三
夏休み明け、大学で久しぶりに名雲と会った。八月の初めに三人で旅行に行って以来だった。
「天水、やけたね」
挨拶を交わしたあと、名雲は天水をまじまじと見て言った。
「山に行ってきたよ」
天水は親指をたてた。
「ああ、写真送ってきたよね。一人で行ったの?」
「うん。人生初の山小屋泊だったよ」
「いいねえ。星、綺麗だったでしょ」
天文同好会員らしく、名雲は山よりも星の話を聞きたいようだ。
「それが、夜は曇っててほとんど見られなかったんですよー」
「それは残念。古泉は特に変わってないね」
「いや、かなり成長した。精神的に」
「というと?」
「カリフラワーが食べられるようになった」
古泉はにこりともせずに言う。
「嫌いだったことが初耳だ」
「食わず嫌いだけど。小さい頃は好き嫌いって注意されるけど、今となっては避けられるから。数年ぶりに食べたら食べられないこともなかった」
「おいしかったわけじゃないのか」
「うん。買ってまで食べたいものではない」
「むしろ潔い」
必修の講義を受けて、昼休みになると天水が昼食を買いに行った。帰ってきたとき、彼女の手には売店の袋がさがっていた。中身は冷やし中華だった。
「はじめました」
冷やし中華の透明な容器を机に置いてから、天水がそう言った。
「どちらかというと、食べおさめじゃない?」
時はすでに九月下旬だ。
「まあ、細かいことはいいでしょ。それよりさっきの話だけどさ、古泉も見た目になんか変化をもたせようよ」
「たとえば?」
と、名雲が箸をとめて聞いた。
「えーと、髪を染めるとか髪型を変えるとかスカートをはくとか、身長を十センチ私にくれるとか」
「最後のは天水の願望でしょ」
「切実な、ね」
「年齢的にもう伸びることはないだろうし。そんなことより来週の日曜は中秋の名月だよ。月見しよーぜ」
「話題を変える片手間に希望を断ち、その上そんなこと呼ばわりされた!」
盛り上がっている二人をよそに、古泉は天水の冷やし中華を眺めながら何か考えているようだった。
「食べたいの?」
天水が聞くと、
「いらない。中秋の名月って、この時期の満月のこと?」
古泉が名雲にたずねた。
「違うよ。旧暦の八月十五日の月のこと。満月じゃない時もある」
「今年は?」
「満月だね」
天水は二人の話を聞きながら冷やし中華の蓋を開けた。具の中に半分に切られたゆで卵がある。月の話が出たので古泉はこれを見ていたのかもしれない。つゆを入れて麺をほぐしてから具を乗せた。麺を一口すすってから、二人に質問した。
「なんで旧暦の八月十五日に当たる日は毎年変わるの?」
古泉は少し考えてから、
「旧暦のひと月は月の満ち欠けで決まってて、えっと、つまり、新月から次の新月までが一か月」
「それって、何日間?」
「たしか、二十九日か三十日だっけ?」
自信がないのか、名雲に確かめた。
「平均すると、だいたい二十九点五日だ」
「裏付けがとれた。それで、二十九日の月と三十日の月があったらしい」
「へえ」
「でも、それだけだと問題があってね。天水、二十九点五かける十二は?」
不意に名雲が言った。
「へ?」
「暗算で」
「うわ」
そう言いつつも、天水は計算をしはじめる。名雲はスマートホンを操作した。
「二百九十五の、五十九で、えーっと、三百五十四?」
「それで、いい?」
「かつて人間計算機と呼ばれた私に計算ミスはないよ」
「人面計算機?」
「売れなさそうだ」
名雲がスマートホンの画面を二人に示した。電卓機能が起動されていて、画面上部には「354」と表示されていた。
「つまり旧暦では一年は三百五十四日しかなくて、そのままだと毎年約十日ずつ足りなくて暦と季節がずれていくから、三年に一回くらい閏月ってのがあって一年が十三ヶ月になることもあったわけさー」
たたみかけるように、名雲は一気に説明した。
「それはそうと、正解した私への称賛は?」
「称賛て」
「天水はえらいなあ、どえらい」
古泉は天水の頭をなでた。
「なでんなっ」
天水は古泉の手を振り払った。




