三回戦で当たるぜ」
「鮎川くん。そのときはよろしくね」
馬渡は握手を求める。手つきも顔つきも、やや幼かった。
「悪いけど、負けねえよ」
尭史が応えた後、三人はドラフト会場の方へと去っていった。
「なんだろ、訊きたいことはいくつかあるんだけど」
尭史も来るよう誘われてはいたが、彼は断っていた。
一刻も早く早崎の情報を集めたかったのである。
彼は今、本戦観戦スペースでラップトップを開いていた。
傍らにはカバンを背にジェローナを立てかけ、一回戦の中継が見えるようにしていた。
(一個ずつにしてくれ)
「ホモ・イノセンスって何よ」
(月居の渾名だよ。ホモ・サピエンスのもじり。純粋にホモが好きだって意味だとさ)
「あんまり上手くあやかってない上に命名者のしたり顔が目に浮かぶようで腹立つわね」
(滝登りもそんな感じだしな)
「それとなに。尭史は月居さんのコト、好きじゃないの?」
「はあ?」
あんまり予想外で、思わず声を出してしまった。
それに対してジェローナは特に反応しない。
(あ、いや、……どうだろう。好感は持ってるし、可愛いとも思うけど)
「それだけ?」
(それだけ……? ああ、それだけだ。なんだよ、オレがあいつに惚れてるってのか?)
「べつーにー」
(なんだってんだよ、オレは、もっとこう……オレの弱さに寄り添ってくれる人が好きなんだ)
「うわ、くっさ」
(なんなんだよ。ケンカ売ってんの?)
「なんでもないって」
横目でジェローナを眺めてみたが、尭史と目を合わせようとはしなかった。
(そういえば)
目線を戻したとき、何かを思い出しかけた。
(オレもローナに訊きたいことがあったような気がするんだよな)
「なに?」
(いや、なんか色々あったせいで忘れちまった。そのうち思い出すと思うけど)
「あんまり大事なことじゃなさそうね」
(そんなことなかった気がするんだけどな。ま、後でいいか)
「あ、見て。試合終わった卓があるみたいよ」
(北田気が勝ったか。昨年王者の貫禄って感じだな。どれ)
ラップトップを閉じ、カバンを手に取る。
「どこ行くの?」
(控え室。そろそろ二回戦進出者も集合せにゃならんだろ)
ジェローナを定位置に入れて、歩き出した。
「で、相手の……誰だっけ。のことは判ったの?」
(早崎な。ストンピィ……緑単色の強化活用ビートダウンだっていう未確認情報はあったけど、信憑性は薄い。ほとんど判らないようなものだ)
「それだとやっぱり、不利じゃない?」
(そりゃあ言うまでもなく、知らないよりは知っている方が有利さ。マリガンなんか特に影響する)
「マリガンてなに」
(ファーストハンドの選定。ゲーム開始時に各プレイヤーは手札を六枚引くんだけど、その内容が気に入らなければ一度だけ引き直せる。この引き直す行為をマリガンと呼ぶんだ)
「相手の出方が判ってると、それがどう変わるの?」
(単純に、対策カードの有り / 無しをマリガンの基準に出来る。たとえば対ストンピィなら、強化対象の小型プログレを除去する瞬間魔法や、バフを無効化する時代魔法があると、すごく楽になる。だから、もしストンピィを相手にするなら、そういう手札になるように調整するのが望ましい)
「なるほどー」
(でもたとえば、もし相手がプログレの少ないコントロールだったら、そういう手札はかなり望ましくない。そういうわけで、前情報の有無ってのはそこそこ重要になってくるわけさ)
「じゃ、相手のデッキが不明な場合はどうするの? 今回みたいに」
(すごく抽象的な言い方になっちゃうんだけど。こういう場合は、あまり相手のことばかり考えないようにするかな。自分が攻めやすい手札を選ぶ。相手のデッキが判った上でのマリガンが後の先とすれば、先の先を取る感じ)
「守りより攻めを意識するってことね」
そうこうしているうちに、尭史は控え室に到着した。
案の定、二回戦進出者が集まっている。
これから試合を行うのはトーナメント表の左半分の者。十六人による八試合が、同時に行われる。
尭史が控え室に現れたのは、十五番目であった。
(あれ。アナウンス聞き逃してたかな)
「尭史、集中すると周りが見えなくなるもんねぇ」
(改めて人に言われると、なんか複雑だな。まあその通りなんだけど)
と。
ふと視界の端で、尭史に手を振っている者がいるのが見えた。
(焔村か。なんのつもりだ?)
「応援かしら」
(まさか。敵同士だろ)
「彼、勝ってるの?」
(ん、ああ。トーナメント表の右上あたりに名前あるだろ。勝ってるよ」
焔村はしばらくその調子だったが、尭史は一度も手を振り返さなかった。
一方のジェローナは内心こう思っていたが、また尭史が一蹴するだろうと思って口にはできなかった。
――あの手は自分に向けているのではないか、と。




