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第8話 初めての依頼

自分で書いたことを素で忘れてたので再投稿です。



 次の日、空気にまだ夜の湿り気を残す早朝、俺は冒険者協会の門を潜っていた。

 魔物を倒せばptが手に入る。だが協会を通した依頼ならば、そこにさらに上乗せがある――そう考えれば、朝からここに足を運ばない理由はない。先日ラルムに前払いで求められた槍使いの情報については、すでに調べがついていた。端末という文明の利器のおかげで、この世界における情報収集の速さはほとんど反則染みていると、今更ながら実感する。

 早朝だというのに、協会のボードにはすでに人だかりができていた。押し合いへし合いという言葉がそのまま形になったような光景で、あちこちから「これは俺のだ!」「先に手ぇ伸ばしたのはこっちだぞ!」と怒声じみた声が飛び交っている。一枚の依頼書を巡って大の男たちが群がるさまは、傭兵会社の給料日前の食堂を思い出させて、思わず口元が緩んだ。

 冒険者という生業をする者にとって、依頼とはまさに生命線なのだろう。どれだけ割の良い仕事にありつけるかは、そのまま今月の飯の量に直結する。個人的にはこの世界の勝手をもっと確認しておきたいところではあるが、腹を空かせた狼の群れにわざわざ首を突っ込んで新参が一枚噛むのも品がない。併設された居酒屋――と呼ぶには少々気取りすぎか、もっと素朴な酒場然とした一角に腰を下ろし、朝から漂う麦酒の匂いの中で人混みが落ち着くのを待つことにした。

 と、そこに見知った顔を見つけた。

 ルヴィだ。

 褐色の肌に汗を光らせながら、隣にいた自分より頭一つ大きい、岩のような体躯の男から一枚の依頼書を強引にもぎ取っていた。男が何か文句を言いかけたが、ルヴィが一睨みすると、あっさりと肩を竦めて別の紙に手を伸ばす。腕力だけでなく、あの目力もかなりのものらしい。

 依頼書を握りしめたまま人混みの奥へ消えていく背中を、俺はしばらく卓から眺めていた。

 三十分ほどが経っただろうか。潮が引くように人混みは薄れ、受付の列も落ち着きを見せ始める。ボードに残る依頼書は指折り数えられる程度にまで減っており、そこに残っているのは手間の割に実入りの薄いものか、駆け出しがまず手を付けるような簡単な依頼ばかりだった。

 その中から、スライムの駆除と薬草集めの二枚を選んだ。特に深い理由はない。強いて言うなら、この世界の最低ラインを測るにはちょうどいい難易度だろうという打算くらいのものだ。

 ボードから薬草採取の依頼書を剥がそうとした瞬間だった。

 あまりにも柔らかいその紙は、指の力に負けてビリビリと真ん中から裂けていった。

「あー……」

 やってしまった。

 こういう公的書類を破いた時にどれだけ面倒なことになるかは、現実世界でも痛いほど経験している。あの頃はその後始末をいつもヴェラに押し付けていたものだが……まぁ、あいつはもういい。今考えることじゃない。

 目の前の問題は、真っ二つに裂けたこの紙をどうするかだ。しばらく見つめたあと、もう一枚――スライムの依頼書の方を、今度は指の腹だけで丁寧に摘み上げる。触れた瞬間、普通の紙、というか元の世界の紙とは明らかに質感が違うことに気付いた。繊維が粗く、少し湿り気を帯びたような、古い紙みたいな質感だった、破れた二枚と無事な一枚、合わせて三枚を持って受付へ向かった。

 受付の女性は三枚の紙を一瞥すると、困ったような、それでいて慣れた様子の苦笑いを浮かべた。

「よくあることですので」

 そう言って少し待つよう促される。カウンターの端に寄りかかって手持ち無沙汰に待っていると、いつの間にか広間に姿を見せていたラルムを見つけた。奥から現れた、自分と背丈も横幅も同じくらいの恰幅のいい男――確かイヴァンといったか、その男に声をかけられている。二言三言交わしたかと思うと、二人は連れ立って奥の部屋へと消えていった。貴族の坊ちゃんも、支部長直々の呼び出しとなると何かと忙しいらしい。

 それを目で追っていると、受付から名前を呼ばれた。

「お手数をおかけしてすみません、ありがとうございます」

 そう告げると、受付の女性は首を横に振った。

「いえいえ。それと、依頼自体はお受けいただけるのですが、依頼主のサインが無い状態になっておりますので、依頼主の方から直接サインを頂いて、再度ご提出をお願いします」

「あぁ、わかりました」

 女性は地図を取り出すと、指先で一点を示した。

「依頼主の場所はここです」

 少し南西へ進み、林を一つ越えた先――地図上の印を見る限り、スライムの依頼を先に片付けてから向かった方が効率がいいだろう。頭の中で経路を組み立てながら頷く。

「地図はご入用ですか?」

「いいや、間に合ってるよ」

 あの端末があれば地図の心配は要らない。女性は「そうですか」と頷き、説明を続けた。

「では依頼を二つとも承諾いたしました。初めてのご依頼ということですので簡単にご説明しますと、三日後までにご連絡がなければ依頼不履行の扱いとなり、違約金と冒険者証の停止処分がございます。ご注意ください」

「わかった」

 説明を終えると、女性はふと思い出したように尋ねてきた。

「それと失礼かもしれませんが、武器はお持ちで?」

 言われて周囲を見渡すと、なるほど、この場にいる冒険者は皆一様に何かしらの得物を腰や背に提げている。丸腰でうろついているのは、どうやら俺くらいのものらしい。

「あぁ、宿に置いてきていてな」

「なるほど、そうでしたか。武器を持ち歩く方が多いもので」

「いえいえ」

 軽く礼を言って、俺は出口へ足を向けた。

 そういえば、この世界の武具というものをまともに見たことがなかった。折角なので鍛冶屋でも覗いてみるかと考えていた矢先、出口近くのプレートに「鍛冶屋」の文字を見つけた。案内によれば、どうやら建物の裏手にあるらしい。入り口横の階段を降り、裏へ回り込むと、そこには小さくがっしりとした体躯の四十代後半といった男と、俺より数歳は年下だろう青年の姿があった。

 かまどの炎を見つめている壮年の男に対し、若い方は俺に気付くなり「自由に見てってくれ」と軽い調子で言い、カウンターに腰を下ろした。

 その言葉に甘えて店内を見て回る。樽の中には使い込まれて刃こぼれを起こしたナマクラの剣が大小取り混ぜて放り込まれ、門番が着ていたような鎧、投げナイフ、それと――草? 薬草の類だろうか。丸盾や、用途の見当もつかない歪な形の刃物が並ぶ中、一際目を引いたのは、細かな鉄の輪を布のように編み上げた代物――鎖帷子だった。

 端末を開いて調べるわけにもいかず、カウンターの青年に声をかける。

「これは?」

 青年は待ってましたとばかりに答える。

「なんだ、おっさん知らないのか? 鎧の下に着るやつだよ、鎧と違って隙間から刃も通さないやt――イテッ」

 言葉の途中、後ろから飛んできた拳骨が青年の脳天に炸裂した。かまどを見ていたはずの壮年の男が、いつの間にか背後に回り込んでいたらしい。

「何すんだよ師匠」

 頭を抱える青年に、男は悪びれる様子もなく言い返す。

「客に向かっておっさんとはなんじゃ。せめておにいさんと言わんか」

「ごめんよぉ、次からは気をつけるからさぁ」

「それはあの客に言えっ、バカ」

 そう吐き捨てると、男はまた炎に視線を戻した。青年はこちらに向き直り、両手を合わせて拝むような仕草をする。

「ごめんなさい」

「いや、大丈夫だよ」

(おっさんか)

 そんなことを一瞬思いはしたが、まぁいい。それより目の前の鎖帷子だ。

 こちらに来てから、いっそケブラー繊維でも下に仕込むかと考えたことはあった。だが、あの繊維はあくまで実弾を防ぐ防弾チョッキがあってこそ意味を持つ代物で、刀剣程度の脅威に引っ張り出すには格が違いすぎる。だったら最初からこの鎖帷子で必要十分だ――しかも安い。この世界で主な脅威となる刀剣類が相手なら、これ一枚で釣りが来るくらいのものだろう。メンテナンスに関しても、まぁガンブルーと防錆剤を塗って様子を見るしかあるまい。所詮その場しのぎの試みには違いないのだが。

 値札に視線を落とす。

「大金貨2枚」

 端末で確認するまでもなく、暗算で答えは出ていた。残っているポイントは確か1350pt、換金すれば大金貨1枚と小金貨3枚といったところだろう。

 足りない。

 仕方なく諦め、一旦店の外へ出る。人気のない路地を選んで端末を操作し、大銅貨を数枚だけ両替した。これで手持ちのポイントは1300ptに減ったが、懐には当座使える現地通貨が入った。

 店に戻り、今度は本来の目的――武器として、樽の中から一振りを選び出す。ボロい鞘に収まった、腕一本分ほどの長さの剣だ。安っぽい見た目だが、贅沢を言える身分でもない。カウンターへ持っていき、青年に差し出した。

「はい、大銅貨2枚です」

 言われた通り支払おうと懐を探っていると、奥から先ほどの壮年の男――師匠と呼ばれていた男が、こちらを覗き込んできた。白い髭をびっしりと蓄えた顔が、まっすぐに俺を見据える。

「お前新米か」

 首から下げた鉄級の証を見たのだろう。頷くと、男は「そうか」と一言呟き、俺の手から剣を取り上げた。

 鞘から抜き放つと、無造作に袖を捲り上げ、自分の腕に何度か刃を当てる。当然、傷一つつかない。師匠は鼻を鳴らした。

「こんな物で何をする気だ? 草刈り一つできんナマクラだぞ」

「金がないんです」

 正直に答えると、男は「そうか」とだけ返し、それ以上は追及してこなかった。かわりに店の奥から研ぎ機を引っ張り出し、水をかけながら刃を当てていく。ゴリゴリという硬質な音とともに、細かな火花と水飛沫が飛び散った。無駄のない、迷いのない手つきだ。何十年、あるいは何百年とこの作業を繰り返してきた者だけが持つ滑らかさがあった。

 しばらくすると、素人目にもはっきりとわかるほど、刃に鋭さが宿っていた。

「ありがとうございます、えっと……」

 礼を言いながら、懐から出しかけていた大銅貨を4枚にまで増やして差し出す。手間賃のつもりだった。

 だが男はそれを手で押しやった。

「クリーフ、ドワーフのクリーフだ。それと手間賃はいらん。代わりに次はもうちとマシな武器を買っていけ」

「なんで」

 思わず疑問が口をついて出る。

「なぜも何もあるか。とっとと持って行け」

 クリーフはそう言うと、鞘に収まった剣と釣りの大銅貨2枚を無理やり俺の手に押し付けてきた。流されるまま受け取っていると、青年がしみじみと言う。

「新米には世話焼いちゃうんですよ」

 直後、二発目の拳骨が飛んだ。

「余計なことは言わんでいい」

 頭を抱えてうずくまる青年に、俺はつい苦笑してしまった。

「俺はノルって言いまーす!」

 涙目でそう名乗る青年――ノルに小さく手を振り、俺は店を後にした。

その前に、思わぬところで呼び止められることになった。

 門の手前、城壁に寄り添うように建つ小屋の戸が内側から細く開き、隙間から覗いた目がこちらを捉えた。無言のまま、顎で中を示してくる。

 周囲にさりげなく視線を巡らせる。門を出入りする荷車の軋みと、衛兵に身分を告げる行商人の声。こちらを気にしている者はいない。罠にしては人目が多すぎるし、見なかったふりで通り過ぎたところで、向こうが引き下がるとも思えなかった。一呼吸おいて、俺は戸口へ足を向けた。

 敷居をまたぎ、後ろ手に戸を閉める。外の喧騒が板一枚に遮られ、ふいに遠くなった。

 小屋の中は思ったより明るかった。窓らしい窓はなく、天井にも灯りの類は見当たらない。それなのに、部屋の隅々までくっきりと見通せる。街灯と同じ魔石の類か、あるいは魔術だろうか。

 習い性で、視線が先に動いていた。出入口は背後の戸が一つきり。粗末な机と椅子が置かれただけの殺風景な室内に、人影は一つ。

 奥の壁に背を預け、腕を組んで立つ男だった。明かりの下で顔を見て、ようやく思い出す。ルヴィに随分と入れ込んでいたと記憶している、あの衛兵だ。あの時は拳が机をかすめるほどの勢いで詰め寄ってきたものだが、今は同一人物とは思えないほど静かだった。

 男は組んでいた腕をほどき、壁から背を離した。

「また話すことになるだろうと言っていたな」

(そんな事も言っていたな)

 解放される間際に投げられた「そのうち個人的に声をかけさせてもらう」という台詞を思い出しながら、戸を背にしたまま先を促す。

「それで、その話とはなんでしょう」

 男はすぐには答えなかった。一度だけ俺の背後――戸の向こうへ視線を流し、外に人の気配がないのを確かめるような間を置いてから、低く告げる。

「ルヴィを尾けて欲しい」

 一瞬、言葉の意味を取りかねた。

 内心、少し驚いていた。顔に出ていなければいいが。少し前まで、ルヴィに近づくなと言わんばかりの物言いだった男が、ここまで手のひらを返すとは。なぜ協会を通さず、俺なのか。この親子はいったいどういう間柄なのか――そんな疑問が次々と浮かぶが、それらはすべて頭の外へ追いやった。背景まで知る必要はない。知ったところで大半はどうということもないし、そうでなければ、知らずにいた方がいいことだ。今回はおそらく前者だろう。それに、今の俺には余計な詮索で足を止めている余裕などない。あの神を名乗るナニカを信じて進むしかないのだから。

 思考を男との会話に戻し、口を開く。

「報酬は?」

 男は無言のまま、懐から革の小袋を取り出した。紐を解いて机の上で傾けると、金貨が2枚、乾いた音を立てて転がり出る。

 鉄級の駆け出しに出す額としては、悪くない部類なのだろう。あくまで推察に過ぎないが。

 続けて、具体的な条件を詰めにかかる。

「期間、具体的な内容、場所を」

 要点だけを並べた問いに、男も無駄なく答えた。

「期間は、次にルヴィが依頼を受けて戻ってくるまで。内容は監視と、必要に応じて護衛。場所はアラドを出てからだな」

「すると、依頼を受けるところから見ておくべきですか?」

「いや、前日にはわかる。必要になったら私から伝えよう」

「なるほど。ただ、あいにく今から協会の依頼で二日ほど不在なのです」

「それは知っている」

 男は間髪入れずに答えた。

「ルヴィも先程、二日戻らない依頼へ出たところだ。タイミングは悪くないだろう」

 背筋を、冷たいものが這った。

 些細なことであっても、自分の行動を他人に把握されているというのは、どうにもむず痒いものだ。協会で依頼を受けてから、まださほど時間は経っていない。尾けられている気配などなかったはずだが――風の便りというやつだろうか。

男はそんな俺の内心を知ってか知らずか、机の引き出しに手を伸ばした。

「護衛もさせる以上、一つ確かめておきたい事がある」

 取り出されたのは、掌に収まるほどの小さな水晶だった。表面には、見慣れない線が幾筋も刻まれている。つい見入っていたらしい。

「これが珍しいか? まぁ、ずっと村にいれば無理もないか。魔力を測る道具だ」

 男は水晶を机の上に置き、指先でこちらへ滑らせた。

「その様子じゃ、生まれてこのかた測ったこともないんだろう。護衛を任せるなら、一度は見ておきたい。やってみてくれ」

 魔力の多寡は、護衛としての見立てに関わるのだろう。とはいえ、そもそも自分に魔力なるものがあるのかどうかさえ怪しいのだが。断る理由もない。ただ、どうやって測るのかが分からず水晶を見下ろしていると、頭の上に疑問符でも浮かんでいたのか、男が短く付け足した。

「触れるだけでいい」

 言われた通り、水晶にそっと指先を触れさせる。

 ――何も起きなかった。

 男の眉が、わずかに寄る。無言で水晶を取り上げ、今度は自分の掌で包み込んだ。途端、蛍光灯のような淡い光が、水晶の内側から溢れ出す。すでに明るいはずの室内でもはっきりと分かるほどの光が、男の顔を下から照らした。どうやら、そちらが正常な反応らしい。

 男は光の消えた水晶を置くと、引き出しからもう一つを取り出して、無言で俺の前に滑らせた。予備、ということなのだろう。今度は掌でしっかりと握り込んでみる。結果は同じだった。男は二つ目も自分の手で確かめ、やはり光るのを見届けると、そのまま黙り込んだ。

 しばらくして、ぽつりと零す。

「……なんで生きてるんだお前」

 返す言葉もなく、俺は肩をすくめるしかなかった。

「結果は気になるが、それを調べるのは衛兵の仕事ではない」

 男は二つの水晶を引き出しに仕舞い、それきり話題を打ち切った。気を取り直して、話を本筋に戻す。 

「護衛に移行する基準は?」

「そちらの判断に任せる」

 短い答えだった。だが、こちらをまっすぐに見据える男の目には、下手を打てば殺す――そう言わんばかりの意思がはっきりと宿っていた。

 その後、日数に応じた報酬の増額などについて二、三言葉を交わし、話をまとめると、俺は小屋を後にした。 



 

 門を出てしばらく歩き、人気がまばらになってきた頃合いを見て、道を外れて林の中へと足を踏み入れた。木々の隙間から差し込む光は淡く、下草を踏むたびに乾いた音が控えめに鳴る。

 真っ先にファーストラインとmk23を取り出し、チャンバーを確認してスライドを引く。金属同士が噛み合う小気味良い音が響いた。スライドの後端を軽く叩いて確実に閉鎖していることを確かめると、左手に持ったまま端末を開き、地図を呼び出す。目標地点は二つ――スライムの依頼が出ている村と、真っ二つに破いてしまった依頼書の依頼主の家だ。それぞれにピンを立てる。

(こっちは電子戦を気にしなくていいのが楽だな)

 妨害電波も傍受もGPSジャミングも存在しない世界だ。皮肉なものだと思いながら地図を畳み、一歩を踏み出そうとした、その時だった。

「ンモォー!!」

 鳴き声とも咆哮ともつかない声が響き渡ると同時に、何かが猛烈な速度でこちらへ向かって突進してくる気配があった。木々に遮られて視界は悪く、輪郭すらまともに掴めない。だが体は考えるより先に動いていた。両手でmk23を構え、音のした方向へ狙いを定める。

 重い足音――否、震動と呼んだ方が近いそれが、一歩ごとにはっきりと大きくなっていく。木立の隙間から見え隠れするその姿は、最初は巨大な人間のように見えた。だが近づくにつれ、それがまるで別の何かであることが分かってくる。

 最低でも二メートルはあろうかという牛の頭。人間のそれを大きく上回る巨躯。そしてその手には、丸太のような柄を持つ巨大な斧が握られていた。

 斧はすでに大きく振り上げられている。狙いが誰であるかなど、考えるまでもなかった。

 迷いはなかった。俺はmk23の引き金を引いた。

 乾いた発砲音が連続して森に響く。45ACP弾、12発。マガジン一本を全て叩き込んだが、手応えを感じたのはそのうちわずか七発だけだった。この手の相手と対峙するのは初めてだ、着弾の感触も、効いているのかどうかの判断基準すら手探りにならざるを得ない。

 それでも効果はあったらしい。振り上げられていた斧が、まるで投げ槍のように勢いよく振り下ろされ――そのまま宙を裂いて飛んできた。獣とも呼べない、何とも形容しがたい咆哮を上げながら、その巨躯は森の奥へと後退していく。

 投げられた斧は、俺の三メートルほど手前に着弾し、地面に深々と突き刺さった。

 推定五十メートルは離れていたはずの距離からの投擲だというのに、地面に残った衝撃の痕は明らかに異質だった。しばらくの間、足が竦んで動けなかった。

 我に返り、目の前に突き刺さる、自分の背丈を優に超える斧を見上げる。アラドからそう離れていないことだし、これをマジックポケットに放り込んで換金するのも悪くないと考え、斧に手をかけた。

 ――入らない。

「ん? おかしいだろ、なんでだ」

 何度か試すが結果は変わらない。どうやら「あちら側」の物はマジックポケットに収納できないらしいと結論せざるを得なかった。

(こういう肝心なことを説明しないとは、あいつ認知が歪んでやがるのか)

 女神への評価をまた一段階下げつつ、状況を整理する。これだけ大きな発砲音だ、いくら人気がないとはいえ誰も来ないとは言い切れない。長居は無用と判断し、俺はその場を素早く離脱した。

 どう考えても、新米の冒険者が撃退していい相手ではない。俺に必要なのは兵器であって、注目を集めることではないのだから。

 それから西へ二時間ほど移動しながら、先ほどの魔物とスライム、そして魔力について端末で調べを進めた。

 あの牛頭の魔物はミノタウロスというらしい。本来は知性を持つ種族と記されていたが、先ほどのそれからはついぞ知性らしきものは感じられなかった。妙な話だと思いつつ、次に魔力の項目に目を通す。簡単に言えば、魔力とは体温のようなものらしい。なるほど、それなら先の水晶の反応にも得心がいく。

(そりゃ体温0度の人間がいたら誰だって驚くわな)

 自分を人間扱いしていいものかも怪しくなってきたが、深く考えるのはやめておいた。

 そうこうしているうちに、目的の村が見えてきた。

 村に足を踏み入れると、真っ先に駆け寄ってきた子供が胸元の証に目を留めるなり、「村長ー!」と甲高い声を張り上げて踵を返した。裸足の足が土埃を巻き上げながら、あっという間に家々の間へ消えていく。

 一見すると質素な村ではあるが、畑には青々とした作物がよく実り、鍬を振るう人影も想像していたより多い。土と青草の匂いが風に乗って漂ってくる、平和なといっていい光景だ。調べた限りではスライムなど大人一人でも十分に対処できる相手のはずだが――そんなことを考えていると、村長らしき人影がこちらへ向かって歩いてくるのが見えた。

思ったより早くやる気が出たのが自分でもびっくり

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