問答無用(1)
ロラン家の屋敷は古めかしい造りであり、外部の人間を寄せ付けぬ雰囲気を醸し出している。普段は静寂に包まれており、近所の人間は近寄ろうともしない。
しかし、耳をすますと陽気で狂気めいた音が聴こえることもあった。
「はんはんはーん、はんはんはーん」
今夜、屋敷の地下室では、そんな鼻歌が響き渡っていたのだ。
室内は広く、小規模のパーティーなら充分に事足りるであろう。天井には魔石のシャンデリアが吊るされており、魔法の光が中を照らしている。部屋の中央には木製の円卓が設置されていて、椅子は五つ置かれている。
「ジャック! てめえ、そのイカれた鼻歌やめろ!」
怒鳴りつけたのは、インジャン・ジョーである。浅黒い肌に肩までの長さの黒髪は、貴族の屋敷には似つかわしくないものだ。一応は下男のような作業服を着ているが、口調は乱暴であり態度も傍若無人である。
「インジャンってばぁ、そんなこと言わないのん。一緒に歌えば楽しくなるっチャ。ほれ、はんはんはーん、はんはんはーん」
そんなことを言いながら、ジョーに擦り寄っていくのは小柄な少年である。召使いのような白いシャツと黒いズボンを穿いており、とても綺麗な顔立ちだ。肌は白く、傷ひとつない。髪は金色で、美しく整えられている。背は低いものの、顔だけ見ればあらゆる年代の女性に好かれそうだ。
しかし、その口から漏れているのは奇怪な鼻歌であった。
「おいボルト! こいつを黙らせろ!」
ジョーは、そばにいる大男の腕を小突いた。すると、大男は傷だらけの顔を歪め首を横に振る。
「いえ、それは私には無理です」
丁寧な口調で答えたボルトだったが、そのツギハギのごとき顔と喋り方が全く合っていない。身長は二メートルを超えており、肩幅は広く胸板は分厚い。二の腕は、ジャックの腰回りより太いのでは……と思わせるほどだ。召使いのような格好だが、着ている服は筋肉ではちきれそうである。
「じゃあモリアーティ! こいつを黙らせる方法を考えろ!」
次に話を振られたのは、髪に白いものが混じっている中年男だ。もっとも背筋はピンとしており、体に余分な脂肪が付いていないことは服の上からでも窺える。洒落たデザインのスーツ姿であり、どこかの名家の執事といった雰囲気だ。
「ふむ、それは難問ですな。石にならずにメデューサと口づけを交わすのと同じくらいのレベルです」
モリアーティが答えた時だった。扉が開き、ひとりの少女が入ってきた。
年齢は十六歳。女性にしては背が高く、白いシャツを着て黒いズボンを穿いている。
艶のある金髪はきちんとまとめられ、その表情には年齢に似つかわしくない冷静さがあった。さらに、その瞳は妙に暗い。しかも、ただの暗さではなかった。漆黒の闇を映し出しているかのようだ。
そんな彼女こそが、屋敷の主人シレーヌ・ロランである。室内に一歩足を踏み入れた途端、先ほどまでの騒がしさが嘘のように消えた。
「ジャック、ふざけてないで席につきなさい」
「はーい」
その声と同時に、皆は部屋の中央に設置されている円卓につく。残る三人も、椅子に座った。
そこで、シレーヌが口を開く。
「今回の標的は、オルフェン・ド・グラーヴェル伯爵です」
「ああ、噂には聞いてるぜ。変態なんだろ?」
ジョーが、不快そうな表情で顔をしかめつつ言った。対するシレーヌは、表情を変えず頷く。
「そうですわ。少年少女たちを集めては、夜な夜な淫らな行為にふけっているとか。飽きたら、密かに始末するそうです」
「許せませんな」
ボルトが低い声で唸り、拳を握りしめる。ジョーも、腰にぶら下げていたトマホークを抜いた。
「だったら話は早い。俺が乗り込んでいって、こいつを脳天にぶち込んでやる。それで終わりだ」
しかし、シレーヌは首を横に振った。
「ジョー、話はそんな簡単ではありません。奴は腐っても伯爵、近づくのは厄介です。おまけに、面倒なボディーガードがいます」
「どんな奴なのん?」
尋ねたのはジャックだ。彼だけは、全く緊張感のない顔で話を聞いている。
「名前はピーター、一見すると可愛らしい少年よ。ただし、空を飛び回る厄介な能力者。しかも、剣の腕も折り紙付き。これまで、何人もの刺客を返り討ちにしているという話よ。さらに、子供をさらっては伯爵に届ける役目も担当しているわ」
「何それ……ねえ、僕とどっちが可愛いのん!?」
ムッとした表情で尋ねたジャックだが、そこでモリアーティが口を開く。
「となると、召喚されし英雄ですな。おそらくはピーターパン。ネバーランドの住人と思われます。まさか、グラーヴェル伯爵の手下に成り下がるとは……哀れな話ですな」
「出自がどうであれ、グラーヴェル伯爵をガードしているのは事実。となれば、わたくしたちが処刑する以外にありませんわ」
シレーヌの言葉に、全員が頷いた。と同時に、部屋の明かりが消える。
皆、暗闇の中を一斉に散って行った──
◆◆◆
その頃、貧民街では──
「あなた、誰?」
幼い女の子が、不思議そうに空を見上げる。
その視線の先にいるのは、ひとりの少年がいた。緑色のシャツに緑色のズボンという出で立ちで、さらに羽の付いた緑色の帽子を被っている。整った顔立ちは、都の役者にも負けていないだろう。
だが、それよりも奇妙な点があった。少年の体は、空に浮いていたのだ──
「僕はピーターさ。ほら、凄いだろう」
ピーターと名乗った少年は、空中を縦横無尽に移動している。少女は、口を開け見とれていた。
やがて、ピーターは空中で静止しニッコリと微笑む。
「君、とっても可愛いね。僕と一緒に、ネバーランドに行かないかい?」
「ネバーランド?」
少女は首を傾げた。そんな場所、聞いたこともない。
「えっ、嘘? 君、ネバーランドを知らないの? はあ、なんて可哀想な子なんだろうか」
言いながら、ピーターは頭を抱える。呆れた、とでも言いたげな様子だ。
「あの、ネバーランドって何?」
少女が恐る恐る尋ねると、ピーターは顔をあげ少女を見つめた。
「ネバーランドはね、とっても楽しいところだよ。一日中、みんなと遊んでいられる夢の場所さ。おまけに、ずっと子供のままでいられるんだよ」
「ずっと子供のままで?」
聞き返した少女に、ピーターは笑顔で頷く。
「そうだよ。それとも、君は大人になりたいの?」
「ううん、なりたくない」
少女は、うつむきながら答えた。
そう、彼女の両親はいつも疲れた顔をしていた。ふたりとも働いており、家に帰ると食べて寝るだけ。少女は家の手伝いをせねばならず、楽しいことなどほとんどない。
「だったら、僕と一緒にネバーランドに行こう! ずっと子供のままでいられるんだよ! さあ、この手を握って!」
言いながら、ピーターは手を差し出してきた。
少女は、一瞬ではあるが迷った。本当に、この少年の手を握っていいのだろうか。漠然とした不安が、少女の胸に湧き上がる。
しかし、少女を見つめるピーターの顔は美しかった。少女の周りに、こんな綺麗な顔の少年はいない。
吸い寄せられるように、少女はピーターの手を握る。途端に、体が浮き上がった。
「うわぁ! 凄い!」
叫んだ少女を、ピーターは優しく抱き寄せる。
「さあ、一緒にネバーランドに行こう!」
少女は、こくんと頷いた。
ピーターは、間違ったことは言っていなかった。
これから少女は、グラーヴェル伯爵の屋敷に行く。そこに行けば、少女は永遠に大人にならずに済む。伯爵が飽きれば、手下たちがすぐに始末するだけだ。
結果、大人になる前に死んでしまう──




