薬局までの四百メートル
【本文】
結衣の吸入薬は三本ある。だが避難者の中には、インスリン、抗てんかん薬、心臓薬を必要とする人がいた。
第六迷宮は薬を保存できても、存在しない薬は作れない。
環の薬局まで、学校入口から直線で四百メートル。普段なら歩いて五分の距離が、今は二つの入口と放置車両に塞がれている。
環、小春、岳、安西が回収へ向かった。湊は同行せず、地域隔離網の受け入れを続ける。
薬局前では三体の疾影がガラスへ爪を立てていた。岳が正面で盾を構え、安西が消火器の粉で視界を遮る。倒すより、店から離れた路地へ誘導する。
環と小春は必要薬を患者別に集めた。高価な薬からではない。今夜切れれば命に関わる順番で選ぶ。冷蔵庫の薬は冷却粘体入りの保冷箱へ入れた。
棚を空にしなかった。後から来る患者や別の救助班がいるかもしれない。
帰路、道路の亀裂が広がり、学校への直線路が切れた。四人は第六迷宮の薬局入口から地下へ入る。
四百メートルの回収に一時間二十分を要した。
小春は持ち帰った薬を喜ぶ前に、次に必要となる日付を患者ごとに書き始めた。
回収した薬には所有者がいる。環は薬局の在庫帳を持ち出し、使用した患者名と数量を一件ずつ記録した。支払いを今すぐ求めるためではない。混乱後に薬が消えたと扱われず、何が誰の命を支えたか残すためだった。箱の空いた場所には必要な補充日を書き、次の回収を感覚で決めない。
途中で発作を起こした避難者へ、その場で一回分を使った。回収数は減ったが、持ち帰ることより生かすことが目的だった。
使用時刻も忘れず記した。
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