三日分の食堂
【本文】
体育館の食料は三日分、旧小学校は四日分まで減っていた。
封鎖率九十六%という数字だけを見れば、災害は終わったように見える。だが避難所では、食事、水、薬、睡眠、葬送が一日も止まらない。
千鶴と拓郎は二施設の在庫を混ぜず、共通献立だけを作る。輸送が止まっても、どちらに何が残るか分かる形を守る。
記録には成功と失敗を分けず、時刻、担当者、中止条件、翌日へ残る負担を書く。作業できない者の配給を減らさず、代行者だけへ負荷を集めない。
封鎖班への補助食を見た避難者から不公平という声が出た。消費分の補給であり、基礎配給は減らしていないと実数を示す。
世界の声は早い回復や所有権交換を勧めたが、町は即決しない。本人同意、地上の手順、再検査を先に置く。
不足の説明を我慢の命令にせず、次の便までの選択として共有した。
代表会議は結論だけでなく、分からない点と見直す時刻も掲示した。勝利の後だからこそ、疲労を勇気、沈黙を同意、空欄を余裕に読み替えない。
設備と人間のどちらかを使い潰して日数を延ばす方法は選ばなかった。
次の食料便では、地域網から一方的に送らず、旧小学校の余る乾物と体育館の不足する油を交換する。運搬箱には出発地と戻り先を記し、空箱も回収した。配給を減らした日には患者数、廃棄量、夜勤補助も合わせ、単に一人分を薄くした成功にはしない。
変更後の担当者は、実行したことだけでなく、見送った作業と理由も次の交代へ伝えた。誰かが戻れば元どおりになる暫定措置ではなく、その人が不在でも続く手順として試す。
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