立入禁止の向こう側
【本文】
六月最後の日曜日、雨宮湊は群馬の山道で、昨日までなかった鉄扉を見つけた。
町内清掃の帰りだった。舗装の切れた先、落石防止柵の裏に、濡れていない灰色の階段が地下へ続いている。入口を塞ぐ鎖は赤錆びているのに、掛けられた札だけが新品のように白かった。
『立入禁止』
印刷された四文字の下に、管理者名も連絡先もない。
「役場の工事じゃないな」
後ろから榊原岳が覗き込んだ。自転車の荷台には、清掃で拾った空き缶の袋が積まれている。
湊がスマートフォンの地図を開いても、そこには斜面しか表示されなかった。電波は立っている。だが鉄扉へカメラを向けると、画面だけが細かな砂嵐に覆われる。
岳が足元の泥を指した。人の靴跡はない。代わりに、三本指の小さな跡が扉の前で途切れていた。
「警察に電話するか」
「その前に位置だけ送る」
湊は家族のグループへ現在地を送信した。送信済みの表示は出たが、地図には山の麓が示されている。実際の場所とは二キロ近くずれていた。
風が止んだ。
山鳥の声も、沢の音も消えた静寂の中で、鉄扉の向こうから、硬いものを引きずる音がした。
湿った落ち葉だけが靴底へ貼りつき、二人が動くたび不自然なほど大きな音を立てた。
鎖は触れていない。それでも錠前がひとりでに外れ、濡れた土へ落ちた。
扉が指一本ぶん開く。奥から流れてきた空気は、六月の山とは思えないほど冷たかった。
湊は階段の闇を見た。見つけたことを後悔するには、まだ何も起きていない。なのに胸の奥では、帰れるうちに帰れと何かが繰り返していた。
(次話へ)




