「ボクに、名前があったら」
それは、風の音さえ届かない、村はずれの古い墓所だった。
今はもう何年も、誰にも手入れされていない。
石の祠は苔むし、木の根があちこちから隆起して、碑文の判読も難しい。
けれど、マハはそこに佇み、まるで引き寄せられるように、一つの地面に手を伸ばしていた。
両手で、崩れかけた祠の底をそっと撫でる。
誰も見つけられなかったものが、まだそこにある気がして。
「……ここに、“あの子”がいるんだね」
土の中から出てきたのは、小さな布切れだった。
誰かが、何かを包むような形に綺麗に畳んで埋めた痕がある。
干からびた布の中には、何もない。
それは、生まれてまもなく、たぶん、
誰にも呼ばれることなく——終わってしまった命。
そして、亡骸もなく、せめてと埋められたスワドル。
マハはそれを、崩してしまわぬように、そっと抱いた。
額の“目”が淡く光る。
観察ではなく、観測でもない。
これは、“見つける”という行為。
「……きみ、ボクと同じで……ちゃんと“赤ちゃん”でいられた時間、なかったんだね」
ぽつりと落としたその言葉に、風が、そっと草を揺らした。
「でもね、すごいなって思うんだ。
きみには、包んでくれた人がいた。抱いてくれた人が、きっと」
少しだけ、羨ましいと思った。
「……ねえ、苦しかっただろうし、痛かったのかなって思うよ。
でも、こわくはなかった、よね。きっと、あったかかったよね……」
小さな布切れは、何も語らなかった。
でも、それには、ほんの微かな“気配”が残っている気がした。
それは——お母さんのにおい。
「ちょっとだけでも……一瞬だったかもしれないけど、あったんだ。
ぬくもりとか、声とか。……ぎゅって、してもらったのかな」
——ボクには、それがない。
生まれたとき、そばにあったのは、術式が走る壁だけだった。
「できたで」「失敗作」「観測装置として機能あり」
名前じゃない。
それはただの、状態の羅列だった。
⸻
「きみは、呼ばれたこと……あったのかな」
名もなき小さな命に、問いかける。
返事はない。でも、風が吹いた。
マハはその風の中で、布切れをそっと胸に抱きしめた。
——もしも。
この子がもう少し長く生きていたら。
泣いたり、笑ったり、名前を呼ばれたりしたなら。
その全部が、きっと宝物だったんだろう。
⸻
「……ボクは、ボクのこと、“マハ”って呼んでる。
誰もくれなかったから、自分で決めたんだ。
でもね、きみには、もしかしたら——ほんとに誰かが、いたんだよね」
涙は流れない。
涙を流すような構造には、たぶんなってない。
でも、胸の奥のどこかが、じわりと熱を持った。
⸻
風が止む。
空は、雲ひとつない晴れだった。
マハは、布を丁寧に包みなおし、祠の中にそっと戻した。
「……ボクが、きみの名前、勝手に決めちゃおっか。
ほんとはダメかもしれないけど——きみのこと、忘れないように」
そう言って、マハは笑った。
その笑みは、寂しさと、あたたかさと、
ちょっとだけ——うらやましさの混ざった、曖昧な笑みだった。
⸻
“名前”って、なんだろう。
誰かがつけてくれたから、特別になるのかな。
それとも、自分で選んでも、ちゃんと意味になるのかな。
マハは、答えを知らないまま、また歩き出した。
——完
〜勝手にテーマソング
project-ALCA/ feel feat.多田葵
-君がこの世に生まれ 目を開けたその日
-生まれた瞬間の幼い存在を思うままに
-声いっぱいに叫んだ 僕にも聞こえたんだ
-この世界のとこかに 眠っている命のため
-思いが届くように唱える 祈りの言葉を
-こんなにも強く
-僕の知らない世界に今君が生きてる
-旋律奏でながら 僕に教えてくれたんだ
-静かに夜明けを 待っている君の
-瞳に映る黄色い花 今 過去 未来 繋ぐ絆




