29話 娘と姫と女王陛下
「此度は急な訪問に対応いただき感謝しておる」
妾は今、【狐ヶ原ホモリ】の代表として、稲穂守りの君主として『グランドタイタス聖王国』の要人たちと対面しておる。
「いえいえ。【黄金平原ユラーナ連邦】の方々には食糧輸入に大きく頼らせておりますので。同盟国の危機とあればなおさらです」
先日即位したばかりの聖女王、ルミナスリリー・ハーデンベルギア・オルトリンデ・タイタスは妾より四つか五つほど上の少女じゃが、さすがは帝国から国を取り戻しただけあって、落ち着いておる。
隣に座す戦乙女ミユユ・ソルジャスもまた、竜騎兵の娘なだけあって……年若い娘でありながら重々しい雰囲気を纏っておる。
それもそうか。
なにせ妾はそちらの最高武力を貸してくれと願いに来てるわけじゃからな。
じゃが、妾だって引けない理由があるのじゃ。
「このままでは【嵐蜘蛛ストームヴィル】の被害は大きくなるばかりじゃ……【黄金平原ユラーナ連邦】の稲作は大打撃を受け、貴国への食糧輸出量も激減するじゃろうし、最悪……数年は取りやめになるやもしれぬ」
「備蓄はおありなのでしょう?」
「それを加味して言っておるのじゃ」
「昨今、帝国と王国は和平を結んだとはいえ未だに緊張状態にあります。いつ、帝国の英雄たちがこちらへ進軍しないとも限らないのです」
「あい、わかったのじゃ。帝国が軍を動かした際は、【黄金平原ユラーナ連邦】の兵力も貸そう」
ここまで妾が言い切ると、次は王国最高武力の称号を持つミユユ・ソルジャスが発言を挟んできよる。
「お言葉ですがツクヨ様、【黄金平原ユラーナ連邦】の全兵力をかき集めても帝国の軍事力には遠く及びません……そして恥ずかしながら我が王国も、巨神タイタス様抜きでは到底、持ちこたえる戦力はありません」
「じゃが、王国には隠し玉があるじゃろう?」
妾がカマをかけるも、ルミナスリリー女王も戦乙女ミユユも表情一つ変えなんだ。
「実を言えばな、道中で貴国の竜騎兵……いや、わかっておる。密命を帯びた下級兵に助けられてな」
ふふ、貴国のもう一人の影の英雄を妾は知っておるぞ。
どうじゃどうじゃ。これにはグウの音も出んじゃろう?
あれだけ立派な者がいるのじゃから、巨神タイタスを貸してくれてもよかろうにのう? このままでは【黄金平原ユラーナ連邦】は王国をけちんぼと見なすじゃろうて。無論、けちんぼにはけちんぼな対応をするのが世の常じゃ。
「……下級兵、ですか?」
ルミナスリリー女王は隣の戦乙女ミユユに確認を取るように視線で確認しておる。
ふむ。軍事面の全てを把握しているわけではないようじゃな。
「申し訳ありません。こちらでは把握しかねておりました」
さらには最高武力の戦乙女ですら竜騎兵の動きを把握しておらぬと。
なるほど、竜騎兵ソルジャスは王国内でもかなり自由と権力を持たされているわけだ。
まあ、あれだけの傑物じゃからの。当然と言えば当然かの。
「妾が言いたかったのは礼じゃの。ここに来るまでに危うく妾は死にかけたが、貴国の下級兵が助けてくれたおかげで救われた。無論、従者を3人ほど亡くしたがな……王国内での出来事じゃ」
「そ、それはっ」
「うむ。貴国の下級兵は、帝国兵の残党が野盗化したと言っておったぞ」
申し訳なさそうに俯く戦乙女ミユユ。
これはあともう一押しかのう。
「何度も助けてばかりじゃ妾の体裁も保てぬ。ゆえに、【嵐蜘蛛】討滅に協力してくれた暁には……向こう3年は王国への食糧輸入を今の1.5倍に増やそう。代わりに帝国との取引きを半減させる」
「……破格ですね」
「決まりですね。巨神タイタス様と共に、戦乙女ミユユ・ソルジャスは【黄金平原ユラーナ連邦】へ出陣いたします」
「かたじけない、ミユユ殿」
それから妾たちは他愛のない世間話に聞こえる、政略的な会話に興じる。
北方の【森の麗人】たちと【鉄打ち人】たちの戦争が間近だの、魔王が二体も復活しただのと物騒な話題が尽きない。
その中でも特に気になったのは、ここ王都内をひそかに蝕む【小人神ミューミス】信仰だ。
「巨大な者に正義なし、小さき者こそ真理なり、なんて囁かれていたりします」
「どうやら調べによると【地底の小人神ミューミス】なる存在を、唯一神と崇める狂信的なカルト集団のようで……おそらく新聖王国の体勢を気に食わない勢力が加担している模様です」
「地の底の神とはのう……【鉄打ち人】や【岩窟人】が関係していそうじゃのう」
王国も王国で大変な時に、妾たちに力を貸してくれるとは感謝じゃ。
ここは一つ、明るい話題を提供したいのう。
そこで妾が思い立ったのは、より強固な王国と【狐ヶ原ホモリ】の絆結びについてじゃ。
「話は変わるのじゃが。戦乙女ミユユ殿、其方の父上なのじゃが妾は婚姻のまがた——」
「えっ、父さんの話を聞きたいのですか!?」
「……あっ、うむ。興味があるのじゃ」
なぜか物凄い勢いで食いつかれてしまったので、ひとしきりミユユ殿は竜騎兵の『ここがすごい!』を自慢げに語っておる。
それは竜騎兵の派手な戦果の話ではなく、『剣術を褒めてくれた』とか『たまに作ってくれたシチューが美味しい』などなど、極々普通の家族の話でより好感が持てたのじゃ。
あやつの家庭的な温かさを知れてよかった思う。
「本当はね……ルミナスリリー聖女王陛下と、父さんを結婚させたかったんだけどなあ」
やはり、あれほどの傑物であれば王族との婚姻も不思議ではない。
とはいえ色々な政治的問題があるのだろう。
しかしじゃ。
娘は父の結婚に前向きであるならば、妾にとってはチャンスじゃの。




