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第十九話 足掻き所の巨人

 夜空から注ぐ月光をその白い体躯に反射させ、巨大な重戦士ファイター級のヒトガタは一歩を踏みだした。厚手の装甲に覆われたその足裏が“沖縄”の甲板に接すると、巨大な振動が辺りに生まれ、重低音が辺りに木霊する。

 その首を右に向け、甲冑のスリットの奥に光る双眸がギョロリと音を立てるかのように動き、自身の足下にいる四つの影を捉える。

 そこにいた影の一つ、頭に包帯を巻いた森羅は夜なのに手でひさしを作って重戦士級を見上げ、

「でっけぇなぁー! 講義とかでは聞いてたけど、間近で見るとこんなにでけぇんだな! おい羽撃、写真。写真撮ってくれよ! バックにちゃんとあの重戦士級入るようにしてな!」

「こんな時に何言ってんのよ! あれもう完全に私達のこと狙ってるじゃない。早く逃げないと―――」

 隣で馬鹿の頭を叩いていた巫女が全てを言い終わる前に、重戦士級の巨大な拳が振り下ろされた。


                         ●


 それは、殴ったという表現にはまるで当てはまらない一撃だった。

 振り下ろされた拳が“沖縄”甲板上の道路に接触するほんの一メートル前辺りで、巨拳きょけん勢いにより圧迫された大気が舗装された道路をへこませ、接触と同時に逃げ場を失ったそれが破裂する様は、まさしく爆発と形容するほうが正しいだろう。割り砕かれた道路の破片をも巻き込み威力を増したそれは、打ち据えた拳を中心に破壊を撒き散らす。

 そして、数秒ほどの衝撃の余波の後、巨大な腕部から数メートル離れた位置に、肩で息をする一人の男がいた。

「危なかったわね」

「ええ。あのレベルの一撃だと、わたくしでも少し危ないですからね」

「刀折れちゃうかもだから。私もやめた」

「お前らいきなり人を盾にしておいてありがとうとかねぇの!?」

 前面に咄嗟に緑炎による防壁を張った森羅は、攻撃の瞬間に一列になって自分を盾にした羽撃、マキ、アンナの順番に並んでいる女子達に怒鳴る。

「あー、もううるさいわね、耳元でピーピー言わないでよ。全員助かったんだからいいじゃない」

「そのセリフって防衛に貢献した俺が言うセリフだろ!? お前なんもしてねぇじゃん!」

「あ、ごめんね。じゃあ聞いててあげるから言っていいよ」

「違うの! セリフを取られたって意味で怒ってるんじゃないの! 人のことを防壁にしたくせにお礼の一言もないのを怒ってんの!」

 女子三人は一旦森羅から離れてスクラムを組み、手早く話を済ませると、羽撃のいっせーの、の掛け声で、

「ありがとーございました」

 まるで幼児が言うような間延びした口調の心無い謝礼に、

「うん、バッチバッチ。許す許す」

 ニヤケ面でこちらに親指を立てる馬鹿を見て、三人が三人ともちょろいなぁ、と思ってしまう。

 そんな彼等の耳に、高所から再び重戦士級の雄叫びが届く。こちらを無視されて怒りを覚えたのか、先程よりも速度のある拳が振り下ろされてくる。

「やっべー、来るぞー!」

 森羅の声に、全員がそれを避けようとした瞬間だった。

 突如、横合いの道から出てきた白い巨体に、重戦士級が一撃で吹き飛ばされた。

 巨体は空中で半回転し、頭から地面に突っ込んで数十メートルは吹き飛んだ。

 重戦士級を吹き飛ばした別の白の巨躯を、四人は知っている。その無骨で頑強な白い装甲に赤のラインを施したその巨体は、

「ギガント・ジーク!」


                         ●


 小さな照明とディスプレイから発せられる光の薄暗いコクピットの中で、ノリエルは額の汗を拭うと大きく息をついた。人が二人やっと入れるかどうかの狭いコクピット内は慣れてはいるものの、戦闘中ということもあって圧迫されるような感覚で一息ついた気がしないが、再び息を吸い、操縦桿を握り直す。

「まったく。何だってこんな日にこんなことが起こるんだい? 誰かに説明して欲しいよ」

『説明できるヤツがいたとして、納得するのかお前は?』

 などと、画面の向こうから言ってくる自身の使倶がどうにも腹が立ったので、とりあえず画面を一発殴っておいた。と、そこで、

「やっぱまだ終わらないか……」

 先ほど吹き飛ばされた重戦士級が、近くにある三階建ての建物を手がかりに体を起こそうとしている。

 するとそこで、機体が拾った外部音声マイクから、

『おいノリ、早いとこ決めちまえよ! お前はレースなんか出てるくせにホント変なとこ遅ぇよな。おいほら、もう相手立ち上がってんぞノロマ!』

 と、ちゃちゃを入れてくるので、操縦を誤ったふりをして踏み潰してやろうかとも思ったが、いかんせんそこはチャンピオンとしての誇りがある。事情聴取のときには保身のためでもそんな嘘は言いたくないし、かといって本当のことを言って前科持ちにはなりたくなかったので、

「命拾いしたね!」

 と、スピーカーから外に声を送ると、外にいる者が馬鹿を含めて全員首をかしげていた。いかん、はしょりすぎた、と心の中で反省しつつ、ノリエルは前に向き直りフットペダルを強く踏み込んだ。

 ギガント・ジークの脚部ホイールが一瞬スピンを起こしたあと、機体が前方の重戦士級に向かって突進する。相手はすでに立ち上がり、こちらへと向き直っている。そして、ギガント・ジークが間合いに入るのに合わせ、自身の巨腕を放ってきた。

 ノリエルはそれに臆することなく、さらに速度を上げ、放たれた拳を紙一重でかわし、そのまま重戦士級の腹部に思い切りショルダータックルを決めた。

 自身よりも二回りも巨大な重戦士級を相手でも、加速をつけた状態であったのとカウンター気味であったことが幸いし、ギガント・ジークは重戦士級もろとも、進行方向上にあったビルの壁面に突っ込んだ。壁面が崩れる鈍い音とガラスの割れる甲高い音ともに瓦礫が雨のように降り注ぐ。その大半は体格の差でギガント・ジークを腹に抱えるようになっている重戦士級に降り注ぎ、そのまま倒れこむ。ギガント・ジークはマウントをとり、拳を固め、振り上げる。目標は顔面、正中線上だ。

『―――――!!』

 が、突如として咆哮を上げ、上に乗っているギガント・ジークを押しのけるように重戦士級が状態を無理やりに起こしてきた。ギガント・ジークは押さえ込もうとするものの、体格や重量の差で簡単に押し切られてしまう。

 咄嗟に重戦士級の腹に足を絡め、振り落とされずにはすんだものの、

『―――――!!』

 重戦士級は自身の身体を大きく振り回し、自身の腹部に地面と水平にぶら下がっているギガント・ジークを今まで寄りかかっていたビルに思い切り頭部から叩き付ける。ビルは完全に倒壊し、衝撃で脚を離してしまった機体は向こうの道路まで吹き飛んでいく。

「わぁあああああっ!?」

 緩衝システムが処理し切れなかった衝撃とともにコクピット内にアラートが鳴り響き、モニターに映る景色が目まぐるしく移り変わっていく。

「こ、のぉ!」

 そんな状態でもノリエルはハンドルを操作し、ギガント・ジークを着地させることに成功するも、コクピット内に別のアラートが鳴り響く。

 同時に、前面のコントロールパネルが展開し、数箇所が赤く明滅している機体のポリゴンモデルが現れた。

『今の衝撃で脚部サスペンションと腰部アブソーバーに異常発生。内圧上昇、各信号伝達系統に不具合発生』

「オーケー。損壊がないなら自己修復システムを展開。サスペンション内部の気圧調整、及び伝達系の修復を開始」

『了解。自己修復システム展開開始。修復完了まで一三八秒』

「最速で!? 敵が来るよ!」

『これで最速だ。走行形態への可変機構は健在だからそれを使って時間を稼げ』

 焦るノリエルに、ジークはシステムの展開を行いながら進言する。モニターの向こうでは、重戦士級がこちらに向かって大股で走ってきている。

 こちらに徐々に近づく地響きを感じながら、ノリエルはハンドルを握り、

「そうだ。このままこの区画を離れて森羅くんたちと合流を―――」

 そこで、メインモニターの隅に展開された機体後頭部のサブカメラが捉えていた映像が目に映り、表情を曇らせた。

「ジーク」

『なんだ』

 修復に集中しているため、鬱陶しそうな声でジークが返す。

「今の状態で、戦闘形態での稼動はどれだけもつ?」

『ハァ!? 何馬鹿なこと言ってるんだ! 今はとりあえず時間を稼がないと―――』

「そうも言ってられない」

 言葉を遮られ苛立った気配を見せるジークに、ノリエルは先ほど自分が見ていたモニターを示す。それを見て、ジークは息を呑む。

 そこに映っているのは、この危険地帯で逃げ惑っている多数の人々だった。

「多分襲撃のときに締め出しをくらった人たちだ。この近くにある下階層への入場口から収容をやってるんだろう。このままじゃあの人たちに標的を切り替えられる恐れがある。注意を引き付けられることができればいいんだけど、今の機体状況じゃ逃げることに専念するしかないだろう」

『………』

「だから、ここで戦って・・・時間を稼ぐ。反論は聞かないよ。その代わりさっきの質問の答えを訊かせてほしいな」

 ほんの数秒の沈黙。そして大きな溜め息で、ジークは観念したように首を振った。

『中途半端な修復状況だ。が、修復作業と平行しての戦闘なら一分程度はもつ』

「上等。それでこの区画からヤツを引き離すよ」

 言うや否や、ノリエルはハンドルのトリガーを強く握ると、ギガント・ジークは搭載された機銃を敵めがけて放った。


                         ●


 照準など気にも留めず、メインモニターを縦横無尽に動くロックオンサークルに煩わしさを覚えながら、ノリエルは目の前に迫る巨体に銃弾の雨を降らせる。だが敵は大してダメージを負った風もなく、その勢いに衰えは見られない。ただまっすぐ、弾の放たれてくる直線上、自分に照準を絞って向かってきている。

 それを確認し、ノリエルは機体の脚部ローラーを展開し、左へ旋回するように移動を開始した。決して相手から離れすぎず、且つ相手に追いつかれないようスピードを調節し、避難している住人達への注意を逸らす。

 ノリエルの思惑通り、重戦士級はわき目も振らず、横へ移動するこちらへと進路を変える。

「よーしいいぞ。こっちだこっち」

『機体不調の修復率、二十三パーセント。残り時間百六秒』

 ジークの告げる作業状況を聞きながら、乾いた唇に下を這わせて薄く濡らす。レース以外で味わう失敗できないという緊張感に、己の胸中が高揚して熱くなるのを感じる。

 重戦士級との距離九十メートル。避難民たちとの距離はすでにその倍以上は離れている。それを見計らい、ノリエルは下に銃口を向けて横一線に機銃を振るい、地面を穿った。

 弾丸によって穿たれた地面は舗装がめくれ、その下にあった土を巻き上げ、ノリエルは己と敵の間に土煙のカーテンを作り上げ、

「喰らってぶっ飛べ!」

 操縦桿についたカバーを親指で押し上げその下のボタンを強く押し込んだ。

 ギガント・ジークの両肩の装甲がスライドして展開し、そこから現れた空洞から、二つの弾頭が火を噴いて飛び出した。

 燃焼術式を奮発した自作の焼夷弾頭は、大型の敵を想定して作った自慢の一品で、その破壊力は実験によって証明済みだ。ただし実験を己の家で行ったため、しばらくは底冷えのする寝床に寝ることになったが。

「本当はレギュレーション違反だけど、いざって時のためにね」

 射出された弾頭は一気に加速し、その勢いで前方の土煙を吹き飛ばす。

 煙が晴れた向こう側にいた重戦士級は、先ほどと変わらず全力でこちらに突進していたのだろう。弾頭が眼前に迫っているにもかかわらず、防御どころか速度を落とすことさえしていない。

 だから必然的に、最高速度をキープしたまま弾頭と正面衝突した。

 顔面に直撃した弾頭は弾け、内部から燃焼用の大量の術式符が反応を起こした強列な光が迸り、重戦士級が炎に包まれる。

 炸裂した。


                         ●


 最初に光が生まれ、次いで炎が現れ、最後に爆音が来た。

 先ほどまで土煙が隔てていたものが爆炎に代わり、一面が紅蓮に染まる。

 炎が弾ける音までも鮮明に聞こえてくる機体内で、ノリエルは崩れ落ちるように大きな息を吐いた。

「危なかったー。本当にやばかったー」

『まったく、相変わらず無茶をする』

「でもどうにかなったでしょ。僕の操縦技術の賜物だね」

『馬鹿を言え、俺のバックアップが最高なんだよ』

「ハハハ、何を血迷ったことを」

『ハハハ、お前こそなにを脳にウジが湧いたようなことを』

 棘のある言葉を言い合いながらお互いに笑いあう。

 事態はその一瞬で起こった。

 突如としてコクピット内にアラートが鳴り響き、ノリエルはすぐに視線をモニターに移した。

 そこには、眼前に広がる紅蓮の景色を引き裂きこちらに飛んでくる、

「バス―――!」

 先ほどまでここら一帯を走っていたであろう路線バスが、こちらに向かって飛来して来ている。

 その突然の異常事態に反応が遅れた。

 何もすることもできず、コクピットを衝撃が襲った。


                         ●


 コクピット内にアラートが先ほどよりも大きく鳴り響き、緊急灯火の赤で染め上げられる。

 同程度の質量を高速でぶつけられ、ギガント・ジークは後方に大きく吹き飛んだ。

 すぐに操縦桿を操作し体勢を取り直すよう機体に信号に送るが、ギガント・ジークはそれを受け付けず、

「えっ!?」

 機体はそのまましりもちをつくように地面に叩きつけられ、次いでバスに押しつぶされ完全に倒れこんでしまった。

 ノリエルは背中を強打した痛みに耐え、機体状況の確認のモニターを出す。その画面に同時にジークも移動してきた。

『まずいぞ! 今ので修復中だった下半身周りが完全に駄目になった!』

 モニターに表示された情報を見る前に告げるジークの声を聞き、ノリエルの顔が焦りに染まった。

 同時に、外部から聞こえてきた大きな地響きに、視線をメインモニターの正面に移す。

 そこに映っていたのは焼夷弾頭を顔面に食らわせてやった重戦士級だった。甲冑のような頭部にはヒビが走り純白の装甲のところどころは煤で黒く染めたそれが、バックに炎をまとってこちらを見下ろしている。

「効いてないのかよ!」

 ノリエルは起動するギガント・ジークの腕部をを動かし、上に乗るバスを放り投げてやる。敵はまるでハエでも払うかのように片手でそれをはじき落とすが、それと同時に右手に持った機銃を向けて発砲する。

 だが、堅牢な装甲で身を固めている重戦士級は簡単に放たれる弾丸を跳ね返す。

 もう一度、焼夷弾頭を放てば傷ついている頭部を破壊できるかもしれないが、

(一発だけにしとけばよかった……!)

 そもそも奥の手として搭載している武装で発射装置も一発だけを想定して作ってあるため、あの二発で弾切れなのだ。

 向かってくる弾丸を気にも留めず、重戦士級は拳を振り上げ、ギガント・ジークの頭部めがけて振り下ろす。

「危なっ!」

 間一髪で上体を捻るように操作し、その拳を交わす。そして、

「今っ!」

 突き刺さって抜くのに戸惑っている重戦士級の腕にギガント・ジークの右腕を絡ませ、それを支えに機体を引き寄せて左腕で敵の後頭部、首の後ろを掴み取り、さらにそのまま首に腕を絡め、重戦士級の上半身におんぶするようにしがみついた。

 必死に攻撃をされないようにするため、上半身を使えないようにしようともがくが、重戦士級は引き抜いた腕をその勢いで後ろに回し、ギガント・ジークの頭部を鷲掴みにし、簡単に引き剥がしてしまった。

 そのまま体を使って大きく振り回すと、

「まさか―――!」

 そのまさかで、思い切り放り投げられた。

 緩衝システムでも殺しきれないGが体中にかかり、ノリエルは顔をしかめる。

 そのまま着地することもできずに、ギガント・ジークは上半身から地面に叩きつけられ、さらに大きな衝撃がコクピットを振るわせた。

「痛たた……!」

 頭部を押さえながら顔を上げると、ノリエルの前に様々な情報のモニターが展開されている。そのどれもが赤い色をしたモニターを見るまでもなく、機体状況が最悪なことなどすでに分かりきってしまっている。

「最悪だ……」

 だが、最悪な状況はさらに続いていた。

 機体状況を示すモニター以外の現在地のマップを表示したモニターを見てみると、

「ここ、さっき引き離した避難路じゃないか!」


                         ●


「最悪だ、ここまで損傷して振り出しなんて冗談じゃない!」

 ノリエルは忙しなく操縦桿をいじるが、機体は立ち上がる気配がない。

「ジーク、走行形態への可変機構は!?」

『駄目だ、完全にイカれてる。システム調整での修復は不可能だ』

 言われ、ジークの映る機体状況のモニターを見れば、映る機体のポリゴングラフはその大半が赤く染まり、危険信号を発している。

 大量のモニターの情報を高速で把握と処理を行うノリエルの目に、一つのモニターに映った光景が止まる。

「マジ……!?」

 思わずそんな言葉が漏れるほど、モニター画面の状況は切迫していた。

 映るのは倒れているギガント・ジークの頭頂部から三十メートル先。シェルターへ続く避難路である第二階層への出入り口。

 そこが瓦礫によって塞がれ、まだ中に逃げ込めなかった人々が往生している。おそらく、自分たちがここに吹き飛ばされ来たときに同時に持ってきてしまったものだとすぐに分かる。

「ジーク、上半身の位置だけでいい、動かせる!?」

『何をする気だ?』

 問うてくるジークに、ノリエルは食い気味に、

「瓦礫をどける。とにかくみんなを中に非難させるんだ」

 ジークはそれを聞き、時間が惜しいというこちらの意図を汲んだのか返答も返さずに動作形の操作に入る。すぐにコクピット内に揺れが生まれた。

 地面に手を付き、その巨腕に似合わない程に震えるような振動をもって、その胴体をうつ伏せにすることに成功する。すぐに外部スピーカーへマイクを通し、

「皆さん、今から瓦礫をどけますから、どいてください!」

 言い終わる前に、出入り口付近に群がっていた人々は一目散に散り散りになり、手近な瓦礫や倒壊を免れた建物の影に隠れる。

 ノリエルは這うようにギガント・ジークを移動させ、人がいなくなった出入り口まで向かうとゆっくりと操縦桿を操作し、機体の右腕を瓦礫の山へと伸ばす。

 焦って操作を誤りでもすれば、現状はもっとひどくなりかねない。最悪、瓦礫が斜線となった出入り口の奥まで雪崩れ込んでしまった場合、這う動きしかとることのできないギガント・ジークでは瓦礫を掘り起こすことは不可能になる。

 操縦桿を握る手が震える。操縦桿と手の隙間に汗が層を作り出すほど噴出し、滑らないようにその汗の層ごと握りつぶすように力を加える。

 機体の指先が、瓦礫の山の先端へと触れた。そのままゆっくりと右へ払うように動かすと、先端は山の横腹を転げ落ち、地面に触れると同時に砕き割れる。同時に、身体にこもる熱を少しでも逃がすように、ノリエルは深い息を吐いた。

 額と手の汗を無造作に制服でぬぐい、もう一度息を大きく吸うと、撤去作業を再開する。

 ゆっくりと伸ばされた鉄の腕が、今度は先ほどよりも大きな破片へと伸びていく。おそらく指で動かせるほど軽いものではない。そのため、指を大きく開き、掴みあげるような動きを行う。

 そのとき、大きな揺れが一つ起こった。

 その揺れに反応して、触れようとした瓦礫がひとりでにおかしな挙動を起こして、バランスが崩れる。

 ノリエルは心臓が飛び出しそうなほど大きな脈動を胸に感じた。が、幸いなことに、瓦礫は先ほどのものと同じようにこちら側に転がって砕けた。

 これにより、かなり出入り口は広がったが、ノリエルは先ほどのように息を吐くことなく、むしろ呑んだ。機体後頭部にあるカメラが捉えた映像が目の前に移る。

 滑らかな純白の装甲の中で、頭部だけがヒビ割れ黒く変色した巨躯。

 重戦士級がこちらに迫っていた。


                         ●


 ノリエルはすぐにカメラが捉える映像から距離を測定する。

 重戦士級とこちらの距離は二百メートル。あの巨体ならばおそらく三十秒と持たずにこちらに到着するだろう。

 後ろから迫る脅威への対処法は思いつかない。この立ち上がることもできない機体ではもともと手の打ちようが無い。

 なので、ノリエルは瓦礫の撤去を最優先にするため、後部カメラのモニターを小型化して隅に追いやり、正面にあるメインモニターに意識を集中させた。

 先ほどからこちらに迫ってくる振動のせいで、積み重なった瓦礫の破片のバランスがどんどん崩れていっている。しかしノリエルはあることに気づいた。

「瓦礫が……」

 瓦礫の山が、こちらに対して徐々に崩れてきている。

 なぜかと思うと同時に、その答えが浮かぶ。さきほど吹き飛ばされてきたとき、地面を抉るほどの勢いで叩きつけられたせいで舗装された地面がこちら側へと傾いているのだ。

「これなら……!」

 ノリエルは操縦桿を一気に前に押し倒す、それに連動してギガント・ジークの腕が前へと伸ばされ、今ある瓦礫の山の中腹辺りに突き刺さると、

「ぉおらっ!」

 それを一気に払いのけた。瓦礫は多少、階層下に転がっていったが、ほとんどは外へとこぼれていく。

 階下に落ちていく心配がないと確信したノリエルは、残っていた機体の左腕も用いて、一気に山を崩しにかかった。

 二つの鉄の腕が山に突き刺さり、硬く重い音が、機体の腕を伝播してコクピット内にも聞こえてくる。ノリエルは砂場で遊ぶ子供のようにもう一度、

「おおおおお!!」

 一息にそれらをかき分けた。ガガッ、と、引き摺り、軋むような音が連続し、そして、

「開いた……」

 そこから、第二階層へと続く入場口が顔を出した。

 その場から動けないため、一応ソナーによって内部を確認すると、今いる人数が一挙に入っていっても問題ないことが確認できる。

「皆さん、もう大丈夫です。早く非難を―――!」

 言って、その言葉が途中で止まった。さきほど隅に追いやった後部カメラのモニターが拡大される。

 しかし、そこには何も移らない。近すぎる位置に何かがあるため、システムがオートファーカスでそれを捉える。

 重戦士級が、すでに自分の後ろに追いついていた。あと一歩、遅かったのだ。間に合わなかった。

 相手はもう拳を握り、振り上げ、あとはこちらに振り下ろすだけの体勢に入ってしまっている。

 そして、それが来た。

 大気を引き裂きながら、その直線上にあるギガント・ジークの背部、ノリエルのいるコクピットへと向けて正確に迫る。

 もはや脱出もままならず、ノリエルは身構え、目を強くつむった。

 そして、音が弾けた。


                         ●


 金属が軋む音から始まり、続いて潰れる音が生まれた。

 破片と火花が辺りに飛び散り、音が生まれた箇所から青い迸りが生まれた。

 そして、何かが崩れる音ともに、

 重戦士級が、地面に倒れ付した。


                         ●


 ノリエルは外から聞こえた音で目を開いた。

 正面のモニターに移るのは機体後方の映像。そこにいたはずの白の巨体は、頭部から青白く光る心力光を撒き散らしながら、天を仰ぐように倒れている。

 状況がつかめず、意味もなく狭いコクピット内に視線をさまよわせていると、

『おい、無事かノリエル!』

 機体コンソールの通信接続ユニットから、通常の使倶形態へと戻ったジークが現れ、こちらの顔を覗き込んでくる。動揺して思わず身構えたノリエルは、本来いなければならない機体内から出てきたジークを見て、そこでようやく自分が助かったのだということを理解した。

 まだ若干の警戒と動揺を残したまま、ノリエルはジークに、

「どうなったの、いったい……」

 ジークは黙ってモニターに向き直った。そこに映るものは二つ。一つは、先ほどまで近くに隠れていた住民たちが出てくる姿だ。広角で全体を映しているため一人一人丁寧な確認はできないが、少なくとも無事なことが分かりホッと息を吐く。

 そして映るもう一つは、さっきまで重戦士級を移していたはずの場所に立つ、一つの背中だ。

 やがてそれは、ゆっくりとこちらに向き直った。

 男だ。仁悠学園旗下の大学の制服を着崩し、その上からよれよれに皺の入った白衣を身にまとっている。無精髭が生えた顎を手で撫ぜながら、適当に整髪料でまとめたのが丸分かりな癖毛を風に揺らしながらこちらに笑顔を向けていた。しかしそんな特徴すべてを吹き飛ばすほどに目を引くのは、男が右肩に担いでいるものだ。

 それは、己の身の丈ほどもある巨大なつちだ。赤を基調としたそれは、荒削りした金属をいくつも重ね合わせたような外観と相成り、まるで薔薇の花のようにも見える。

 男はこちらが見ているのを理解しているのか、大きく手を振り、

「おーい、無事かぁ、ノリ坊ー!」

 その男を見て、ノリエルはいま起こった状況を完全に理解し、

「コーヘイさん!?」

 その男の名を呼んだ。


                         ●


 瓦礫や建物影から出てきた人々は、自分たちを救おうとしてくれた鉄騎鎧と、それに手を振り中のパイロットに話しかける巨大な槌を背負った男を遠巻きに見ていた。

 やがて、鉄騎鎧のスピーカーから聞こえてきたパイロットの声で、その中の一人が、

「おい、いまコーヘイって……」

 それに続くように、近くにいた見ず知らずの者が応えてくれた。

「ああ、聞いたよ。あの背負った武器、間違いねぇ」

 その言葉を聞いたもの全員が、己の中の疑念を確信に変え、その男を見た。

 先ほどの声に応えた者が、続ける。

「大和に二人いる、神罰武装の所持者、執行武人エグゼ・ホルダーの一人―――」

 名は、

「“焦がれ槌”の、神楽コーヘイだ」

どうも、お久しぶりです。


前回の更新から十ヶ月・・・、もし皆さんが望むのであれば殴られることも覚悟しているほどの体たらくで申し訳ありません。

最近再び最初のころのモチベーションを思い出してきたのと、物語をいい加減プロローグから終わらせるためにも、なるべく早い更新を目指しますので、どうか見捨てず、また図々しいのですが、応援や感想をくれると幸いです。


それでは、また次回。

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