◆ 第三章 皇城(14)
長く美しい髪を高髻に結い上げており、その頭上には金細工の簪が付いている。その金細工の簪の端には赤い瑪瑙が輝いており、さほど派手さはないものの上品な美しさを演出していた。
桃妃の両側には侍女と思しき数人の女官がいたが、玲燕と面識のある翠蘭はいない。
「これは、桃妃様。本日もご機嫌麗しく」
鈴々が頭を下げる。
桃妃に対し、玲燕も頭を下げた。
「はじめまして、桃妃様。菊妃でございます」
「菊妃? まあ、あなたが?」
立ち止まった桃妃は玲燕を見つめ、驚いたように目を丸くする。
「はじめまして。陛下や侍女達から噂は聞いていて、一度会ってみたいと思っていたの。偶然ね、嬉しいわ」
桃妃は玲燕を見つめ、ふわりと笑う。それだけで、あたりが華やいだような気がした。
「そのように思っていただき、光栄でございます。……先日、桃林宮の方より茘枝を分けていただきました。ありがとうございます」
「茘枝? 翠蘭かしら? 確か、茘枝を分けると言っていたような」
桃妃は記憶を辿るように、口元に指を当てる。
「とても元気のよい新入り女官がいるそうね」
桃妃は玲燕を見つめにこりと微笑む。
(元気のよい新入り女官?)
玲燕のいる菊花殿に、女官はひとりしかいない。鈴々だ。
どちらかというとどっしりと落ち着いている鈴々を『元気のよい新入り女官』とは言わない気がするから、それはきっと玲燕のことだろう。
玲燕は「まあ、そうですね」と笑って、その話題をやり過ごす。
「茘枝はお気に召していただけたかしら?」
「はい、とても」
「よかった。茘枝は陛下がお好きだから、わざわざ実家から木を持ってきたの」
「そうだったのですね」
桃林殿の茘枝の木を見たことはないが、玲燕が知る一般的な茘枝の木と似たようなものであればそれなりの大きさだ。
入宮に際し、一体何を思って桃妃はこれを実家から運ばせたのだろう。そこには、潤王への愛情があるように思えた。
「……陛下は少年時代、桃妃様のご実家に身を寄せていらしたのですよね?」
「ええ、そうよ」
頷く桃妃は何かを思い出したように、目を瞬いて玲燕を見つめた。
「そういえば、菊妃様は甘家のゆかりと聞いたのだけど……」
「はい。さようでございます」
玲燕は頷く。
本当は全く関係のない赤の他人だけれど、ここに入宮するに当たってそういうことにしたというのは天佑から聞いている。
「やはりそうなのね」
桃妃はパッと表情を明るくする。
「天佑は元気かしら? 栄佑に聞いても『元気ですよ』としか言わないけど……」
「え? ……元気でございます」
「そう、安心した。全然会っていないから、どうしているかしらと思って」
桃妃はほっとしたような表情を見せる。
「陛下から、甘家ゆかりの錬金術が得意な方が後宮にいらっしゃると聞いたとき、さすがは天佑の推薦だと思ったの。天佑も錬金術をよく勉強していたものね」
(天佑様が、錬金術?)
そんな話、天佑から聞いたことはなかった。
(確か、お兄様が天嶮学を少し学んでいたとは言っていたけれど……)
じっと考え込んでいると「菊妃様?」と声をかけれられて玲燕はハッとする。玲燕が急に黙り込んだので、桃妃が困惑した表情でこちらを見つめている。
「申し訳ありません。風で散る葉が舞っているのが美しくて、つい見惚れておりました」
咄嗟に思いついた言い訳を並べると、桃妃は池のほうを見る。
「本当だわ。美しいわね」
池に模様を作り出す木の葉を見つめ、桃妃は口元を綻ばせた。