二
月曜日の午前六時、天水と古泉は近所の神社の手水舎の前にいた。
「いやー、曇ったねー」
天水は空を見上げ、つとめて明るく言った。一面が灰色の雲に覆われていた。青色はどこにも見えないが、雲が薄いため太陽ははっきりと見える。
「むしろ、雲がフィルターになってて見やすい」
意外にも古泉はあまり落胆していないようだった。「一生に一度かもしれない」と名雲が言っていた天文現象を前に浮き足立っているのかもしれない。
それは天水も同じで、彼女は昨日ほとんど寝られなかった。古泉に気付かれないようにあくびを噛みころし、
「影かできないのは少し残念だね」
と、一昨日名雲の家で見せてもらった写真を思い出しながら言った。それは日食の写真だが、太陽自体を写したものではなく、日食の時の木陰を撮った写真だった。木漏れ日がいくつもの三日月型となっていた。
他にも名雲が見せてくれた天文雑誌にはそういった写真があったが、この空模様では影ができそうにない。
天水は木漏れ日の写真を撮りたいと思っていたが、今回は諦めるしかなさそうだ。
横を見ると、古泉は空にカメラを向けていた。カメラをおろして、天水に液晶を見せた。
「雲のおかげで、形がうつる」
日食グラスで見たときほどではないが、雲によって太陽の光がいくらか遮られているので、太陽の輪郭が写真に写った。雲がなければ、光が強すぎて写真に余計な光線が写ってしまう。これはこれでいいのかもしれない。いくら手を尽くしたところで天気が変えられるわけではないのだ。
六時半頃から日が欠けはじめた。
彼女たちと同じことを考える人も多いのか、神社の前の小石が敷かれた広場には、十数人の人がいた。様々な年齢の人が、一様に空を見上げていた。グループもいれば、一人の人もいた。
食がはじまってからは、歩道でたち止まり空を見上げる人が何人もいた。それでも、車はひっきりなしに道路を行き交い、急いで自転車をこぐ高校生の姿もあった。彼らもどこかで空を見上げるのだろうか、それとも他のことを優先せずにはいられないのだろうか。
日を浸食していく影は、少しずつではあるが徐々に大きさを増していった。
七時半頃に金環ができた。五分もしないうちに輪っかでなくなった。二人で日食グラスを交互に使い、使っていない方は写真を撮った。金色の指輪のような、細い縁だけになった太陽を写真におさめることができた。
金環日食が終わり部分日食となると、広場にいたほとんどの人が帰りはじめた。
「終わるまでここにいようか」
そう、天水が提案した。
「うん」
古泉は頷いた。
だんだんと小さくなってゆく丸い影を見上げながら、金環日食を見たくても色々な事情で見られなかった人もいるだろう、と天水は思った。
だからこそ、こうして日食を眺められる時間があって、それにつきあってくれる友達がいることを幸せだと感じた。
でも、そんなことは言わない。顔をさげた古泉が天水の方を見た。
「なに? 笑って?」
「ううん、なんでもない」
「そう?」
九時前に日食が終わり、古泉はそのまま自転車で大学に向かった。天水は一度家に帰ってから大学に行く予定だ。
信号待ちの時に空を見上げた。三叉路のそばにある大きな木の向こうに、小さく青空がでていた。