野外授業の一環
車内では騒がしい様子で子供たちが楽しそうにはしゃいでいる。
例年のことながら今年は特にその騒ぎが酷い。それと言うのも…………。
トリスタンは怜悧な瞳を一人の少年へと向ける。
エリク
王立総合アカデミーの試験を推薦枠で受験し、合格してみせた逸材。
試験官の話によると、過酷と言われる無人島試験を無傷で乗り越えたどころか、他の受験生を指揮して合格に導いたとか。
プロフィールを見るとただの平民なのだが、アンジェリカ王女を筆頭に貴族などと随分親しくしているらしい。
現に今も、アカデミーで生徒会長をしており神殿で司祭位についているセレーヌと親しげに会話をしている。
他にも問題児が多いとされる今回の選抜者達が既にエリクに笑顔を向けているのだ。
(俺には凡庸な子供にしかみえんな……)
先程のアイテムボックスの容量には驚いたが、年相応に笑う姿はどこにでもいる子供そのものだ。とてもではないが、王女や侯爵家の子息が重宝するとは思えない……。
「トリスタン先生。少し宜しいでしょうか?」
そんなことを考えていると、女性教師が話しかけてくる。
「どうしましたか。メリダ先生」
魔法学の授業を担当しているメリダだ。
「私の恩恵の【スコープ】で確認したところ先の道にモンスターがたむろしております」
気温が上がり始めるこの時期は動物の活動も活発になる。活動圏を大きく広げたモンスター達の襲撃で旅の人間が命を落とすなどという報告もあるのだ。
「あと10分ほどで遭遇するので、トリスタン先生に前衛をお願いできないかと」
メリダはアカデミーで教鞭をとる前は一流の冒険者をしていた魔道士だ。
Cランク程度のモンスターならば1人で相手とることも可能。そんな彼女が自分に対して要請を出すからには敵はそれなりの規模なのだろう。
トリスタンはそう考えて了承しようとしたところでふと考える。
そして後ろに振り向き、騒いでいる生徒達を見ると……。
「丁度良い。彼らに戦わせてみましょう」
「ったく、折角の旅行だってのにな」
生徒の1人が槍を構えて車を降りる。3年生で実技優秀者のアークだ。
「まあまあ、さっさと倒して車に戻りましょうよ」
そんなアークに声を掛けるのは魔法の実技優秀者のレイラ。同じく3年生だ。
「よーしお前ら良く聞け。あと10分ほどでここをキラーアントの群れが通る。キラーアントは単体ではDランクだが集団で行動し、組織だった動きをすることでCランク程度の強さを持つ。これは課外授業でもあるが実戦でもある。各自気を引き締めて戦闘に臨むように」
トリスタンは旅行で緩んでいた生徒達に冷や水を浴びせるつもりでこの状況を利用するつもりだ。
なんせアカデミーに滞在している人間の半分は戦闘経験がない。一部の実戦経験者は無難に動けるかもしれないが、集団での行動となるとどうしても連携のほころびが出来るだろう。
トリスタンとメリダは生徒達にモンスターの脅威を教えるとともに、連携の重要さ。味方を守る意識。後方支援する大切さを生徒達に気付かせるつもりなのだ。
「トリスタン先生は生徒が危険な状況で孤立しないように注意をお願いしますね」
「任せてください。メリダ先生も、魔法でのバックアップお願いします」
「お任せ下さいな」
トリスタンの要請にメリダは気負う事無く答える。お互いの実力ならこの程度のモンスターは生徒達の面倒をみながらでも可能だ。
2人は生徒達が苦戦することで今後の課題が見えてくると考えると笑みを浮かべるのだった。
「アークさん、そっちの2匹を纏めて相手してください。レイラさんは岩の陰に隠れているキラーアントを牽制。セレーヌさん、前衛の2人が戻るので祝福のかけなおしをお願いします」
ところが戦闘が始まると同時に生徒達は戸惑う事無く突っ込んでいく。
アークは単体でもDランクの強さがあるキラーアント数匹と切り結んでいるし、レイラは岩へとファイアボールを打って奇襲を仕掛けようとしていたキラーアントを牽制。
一番注意しなければならないバフ効果の管理も完璧で、きっちり時計を測ったかのようなタイミングで戻ってくる。
「こ、これは……」
メリダの戸惑う声が聞こえる。無理もない……。
「…………俺達の出番はなさそうだな」
目の前ではエリクが美しい杖を手に生徒達を指揮している。
その指揮はトリスタンから見ても完璧でもし自分が指揮をするような場面でも同じ指示をだすだろう。
だが、指揮は完璧だろうと指示を受けて動く生徒達には甘さが残る。
時折ミスをしてはキラーアントに付け入る隙を与えてしまうのだが…………。
「ま、また。絶妙なタイミングで魔法が」
エリクの杖が輝いたかと思えばストーンシュートの魔法で岩が打ち出され、形勢を傾けようとしているキラーアントを妨害する。
「自分は裏方に徹しあくまで生徒達の力のみで勝たせるつもりなのか?」
今の魔法も威力を上げて当てるつもりなら簡単だったはず。
それをあえて牽制に使ったのはこちらの意図を理解しているのか?
「そういえば、後ろを振り向いた時あいつだけは騒いでいなかったな……」
先程、車の中で生徒達に訓練をさせようと思い付き振り返ったところ、エリクと目が合った気がする。もしかするとモンスターの襲撃を予測していた?
「そんなわけあるか。メリダ先生の【スコープ】は優秀な恩恵だ。簡単に真似られるわけがない」
こちらの形勢を維持する威力の魔法を的確に叩き込んでいく手腕は見事しかいいようがない。
戦局は圧倒的にこちらが有利。ここまでくればもう負けは無いだろう。
トリスタンはいつしかエリクの指揮を見続け……。
「こいつは確かに天才だな」
ぽつりと呟くとダイヤの原石を見つけたかのように笑うのだった。