10 精神腐敗
「エンドですっ」
月居はさも悔しげだった。
「じゃ、ドロー。えーっと」
四枚の手札を矯めつ眇めつ、尭史は考える。
(そうは言っても、この二戦目が一戦目と同じように行くとは、限らないんだけどさ)
「大口叩いた割に、泣き言が早いのね」
(煽ってくれんなよ。一度目の試合を受けて、月居はデッキの中身を変えてるに違いないんだ)
「そういえばさっき、デッキをいじってたわね」
(三本勝負の二本先取であるマッチ戦では、一本ごとにデッキを調整することができる。事前に申請してある15枚のサイドボードから、デッキの枚数が変わらないように改造が可能なんだよ)
「ふうん。でも、それだけが理由じゃないでしょ」
尭史は口笛を吹きそうになった。
(どうしてそう思うんだ?)
「そんなルール上のことなんて、尭史は試合の前から予測してたでしょ。そんなことで思い悩むなんて、考えられないわ」
尭史はわずかに両手を挙げた。
(まじで鋭いな。ああ、本当はもっと大きな理由がある。でも内容は秘密だ)
「ここにきて? 呆れた!」
釈然としないわ、とジェローナは肩をすくめた。
「んじゃま、『誇りなき富豪』を召喚。効果により墓地から『玉虫色の発頸』を回収。何もなければエンドで」
「ドロー。メイン、手札から瞬間魔法『人身御供の対価』を発動。黒マナを払い、スルールを生け贄にしてクローズしたレクトルを回収します。一枚ドロー」
「通るよ」
「余ったマナで『捨て鉢のマイル』『哀れみのレイン』を召還。何もなければ二体をリンゲージ」
尭史の動きが一瞬止まる。
「ちょっと考えさせてくれ」
「どうしたの?」と、ジェローナ。
(相手の出方がかなり変わってきてる。生物の展開がさっきより早い。サイド交換で、ビートダウンに切り替えてきやがった)
ジェローナはぎょっとした。
「デッキの根幹が一変したって、そう言うの! しかも、コントロールに不利な形に」
(ああ。サイドボードの組み方によっては、可能だ。リスクはあるけど、リターンも大きい)
「相性が入れ替えられたわけだものね」
(そういうことだ。しかも、月居が傾倒してるカード群――リンゲージは特に、戦術を変えることに長けてやがる)
尭史に促され、ローナは月居の場にいる二体のプログレを見る。
片や汚らしい中年男、片や幸薄げな少年。正反対のイラストには、首を傾げた。
『捨て鉢のマイル』(黒)(2)
プログレ(ネームド)――人間 / ならず者
リンゲージL; 『哀れみのレイン』(このカード、または『慈愛のレイン』が場に出たとき、あなたはこのカードを左側にして二体をリンゲージさせてもよい。リンゲージした二枚は、BPとHRの値、能力を併せ持った一体のプログレとして扱い、鋭敏を得る)
献身(リンゲージ状態のこのカードが場を離れる場合、このカードのみを対象としてもよい。献身は同時に複数発動できない)
このカードがリンゲージ状態になっている場合、BP+2000 / HR+1する。
BP3500 / HR2 / RV(同名)
『哀れみのレイン』(青)(1)
プログレ(ネームド)――天使
リンゲージR; 『捨て鉢のマイル』
献身
このカードがリンゲージしたとき、どちらか選んで発動してもよい。「カードを一枚引く」「カードを二枚引き、その後二枚捨てる」
BP2500 / HR1 / RV(同名)
「知らない単語がたくさんあって、ちんぷんかんぷんだけど!」
(他の部分は無視していい。今問題なのは、『リンゲージ』というキーワード。要するにこいつら、合体するんだ)
「おっさんと儚げな男の子が合体するのっ!?」
ジェローナの反応を待っていたとばかりに、尭史は月居に問いかけた。
「月居。こいつら、合体させたいか?」
「あったりまえでしょ! レインきゅんがこの無精ひげに、ふぅ」
突如として顔がだらける。
思った通りの返答に、尭史はどこか安心した様子。
(要するに、月居は腐女子。ホモが大好きなんだ)
「えーーーーーーーー!」
逆さまになってもいないのに、頭がくらくらする思いだった。
(抑えた抑えた。ホモをバカにしちゃいけない。ホモのおかげでS.N.o.W.の女性人気が増えたのは確かだし。しかも、ホモ強い。オレは今ホモに悩まされてる)
「言う割には余裕ありげに聞こえるけど」
(暗い顔したって事態は変わらないだろ)
実際のところ、尭史の目は笑っていない。
(このホモ、合体されると除去が更に難しくなるうえ、戦闘力が格段に上がる)
「へ、へえ」顔がひきつる。
(しかも個々のコストは軽いから、ビートダウンらしく並べてよし。機を見て一気に合体させれば相手にとって脅威だから、コントロールのトドメによし。レインのドロー効果から、コンボの繋ぎによし。と、なかなか万能なんだよ)
「野獣のような印象の割に、器用なのね……」
(そんなホモも、合体前は非力だ。さっき回収した『玉虫色の発頸』をマイルに撃てば、恐るるに足りない)
「じゃ使ったらいいじゃない」
(かといってこれをここで使ってしまうと、さっき回収された切り札『レクトル』に対する除去手段がなくなる。すると次のターン以後の雲行きが怪しくなるんだ)
『玉虫色の発頸』(黒)(2)
スプレー
以下の効果から一つ選ぶ。
「プログレを一体選び、BPを-Xする。Xは全フィールド上にある色の種類*1000に等しい」
「プレイヤーを一人選び、Xのダメージを与える。Xは全フィールド上にあるシンボルの種類に等しい。その後、魔力カウンターを一つ、あなたのライフゾーンに戻す」
(オレのFmゾーンに白・黒・緑のカードがあって、レインが青だから4000のダメージ。これはマイルもレクトルも一発で除去できる値だ。だからここで使うには惜しい)
「そういうこと!」
ジェローナは手を打った。
「駆け引きなのね。誘いに乗るか、乗らないか。限られた手段を、どこで使うか!」
「鮎川くーん? まだー?」
そんなやりとりを、月居が知ろうはずもない。
手札で顔を扇ぎながら、急かした。
尭史はそれでもなお考え込んでいたが、やがて。
(そうか)
うっかりしていたとでも言うように、自分の頭を叩いた。
(いつもの癖で、余計なことを考えちまってた。オレとしたことが)
「なに、どうしたの?」
(今はおまえがいるんだもんな。自分のデッキの中の除去を引ける確率だとか。相手の手札やデッキの中身の推理だとか。考える必要、ないんだよな)
「だから、どうしたのって」
青年は、顔を上げた。
「決めた。手札から『玉虫色の発頸』を発動」
「対象はマイル?」
「いや、レインだ」
キョトンとした。月居も、ジェローナも。
「尭史? マイルの方が強いんじゃないの。パワー3000って書いてあるわよ」
(ローナ。出番だ)
「え?」
尭史の唇は真一文字になって、動かない。
「じゃ、エンドです」
一方の月居は、特に詮索せずに進行する。
不審がってはいるが、彼女がこのターンに出来ることは何もない。様子を見る他なかったのである。
(デッキの中にあるだろう。『不平等統制』を、トップへ)
実のところ。
尭史の思惑を知ったところで、月居に打つ手はなかったのだ。




