24話 星棺
「竜騎兵よ、主は触るでない!」
狐耳の幼女様は今、従者の亡骸を一人で埋葬している。
彼女は【竜跡を残す丘の家】に入り、そこが安全な場所だとわかるや否や、具合の悪そうなキホさんに待機を命じて外に出た。どこに行くかと思えば、自分たちが乗っていた馬車の方へスタコラ戻ったのだ。
そして、ここまでついてきてくれた従者たちの一人一人を丁寧に埋葬しようとしている。
幼女一人で穴を掘り、遺体を運ぶ作業は重労働なんてものじゃない。
正直、見ているこっちが痛々しくなったので手伝いを申し出るも断られてしまった。
「妾を信じて、妾のために命を賭けた大馬鹿ものたちじゃ。妾以外が触れるのを許さぬ。妾以外が見送るのも許さぬ」
それから陽が落ちても彼女は作業を続けた。
「犠牲などとッ、バカバカしい。犠牲などこの世からなくなればいいのじゃっ!」
悪態をつきながら従者たちを叱る幼女様だったが、見事3人の従者を土に還すことができた。
「稲穂や稲穂……この者たち、やがてはスクスク育つ稲穂にならんや……稲穂の一房に迎え入れておくれ……」
稲穂を手に持ち、祈りを捧げる幼女の瞳にはいっぱいの涙が浮かんでいたが、最後まで凛とした佇まいで死者を送る姿は、さすがは王族だった。
とはいえ疲れ果てた幼女様は儀式を終えるとその場で崩れ落ちて、まさかの寝入ってしまったので、俺は【竜跡を残す丘の家】まで彼女を抱っこした。
目じりを涙で濡らしながら寝息を立てる幼女様を見て思う。
「犠牲は出したくないものだよな……」
戦争で何人が犠牲になったか計り知れない。
そしてその苦しみはきっと、大人ですら耐え切れない傷を残す。
それをこんな幼い少女に味わってほしくはなかった。
明くる朝。
幼女様はやけに元気な挨拶をしてきた。
「竜騎兵よ! このような快適な場を妾たちに進呈するなどと褒めて遣わす!」
「いや、あげた覚えはないからな」
幼女様の後ろには昨日よりもだいぶ血色の良くなったキホさんが、粛々と頭を下げていた。
なるほどな。
キホさんの具合が回復したから機嫌がいいのか。
わかりやすい幼女様だ。
「とはいえじゃ、妾はまだ動きとうない! 今日は日がな一日、優雅に過ごすと決めた!」
「はあ……」
「この家を案内せよと言っておるのじゃ、竜騎兵よ」
「ふっ」
「な、何を笑っておるのじゃ!」
「いやなに。この家の不思議が気になって仕方ない子供みたいだなと」
「なっ! 妾を愚弄する気か!? 竜騎兵、貴様も大概に怪しい者なのだぞ!? その住まいとならば、あらかた危険がないか確認すべきなのじゃ! 家の主自ら、その潔白を証明してみせよ!」
「はいはい、幼女様」
「なっ、妾には月世ノ御霊主珠代という名前があるのじゃ!」
「はいはい、ツクヨ」
「なんと不遜な! 妾を呼び捨てとは無礼であろう!」
「はいはい、ツクヨ」
「じゃからっ!」
俺は騒がしく後をついてくるツクヨに、【竜跡を残す丘の家】を案内してゆく。
やはりツクヨが大きく感心を示したのは【星図の部屋】だ。
「昼なのに星空が見えるとは天晴れなのじゃ!」
「あんまり興奮しすぎるなよ」
「なっ、妾は感心しただけじゃ。のう、竜騎兵よ。この星は離れ離れの者を示すと言っておったが、死した者の様子は見れぬのか?」
「ああ、死した者はこの星空から消える」
「……それは寂しいのう」
「……そうだな。でもまあ、死者の輝きはここに残るだろ」
俺は自分の胸を指す。
すると沈みかけていたツクヨはニコリと笑った。
「竜騎兵よ! 次じゃ、次を案内せい!」
「はいはい、じゃあ次は【竜鳴】だな。普通の家では、来客はベルを鳴らせて知らせるだろう?」
「うむ」
「うちは竜の咆哮、すなわちこの家を運ぶ丘竜が知らせてくれる」
「なんだかうるさそうじゃのう」
「まあな。丘竜は休憩している時、地面に根を巡らす。その根は木々や草々と多少なりとも意思疎通ができてな。地面を移動する存在が、一定の距離内に入れば感知することができるの」
「空からの飛来する者はどうするのじゃ?」
「それはほぼ感知できないんだ。ただこの【竜鳴】は大抵の獣を驚かせ、退散させるんだ」
「ふむ。まあ便利じゃの」
ツクヨが生意気な評価を下してくるので、俺は彼女の隙を見て【竜鳴】の真似事をしてやった。
「……がおおおおッ!」
「ぴきゃっ!?」
思った以上に驚いていて、けっこう可愛らしかった。
その後もツクヨは、俺がからかった件を根に持って騒がしく攻め立ててきたが、そんな様子も多くの従者を失った寂しさを埋めるために……必死に心のバランスを保とうとしているように見えた。
だからなのか、俺はツクヨに一つプレゼントをすることにした。
「ツクヨ。もしお前に今、離れ離れになっている者がいるとして、何か伝えたい気持ちはあるか?」
俺は翼竜が死の間際、流星となって落ちる際に生成される【竜星石】を一つ取り出した。
「この【竜星石】は遠く離れた者に、メッセージを伝えられる代物だ。ツクヨに一つやろう」
「む? 妾にはキホがそばにおるのじゃ。不要じゃな」
その答えは……キホさん以外に何かを伝えたい相手はいないということか?
「キホさん以外に、ツクヨの気持ちを伝えたい相手は?」
「それは……死者でもよいのか? なら母様や父様、姉様にッ、ツクヨは元気じゃと伝えたい!」
「あっ、いや……死者は無理だ」
「うむ、そうじゃろうな……では、里で妾の帰りを待ち、愚鈍に怯えるだけの民に伝えるとするかの」
「そうか。それならツクヨの思いを【竜星石】に込めてみろ」
「うむ。あーコホンッ、妾ほどの者であれば! グランドタイタス聖王国から力を借りるなど造作もないことよ! じゃから妾になどにかまうでない! そんな暇があるなら、目の前の災害に一丸となって対処しておくのじゃ。妾の帰る稲穂がなくなっていたら許せぬからのう!」
込める気持ちは声に出さなくてもいいんだけどな、なんて無粋な言葉は口にしない。
相変わらず物凄い上からの発言だが、その本質は民を安心させたい一心のように思える。
おそらくツクヨの護衛がひどく少数だったのは、故郷に少しでも強き者を残して、災害とやらに対応してほしかったのだろう。
犠牲を嫌うお前が、一番の犠牲を払っているじゃないか。
俺はこの小さき君主に少しだけ敬意を表したくなり、さらなる【竜星石】を追加する。
「む? 見るからに貴重そうなものじゃが、おいそれとほいほい妾にくれてよいものなのか?」
「別にくれてやるわけじゃない。こうして、ツクヨの想いを込めた【竜星石】と他の【竜星石】を掛け合わして——」
「綺麗な煌めきじゃのう」
「お前の込めた気持ちが綺麗だからだろう?」
「なっ、き、貴様! 竜騎兵のくせにっ、わ、妾のこの胸のうちをっ、騒めかせるとは、なんたる不遜!」
支離滅裂な発言をして顔を真っ赤にするツクヨ。
この年頃の子供は褒められるとわかりやすいぐらいに照れるもんだが、子供は褒めれば褒めるほど伸びやすいので、俺の方針は変わらない。
孤児院でも子供たちの得意分野を見つけた時は、よく褒めちぎったものだ。
「ほら、夜になったらこの【流星のささやき】を飛ばしにいこう。きっとツクヨの想いが綺麗だから、夜空を美しく駆けていくはずだ」
「きれっ!? うつくしっ!? き、貴様わあああ~! ばかばかあんぽんたんのいなほむし!」
「何を照れてるんだ。さあ、もう【竜跡を残す丘の家】の案内はこれぐらいでいいか?」
「ぐぬぬぬ……ダメじゃ! まだ気になる部屋があるのじゃ! どうしても開かぬ窓のある部屋じゃ!」
「ああ……【|星棺〈ほしひつぎ〉の窓】か……あそこは開かないんだ」
「開かぬ窓をつけるじゃと? 怪しいのう」
ツクヨは先ほどまでの慌てっぷりと打って変わり、今度は自分が攻め手のようにこちらを訝しんでくる。まるで自分が名探偵になったみたいの素振りに、俺は観念した。
「【星棺の窓】は満月と、特定の星の配置が揃った夜にだけ開く。そこには死者から未来に関する啓示を受け取ることもある」
「死者からじゃと!?」
「ああ……」
「じゃあ夜じゃ! 夜になってから、妾を【星棺の窓】へ案内せよ!」
「めったに開かない窓だからあまり期待するなよ」
「うむうむ! しっかし竜騎兵よ、王国はすごいのう。妾たちがかように優雅に過ごしておる間にも、この拠点は進んでおるのじゃから」
正確にはどれも王国所属のものではないが、ツクヨは秘密兵器を目にした少年のように目を輝かせている。
「いや……なんというか、複雑なんだ。ここで見たものは全て秘密にしてくれよ」
「極秘のッ……世界の命運をも左右する密命を帯び、影に暗躍する者とはかっこいいものじゃのう! 妾も見習わねばっ!」
「いや、それはちが————」
なんか口を開けば小生意気なことばかり言うんだけど、やたらキラキラした瞳でこっちを見てくるんだよなあ……。
だから俺は余計なことを言えなかった。
「王国といえば、巨神タイタスを導く戦乙女ばかりの活躍を耳にするが——」
ツクヨは俺を見上げ、なぜかしたり顔で『うんうん』と頷き始めた。
「竜騎兵のように、知られざる英雄もまた浪漫じゃのう」
英雄か。
俺はそんなだいそれた者じゃない。
そういえば王国には【戦乙女】という最高武力の称号があったが、グランドタイタス聖王国になってからは誰がその座についたのだろうか?
ちなみに天空城の守護者である【戦乙女ブリュンヒルド】は、正真正銘の【戦乙女】であり、格も【伝承位】と存在レベルそのものが違う。
とはいえ王国の【戦乙女】も【希少位】、もしくは【冠位】ぐらいの存在レベルであるとは思う。
俺は新しい王国を目にするのが楽しみであり、怖くもあった。
◇
夜が来た。
夜空には満点の星々と、そして満月がぼんやりと浮かんでいる。
「夜が来たのじゃ!」
「……はいはい、わかってるって。で、どっちを先に見る? 【流星のささやき】か? それとも【星棺の窓】か?」
「無論、妾は【星棺の窓】を所望する!」
楽しみが抑えきれないツクヨとは正反対に、俺の気分は沈みがちだった。
【星棺の窓】はあまり見たくはないのだ。
なぜなら、もし死んでいった者を……窓を通して会ってしまったなら……それは孤児院の子供たちや戦友たちの死を確定させてしまうから。
だから今まで見ようとはしなかった。
だが、必死にせっついてくるツクヨに……お前だけで見ろ、なんて冷たく突き放すなんてできなかった。
「母様と、父様、それに姉さまに会いたいのじゃ! はようせいっ!」
どうやらツクヨはご両親と姉を失っているようで、ご両親はまだツクヨが赤ん坊の時に亡くなったそうだ。
そしてキホさんから少し聞いた話だと……ツクヨは姉をかなり慕っていたようで、『お眠りになっているときでさえ、時たまツクナ様の名を寝言で口にされるのです』と、キホは切なげに言っていた。
亡くなった父母や姉を一目でいいから見たいと熱望する幼女に、俺は引っ張られるがままに【星棺の窓】がある部屋へと入った。




