23話 狐耳の幼女様
物凄く偉そうな狐耳の幼女に促され、俺たちはキホさんの傷の手当をしてやった。
と言っても、実際にキホさんを治療するのは【純潔の看護兵】たちである。
「なんじゃ、お主。下級兵と名乗っておきながら、大層な者らを指揮しておるな」
「その辺は色々と複雑でな」
「ふむ。まあ、妾たちも火急のことゆえ、特使を名乗ってはいるがお忍びのようなものじゃしの。お主らと変わらぬかもな」
「特使……」
昔の俺であれば王族と聞いたら、ひどくかしこまっていただろうが……なんだろう。今まで触れ合ってきた伝承を思えば、王族も奴隷も……同じ人間だからな。
天空城になってあまりに壮大なものを見すぎてきたのかもしれない。
「それにしても王国に【竜騎兵】がいるとはのう」
キホさんが治療されている間、隣の幼女は興味津々そうに俺や竜たちを見つめている。放っておいたら触り出しそうなほどで、両手はうずうずと動き尻尾がブンブンになっている。
偉ぶってはいるが年相応の反応だ。
そしてキホさんの治療が終わると、彼女の挙動不審は途端に落ち着いた。
どうやら竜に注意を奪われていたのではなく、無理やり意識をそちらに向けようとして……それでもキホさんを心配する不安な感情が、身体に現れていたようだ。
「ふんっ……キホをよく治療してくれたのじゃ。褒めてつかわす」
「私からもお礼を。ありがとうございます、ソルジャス下級兵さん」
キホさんは翼竜や【朝守りの騎士】をチラリと見て、明らかに俺が下級兵であるはずがないとわかった様子でお礼を言ってきた。
もちろんそこにはツッコミませんと、物分かりのよさそうな表情付きで。
互いに詮索しないのはありがたいけど、下級兵という肩書きは嘘ではないんだよなあ……。
あ、でも戦死扱いになってるはずだから二階級特進で上級兵になってるかも?
まあ説明すると話がややこしくなるので、俺は二人への挨拶もそこそこにセリオスに騎乗しようとする。
「待つのじゃ、竜騎兵よ。妾たちをここに置いておくのか?」
「まあ。俺たちは王都に向かっている最中だしな」
「ならば喜べ、竜騎兵よ。妾たちを護衛する栄誉を与える」
幼女は自分たちを護衛するのが当たり前だと、不遜な態度で勝手に栄誉をくれた。
しかしキホさんは主人と正反対で、その場で綺麗な土下座をかましてきた。
「命を助けていただきながら、厚かましいのは重々承知しております。ですがどうか、王都までの道中を護衛いただけないでしょうか?」
キホさんは治療を終えたと言ってもかなりの重傷だったので、顔色は真っ青だ。
正直、怪我人から土下座までされると断りづらい。
目的地も俺たちと同じ王都なので、一緒に行けるといえば行ける。
しかし幼女様の態度を見ると、なんだかなあと思わなくもない。
「嫌だな」
俺が率直に断ると、狐耳の幼女様は憤慨したようにダダをこね始めた。
「嫌じゃ嫌じゃ! 妾はこんな物騒な場所をキホと二人で歩くなんて嫌じゃ!」
「そうは言われてもな。まさか二人が騎竜に耐えられるはずもないしなあ」
「嫌じゃ嫌じゃ! 妾は疲れたのじゃ! もう動きたくないのじゃ!」
その場で物凄い文句を言い始め、挙句の果てには地面に転がって綺麗なお召し物を汚すまでに至った。
まさしく子供の癇癪に俺は困ってしまう。
従者なら諫めるぐらいしてもいいんじゃないかとキホさんに目を向けるも、彼女は狐幼女に慈しみの込もった眼差しを向けていた。
……ああ、ダメだなこりゃ。
「キホは……! 妾の傍に残った最後の供じゃ……! じゃから、こんなところで失いたくないのじゃあああ……!」
まさかの幼女様は泣き出してしまった。
ああ、なるほどな。彼女の言葉はいつも自分がワガママを言っている体で、キホさんを守ろうとしていたわけだ。
馬車の扉を開ける時もキホさんの血が臭いと言っておきながら、誰でもいいから彼女を救う術があるならと、自分の危険を顧みずに必死の思いで開けたのだろう。
今もそうだ。
ここから二人で王都を目指すには、怪我人のキホさんには負担が大きすぎる。
そしてここから動きたくないとダダをこねたのは、キホさんの血の気が失せた顔色を心配してのことだろう。
まあ渡りに船ってことで少しばかり付き合ってやるのもいいか。
「わかった、わかった。近くに俺たちの休憩場があるからちょっと待ってろ。【朝守りの騎士】と【純潔の看護兵】を一名ずつ護衛につけるから、大人しく待ってろよ?」
「うっ……うっ……ぐすっ、ずぴ……うむ! なんじゃ、竜騎兵は話がわかるのう!」
泣き顔のまま無理に偉そうにする幼女様を見て、なんだかキホさんの気持ちが少しだけわかってしまう。
ふと孤児院でのミユユや、オルカス、マギーやマニーの幼き頃を思い出す。
それに今は、ウルにベアと……ルナルやソレイユさんもか。
プリシラさんは少女から女性に変わる最中だから、他のみんなとはちょっと違う感じでしっかりしてるイメージだ。
ああ、ミユユたちが生きていればちょうど同じ年ごろになっているのだろうな。
さて、俺は彼女たちから少し離れた森の奥で、天空の城の宝物殿に意識を巡らす。離れているので思うようにいかないが、どうにかお目当ての物を見つけ出す。
あとは口からドバっと吐き出す要領で————
「あっ、普通に手から出た」
目の前に出現したのは先日作ったばかりの【竜跡を残す丘の家】だ。
一応、俺自身が天空城でもあるわけで、宝物殿の中身はいつでも取り出せる仕様になっている。
しかし生物や守護者の出し入れはできなかったのだが、なぜか【竜跡を残す丘の家】は物扱いになっていたので、いつでも取り出せるよう宝物殿に入れておいたのだ。
うーん、でもこれって普通に動くし、どう見ても生物だよなあ。
丘竜といった立派な竜種であるはずだし、その辺の細かい分類については今後も研究が必要だな。
「おーい、キホさん。それに狐姫さん、ここでしばらく休んで行くかー?」
俺が【竜跡を残す丘の家】を引き連れて登場すると、キホさんはビックリ仰天していた。
狐幼女もまた、尻尾をぶんぶんぶんっと振りながら不安がって————
いや、物凄く嬉しそうに金色の瞳を輝かせていたので、どうやらご満悦のようだ。
その顔が早く家の中に入りたいと雄弁に物語っていた。




