第三話 アルラウネ
「イテテテ……」
前回の戦い……というか、道化師によるダメージが思ったより大きく、回復ポーションを作る事になった王子。
城から持ってきた数冊の本の内、一つの図鑑を読んでいた。古い紙のめくる音が気持ちいい。
(言葉も通じてるし、文字も当然のように読めるみたいだな)
「えっと……スイートフラワーの蜜とスライムの体液を用意する。スライムの体液はあるぞ!」
「あとはスイートフラワーだけですねぇ。あちらの森の方に生息しています。お供しましょう」
(元はといえばコイツのせい……いや、でも助けてくれないと死ぬ所だった)
「その、ありがとう……」
王子はぼそぼそと下を向いて小さな声で言った。
「んん?」
道化師には聞こえなかったようで、真っ黒な目と三日月のような口で王子の顔を覗き込む。
「あ、あんまり顔を近づけるなッ!」
────
「スイートフラワーの特徴は、その名の通り甘い蜜の香り。……そうそう、丁度このような香りですよ」
あたりにうっすら甘い香りが立ち込める。
「なるほど、じゃあ近いんだな!」
くんくんと甘い香りを頼りに、二人は森の奥へと入って行く。
「この辺なんじゃないか? 凄くいい香りがする!」
足元には直径1mの大きな花があった。
「もしかして、この花か? 随分大きいんだな……図鑑に載ってた花に似てるぞ!」
「いえ、これは多分……」
道化師がそう言いかけると、王子の足元の花が突然開いた。
「え?」
驚いたのも束の間、王子は開いた花にばくんと飲み込まれてしまった。
「え!? え!?」
突然景色が蜜いっぱいになる。そして、目の前には──
「♡」
肌が黄緑色の植物のような人外。
ツインテールのように見える草には大きな口と鋭い牙がいくつも付いており、現実世界のハエトリグサのようだった。目には白目が見られず、人間でいう口の部分には何もなかった。当然服も着ておらず、体付きは幼児に似ていた。
(──可愛い)
しかし、状況は最悪。蜜の水面にはいくつもの動物の骨が浮かんでいる。喉を焼くような強烈な甘い匂い。そして迫り来る触手的な物。それは蜜でてかてかと輝いていた。
「あーあぁ、王子。それはスイートフラワーではなくてアルラウネですよ。飲み込まれたら最後、自力で出てこれる人間は10%未満……」
「早く出てこないと、トロトロに溶かされちゃいますよぉ?」
呆れたように言う道化師は、やはり王子を助けなかった。
「……痛ッ!?」
王子の皮膚がピリピリと痛んでくる。蜜は消化液なのだ。アルラウネや触手は自分の消化液で溶けている様子はない。免疫があるようだ。
「まっ、待って、服が……!」
肌よりも先に、細かい装飾が施された高そうな服がいとも簡単に溶かされていく。ただでさえ謎に露出が多かった服が更にはしたなくなった。
そこに触手が敏感になった肌に滑るように触れる。蜜が潤滑油の役目を果たし、ぬるりとした感触が体全体を襲った。
「あッ……!」
「♡」
アルラウネは言葉を発さないが、にったりと目を細めた。どうやらこの状況を楽しんでいるらしい。
「やめッ……く、くすぐったい……!」
触手はへそから胸へ、そして下腹へと何度も往復する。抵抗すると、今度は手足を触手で封じられた。
こちょこちょとへそ周りを触手が襲う。くすぐったいのに、何も抵抗出来ずにただただ皮膚が敏感になって行く。
「も、もうやめッ……おねがッ……!」
触手は下腹部へとゆっくり向かっていく。自力で花から出られるのは10%未満……その言葉の意味が、今やっと理解できた。
──王子、死亡。
スキル“不死”発動。蘇生。
「ふむ、そろそろリョナ経験値が貯まった頃合いですかね」
そう言うと、道化師は右手を花に突き出した。
「──火炎!」
花は瞬く間に燃え上がり、灰になった。もちろん、王子も燃え上がった。
「あ ゛あああ!」
地面で転がり回り、周りの草に炎を広めていく様は、何とも痛ましかった。
「と、──雨雫」
道化師がそう言うと、辺りに雨雲が立ち込め雨が降り、周りの炎は収まった。
「酷いぞ……」
(しかし、こうも魔法? を簡単に操れるなんて……今更だが信じられない)
「せっかく国1番の服屋で仕立てていただいた服がまあまあ……そこらの物乞いよりはしたない格好ですねぇ」
王子は涙目になりながら地面に張り付いていた。
「リョナ経験値がたっぷり貯まってますね……中で何があったんですかねぇ?」
「そ、それは……」
かああと顔を赤らめる。
(凄かったな……って、いやいや、何を考えているんだ!)
「それで、その……レベルはいくつになったか分かるか?」
「今、レベル3ですね」
「そうか……。あっ!」
目の前にはスイートフラワーらしき花畑があった。……が、全て燃え尽きている。
「あああ! ど、道化師、お前のせいだぞ!」
「いえ、王子の油断のせいかと」
正論を返され、王子は何も言えなかった。




