リンの回想:結ばれし時
リンも回想を続ける。何となく、サラと意識を共有しているという感触を得ながら。
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「怖かったな。でも、もう大丈夫だよ、サラ」
そう私が言うと、サラは、いきなり私の腕をつかんで、どこかへ引っ張っていこうとする。
「どうした、サラ?」
「…」
サラは、無言で、そうするのがやっとというどこか強張った調子で、私を、近くの路地裏に引き込んだ。
「サラ、どうしたの?」
彼女は、無言のまま、私に抱き着いて、胸のあたりに顔を埋めた。
その胸のあたりに、暖かい湿ったものが広がっていく。
私は、彼女の頭を、そっと撫でた。
「よく頑張ったね。一歩も引かない姿は、勇敢で、カッコ良かったよ」
彼女は何も言わず、ただ私を抱きしめる力をぎゅっと強める。
彼女の震えが伝わってくる。
気付いたら、私も、一方の手で、頭を撫でながら、他方の手では、彼女を抱きしめていた。
彼女のぬくもり。
やがて、震えが止まり、彼女は、顔を上げた。
若干赤いが、変わらず澄んでいるその瞳が、私をのぞき込む。
そして、彼女は、ぷくりと膨れた。
「あんなところで言わなくたっていいじゃないの。もう少しで、あいつらの前で恥ずかしい姿晒すところだったわ」
「そうか、せっかく耐えていたのに、それじゃあ向こうの思うつぼだもんね。悪かったよ」
「でもね、嬉しかった」
今度は、ニッコリと笑う。その目は、また少し潤んでいる。
「私ね、あの時、リンに、助けて、って心の中で言ったのよ。そしたら、リンに、届いたみたいね…」
「そうか。でも、私はもっと早く動くべきだったのかもしれない。遅くとも、あの男が、君を殴った時点で」
「良いのよ。結局、私があいつらに水をぶっかけたことが原因なんだし、私は、あなたもレイも巻き込みたくはなかったから」
「そうか。でも、一人で抱え込みすぎないでね。それこそが、友達ってもんなんだろ?」
「…友達、なのかしら?」
「え?」
「今、私達は、二人きりなのよ。この意味、分かる?」
「えっと…」
「リン。私、あなたのことが好きだわ」
彼女の見つめるまなざしは、本物だった。あの時、友達になろうって言ってくれた時みたいに。
「サラ、私も、君のことが好きだ。君が無事で、本当に良かった」
「リン…」
彼女の顔が近づき、私達の唇が重なる。
絡み合う舌。サラの息。
そして、私達は離れる。ゆっくりと。
私は、改めて、サラが美しいことに気付いた。
「君は、何て美しいんだ。なんていい子なんだ。君の全てが、愛しい…」
「あなただって、あんなにカッコいいんですもの。それに、私の全てを受け止めてくれる。だから、私も、あなたの全てを愛しているわ」
そして、再びキスを交わそうとすると、オッホン、と咳払いが聞こえた。
「ちょっと、私が回復魔法かけている間に、何二人でいちゃついてるのよ?魔力切れになりそうな私のことも、ちょっとは思い出して欲しいわ」
「悪かったな」
「レイ、あなた、いつから見ていたの?」
「リンが、『君は、何て美しいんだ』なんて叫んでいた時からね。一度でいいから、私だって言われたいわ」
「私は、そんなに変な口調では言わなかったつもりだけど?」
「うふふ。そうね、リンはもっとカッコよく、『君は、何て美しいんだ』って…こんな感じで言ってくれたわ」
「おい、二人とも、照れるじゃないか」
「うふふ」
「あはは」
そうして、私とサラとは、愛し合うようになったのだった。
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二人の意識は、一度現実に戻る。
「思えば、二人っきりのデートは少なかったね」
『そうね。大体レイも一緒のことが多かった。あの子も、結構な寂しがり屋だから』
「放っておけなくてサラが誘って、それで私もオーケーする、というのがお決まりだったな」
『あの子もリンのことを好いているのは分かっていた。けど、私は、リンを信じていたから。それに、あの子ったら、いつだった私達が二人でいたと知ると、泣かんばかりの表情を浮かべるのよ』
「そうだったのか」
『あんな表情浮かべられたら、無理について来るななんて、言うのは酷だわ』
「そうだね」
『でも、何故か、私がラフートを吹く時だけは、あの子も私達を二人きりにしてくれたわね』
「ああ。多分だけど、レイは音楽はからっきしだからだと思う」
『うふふ。その代わり、絵はうまかったわ。私はそっちはダメだった』
「サラにもできないことがあるんだね」
『誰だってそうよ』
「そうだな…」
再び、回想の渦が、二人を巻き込んでいく。





